♠剣の伝説
磁海
ここは磁海などという名がつけられてはいるが、実際は強力な磁界が存在しているわけでも何でもない
しかし、この海の周囲では確かに計器の類はどれも例外なく狂い壊れ、金属器は海へと飲み込まれ、大地は海と反発し宙に浮かんでいる。
磁界があるわけではないとされている理由については海へと落下した人々は全員が体や頭に裂傷や異常をきたし、うち3割は死に絶えたことや、時間帯によって飛んでいる島の位置が変化すること、すべての鉄が引き付けられているわけではないことなどが挙げられている
結局解明されていない磁力のような力が働いているというだけではあるが、なんにせよ危険な海であることには変わりはなく、渡航してくる船や飛行船はほぼ皆無であるため、この海の上空に浮かぶ島に住まう人々は平和にのほほんと暮らしていた
ところで話は大きく変わるが、陸と陸が隔離され、人々の文化のつながりがほとんどないこの世界でも、不思議なことに多くの地域で言い伝えられる伝説がある、かつて栄えたとされる『7ッ道具の帝国』のお話だ
内容はどこにでもあるような強大な力を持つ7つの道具とそれを扱い、争いあるいは踊らされた人々や英雄の話だ、地域によって登場人物が魔法使いだったり王だったり、獣人などの亜人種だったりするが大まかなストーリーはほぼ同じである
詳しい内容は話が長くなる上にありふれた話であるためここでは割愛させていただく
さて、このお話がかつて本当にあった史実なのか、それともおとぎ話なのか、それは誰にもわからないが、この磁海の上空には伝説の帝国『ロード』と全く同じ名前を持つ小国が存在する、そして伝説の7ッ道具の一つとされる『剣』もこの地に残されている
神の7ッ道具―『剣』の所在・浮遊島ロード―
牧歌的な風景がどこまでも続いている畑の密集地、時間帯によって高度が変化するこの島ロードでは農業や牧畜が盛んである、とはいってもせいぜい田舎で行われる小規模なもので、住民たちは毎日こつこつせっせと働いている
「おはようございます王子」
背に身の丈ほどもある剣を背負い、男性にしてはそれほど高くない身長ながらもしっかりした体つきをしている藍色の髪の青年が、畑で鍬を振るう砂色の髪の青年にうやうやしく挨拶する
農作業をしている青年はからかうのはやめてくれと言わんばかりに苦笑する
「おいおい、その王子サマが農作業してるってのに、明らかに邪魔にしかならなさそうな剣を背負ってこんなところにいるお前は一体何者なんだよ、レギニ」
レギニと呼ばれた青年は姿勢を正し、農具を持つ青年に芝居がかった態度で敬礼する
「はっ、私めはこのロードを守るロード兵団兵長であります!」
それに対しはははと笑いながら農作業をしていた青年も芝居がかった口調で返す
「兵長であるならばこんなところで油を売ってないで早く持ち場につかぬか!我が国は今大帝国に攻め込まれておるのだぞ!」
「そんなことあるわけないじゃないか、何言っているんだいビアズ」
「最初にやってきたのはお前だろうが」
「それもそうか」
「「はははははは」」
くだらないことで笑いあう二人、とても平和的なド田舎の一幕であった。
二人はしきりに笑った後、畑の端に座り込む
「だいたい王子ってなんだよ王子って、帝国ロードなんて実在したかもわからん話だろ?」
「いやいや、こうして剣が残ってるんだから意外と事実かもしれないよ、君の名字だってロードだしね」
レギニはそう言って背の大剣を指す
「そいつはどうかな?帝国ロードが事実だとして詐欺師とか剣を盗んだ盗賊の子孫かもしれんぞ」
「それでもこの島をすべて取り仕切ってるのは君のお父さんだろう」
「それただの領主の息子と変わんねえじゃん」
「それもそうか」
「それお前二回目」
「それもそうか」
「三回目」
「「はははははははは」」
とてもくだらないことで笑いあっている彼らだが、なにせ田舎である。娯楽は少ないのだ
「まあでも、ビアズはなんか気品があるというか、王族っぽさは十分だと思うよ」
「気品よりも男らしさが欲しい」
「ああ、筋肉を理由に振られたんだっけ?」
「なよっとしてる人はちょっと…って言われた、こんなに働いてるのに筋肉がつかないんだ」
「肉食べたら?今晩ジンギスカンでも作って皆で集まりでもしようか」
「おおいいねえ」
「ところで振られた相手って誰なんだい?聞いてなかったけど」
ビアズは言うべきか言わないべきか悩み、悩んで悩みぬいた上で意を決してぼそりと呟いた、しかし返ってきたのは思っていたのとは違う返答だった
「…お前の妹」
「えっ…ショウカに声かけたの?アレに?本気で言ってる?」
ライカは目の前の友人が信じられない事を言い出したため目を丸くする、それほどまでにライカの妹ショウカは女としての魅力が無いようである、少なくとも彼にとっては
「怒らねえの?」
「いや、あんなのにも惚れる奴がいるとは思わなくて考えたこともなかった」
「お前実の妹に意外と辛辣なのな」
ライカは片手で顔を覆い、そっか~ついに現われたか~えぇいやでもえぇ…などとぶつぶつ呟いている、友人が自分の妹にアタックしていたことは彼にとっていろんな意味でショックだったらしい
「ビアズ、昨日頭打ったりしてない?」
「打ってねえよ!どんだけお前の中での妹の評価は低いんだ!だいたいあの子結構かわいいじゃん」
「顔はね…顔は…ねえ君、美人は何をやっても美人だとか思ってない?」
顔を上げたライカはビアズの胸ぐらをつかみ必死に友人を説得しようとする
「いや知ってるよあそこまでの女の捨てっぷりは世界中探してもなかなかいねえよ」
「じゃあなんで?」
やはりこういった話は恥ずかしいのか、ビアズは少し顔を赤らめライカと視線を合わせず明後日の方向を向きながらもぼそぼそと答える
「あの子、いつも自分のやりたいように生きてるじゃん、それを見ててなんか惹かれたんだ。それに安心しな、もう振られたから」
「ああ、それは安心だけど、ショウカに惚れた理由はちょっと安心できないかな、将来悪い女につかまらないでね」
「…お前そこまで言うか」
「まともだと思っていた友人の意外な危険性を見つけたらこうもなるよ」
真顔でビアズの目を真っ直ぐ見て発言していることから彼が本気で言っていることが見て取れる
「ひっでえ、でもショウカちゃん仕事に関しては割とまともじゃね?」
「あれのどこが!?アイツさぼれるうえに楽しいからって理由で島の周囲の警護やってるんだよ!一日の半分を空で寝て過ごしてるよアイツ!」
「マジ?」
◇
「はっくしょい!兄貴が噂でもしてるのかな、まあどうでもいいけど」
この島から少し離れた位置に漂う影が一つ、ライカの妹ショウカである、彼女はろくに手入れもしていない長く伸びすぎた整っていないぼさぼさの海色の髪を風になびかせながら空中での昼寝を楽しんでいたところであった。
水と風の魔法に優れた希少な魔法使いである彼女にはこの島の警備という仕事があるのだが、今日も警備と称した昼寝をしていたにすぎない
しかしこの島は磁海の影響で島の脅威と呼べるものがせいぜい嵐くらいしかなく、その嵐でさえ空を飛んでいる島からは容易に観測でき、島の高度によっては嵐すら災害たり得ないので、彼女の仕事に意味はほぼないと言っても過言ではない
だが彼女はこの島に一人しかいない魔法使いであるため島の不足しがちな水資源は彼女が供給している、そんなわけで彼女の態度に口を出せる者は兄くらいしかおらず、その兄も温和な性格であるため彼女を止めるものはう誰もいなかった
まあなんせ結束の強い小国であるから「あああの家のショウカちゃんは今日も元気だねえ」くらいにしか思われておらず、兄が心配するほどの事態にはなりえないのだが
「やべっ寝すぎた、飯の時間だ」
辺りはもう日が沈み、黄昏ていた、晩御飯とふわふわの布団を求めて彼女は家へと飛翔する
「う~ん、やっぱり魔力の消費が激しいか、明日は兄貴に剣借りようかな」
この後彼女はライカたちが開いていたジンギスカンパーティを強襲し、もう中身は少なくなっていたとはいえ鍋ごと略奪した
◇
「よ~し!いいか皆ァ!明日の朝か昼頃には目的地であるロードに着くぞォ!」
「ウィルドン隊長いつも声でけえよな」
「上司だから仕方ない、うるさいけど我慢だ」
ショウカがジンギスカンにありついているころ、ギナス帝国が誇る侵略艦隊がうちの一つ、ウィルドン隊が小国であるロードへと向かっていた
今回ロードを襲撃する艦は3つ、ウィルドンの艦を筆頭にギナスに10ある侵略用の巨大殻骸艦のうち3つを使っているあたり今回の作戦に本気で臨んでいることがわかる
「今回の目的はァ!皆も聞いたことがある『7ッ道具の帝国』のお話に語られるゥ!伝説の『剣』だァ!」
「たいちょー、質問良いっすか?」
「んん!その言葉遣いは少し気になるがァ!まあいい何だァ!」
「本当にそんなもの存在するんすか?だいたい今回のターゲットの島は今までで最小の島でしょう?3隻も戦艦が必要とは思えないんすけど」
いかにもやる気がありませんと言いたげな戦闘員がウィルドンに聞く、ウィルドンは変わらぬ大声で笑いながら答える
「はっはっはっはァ!私も確かにいらないと思うゥ!」
「「「「「じゃあなんでこんなに船連れて来たんだアンタ!」」」」」
船員全員からの総ツッコミが入るがウィルドンは全く気にする様子を見せない
「総帥直々に頼まれたからだァ!皆も知っている通りこのウィルドンは白兵戦において最強ゥ!今まで過酷な任務に適当な命令で向かわされても簡単にこなしてきたァ!それが今回は総帥直々にだァ!」
「なあそれって単に信用が無いだけじゃ」
「しっ!言うんじゃあない、ウィルドン隊長が強いのは事実だ、あとああ見えて慎重なお方でもある、きっと頭が回るバカだから逆に警戒されたんだ」
「はっはっはァ!聞こえているぞォ!だがまあいいィ!とにかく今回は油断するなァ!」
「「「「「「サーイエッサー」」」」」」
◇
翌朝、ショウカは剣を背に背負い上空を漂っていた、彼女が背負うこの『剣』には様々な効果があり、そのうちの一つ使用者のあらゆる能力の強化を利用するためであった
いつも通り風魔法を使ってふわふわと浮きながら、いつも通り警備とは名ばかりの昼寝に入ろうとして彼女は遠方に大きな島のような船を見つける
それは彼女が今まで見たことが無いほど大きな船で大きさはロードより一回り小さいくらいの大きさをしている、そして甲板に備えられている砲台からして穏やかな目的でここに来たわけではないことは明白であった
「うわ、何アレ?まあやるだけやって兄貴に任せるかな」
ショウカは背中の剣を抜き、連絡手段である鏡で島にある物見やぐらに光を送る
「さて、一仕事始めますか、思えば初仕事だ」
彼女は島を回るように飛んだ
◇
「さあてェ!ようやくロードに着いたがァ!我々は一旦ここで待機するゥ!とてもとても勇敢なエキストラ隊長がまず一番乗りしてくれるそうだァ!」
「なあなんであの人あんな笑顔なの?」
「さあ?」
一人笑顔をのままのウィルドンに船員たちは困惑するが、それを見てウィルドンは迷惑な声で呼びかける
「よぉ~くッ!見ておけェ!先ほど身の丈ほどの剣を持った奴が飛んでいるのが見えたァ!伝説の片鱗が見れるぞォ!」
「はい?」
「はぁ…」
面倒くさそうにウィルドンに対応する船員たちであったが、彼らは先陣を切ったエキストラの艦を見て驚愕する
「「「「はああああああ!?」」」」
エンジン全開の最高速でロードへと向かっていたエキストラの艦が島の直前で突如100ほどのパーツに分かればらばらになって海へと落ちて行ったのだ、もちろん艦に乗っていた乗員や艦を引いていた虫もすべて
「はははははは!あれがおそらく伝説に語られる『剣』の機能の一つ『軌跡』だァ!おそらく島の周囲には既に無数の刃が通っているゥ!島には近づかずに剣の所持者を打ち落とせェ!ほらそこだァ!」
今、島の周囲を舞う一つの影に向かって砲撃が開始される
◇
「撃ってきた…撃ってきたかぁ…」
グルングルンと剣に振り回されながらショウカは島よりも下を飛んでいた、島より上を飛べば島に弾が着弾する危険性があるからである
「どうしよ…1隻は上手いこと消えてくれたけど残り2隻は冷静にこっち狙ってきてるし、それに私じゃ『軌跡』の長さはそこまでないから実は島の前方にしか網はってないんだよね…気づかれたらどうしよ…ほんとどうしよ…」
ぶつぶつと嘆くショウカだが敵は待ってはくれない、砲弾は次々と彼女に向かって放たれる、大半の砲弾は『剣』の『軌跡』に当たり、彼女自身に当たることはないが爆風はそうもいかない、さらに言えば軌跡の合間をすり抜けて飛んでくる砲弾も存在する、彼女の体力は『剣』の行使と飛行魔法の使用によってゆっくりとしかし着実に奪われていた
「ああもうめんどくさいなぁ、もう死んだふりして兄貴に任せようか…うんそうしよう、あと一隻くらい落とせば兄貴がやってくれるよね」
そう言ってショウカは両手で剣を握りしめ、ぶつぶつと詠唱を始める
「『目を覚ませ深海の灯、走れ大海の潮、砕け波は風となりて、濁浪は龍となりて激浪は咆哮となる…
◇
「ウィルドン隊長!ターゲットの周囲に海が集まっています!」
「わかっているゥ!幸い奴の狙いは我々よりも距離が近いモーブ隊長の艦だァ!今のうちに冷静に狙いをつけろォ!」
一方のウィルドンの艦では砲撃がなかなか当たらないことやエキストラの艦が一瞬で撃墜されたことによって焦りが生じていた、冷静なのは一つの砲台を自身で操作し狙いを定めるウィルドン一人くらいのものであったが、彼の砲撃も不可視の『軌跡』のせいでなかなか中らない
そうしている間にもショウカは詠唱を続け、ついに彼女の魔法が完成する
「…此処に集え淡き藍よ、洪波洋洋と天を覆え』そ~れっ!」
彼女の周囲に竜巻状に集まっていた海水がモーブ隊の艦を上から包み込むように襲い掛かる、圧倒的な量の水に加え金属を引き付ける性質を持つ磁海の海水、モーブの艦は為す術なく海へと沈んでいった
「ウィルドン隊長ォォォ!!やばいです次は我々ですって!」
「落ち着けえいィ!動力の虫次第で助かるはずだァ!そおれ発射ァ!」
ショウカが魔法を放った直後の隙を突き、ウィルドンの操る砲が火を噴く、放たれた砲弾は『軌跡』の間をするりと抜けてショウカの元へ吸い込まれるように飛んで行った
◇
「うしっ…あとは適当に撃たれたふりして落下していけば…」
とても島を守る警備の仕事をしているとは思えないセリフを平然と吐くショウカであったが、やはり天罰というべきなのだろうか、敵艦を1隻沈めたことによる油断もあったのだろう、自身の放った大波の影から現れた砲弾に彼女は気づくのが遅れた
「しまっ…」
ドォォォオオオオン!
無慈悲にも砲弾は彼女へと命中、咄嗟に剣を盾にして直撃は免れたが至近距離での榴弾の爆発により彼女は爆風に焼かれ海へと落ちて行った
◇
ロードに存在する防空壕、あまりに嵐がひどい時に島の住民全員がここに逃げるのが常であった。
今日はそこに珍しく仕事をしたショウカからの情報の元、島の住民のほぼ全員が集まっていた、人々の顔は優れない、元々メーフルと同じように平和な島で軍など存在しない、かつての伝説に習って『剣』を扱う者が数人いる程度であったこの島の住民には、人と人との闘いの経験がなかったのである、そんな中さらなる凶報が届く
「…ショウカがやられた」
ぼそりとライカが呟く、彼は今最後の住民たちを防空壕へと送り届けたばかりであった
「大変じゃないか!」
「ショウカちゃんは無事なのかい?」
「ああもうおしまいだ」
ざわざわと騒ぎ出す住民たちに不安や恐怖が伝播する、彼らは恐慌状態に陥ってしまうかのように思われた
「沈まれええええい!」
ビアズの父親、ラアズが住民たちを一喝、途端に住民たちは沈まりかえり、ラアズの方を見る
「焦って混乱しては何もできなくなるだけだ、今は状況を整理し、事態を確認することが先決だ、物見やぐら担当の者!」
「はっ!」
「敵の数は?」
「はっ最初は3隻のこの島規模の大戦艦が迫ってきておりました。しかし『剣』の『軌跡』で内1隻はバラバラになって海へと墜ちて行きました。さらにもう1隻はショウカの魔法によって海へ飲み込まれた模様!」
「なるほどショウカは最後の1隻にやられたと考えるべきか…ライカ!」
「大丈夫、生きてはいるみたいだけど『剣』は手放しちゃったみたい、ほっとくと少し不味いかも」
「なるほど、長老と商人は儂とともに来い、今すぐ会議だ。おそらく敵はすぐに向かってくる、速攻で敵の事情を判断、行動を検討する!」
「「はっ!」」
ドスドスという音が似合いそうな歩きでラアズは防空壕から出ていく、その大きな背中をビアズとライカはただただ見つめていた
「おじさんの威厳、本当にすごいよね」
「なんでお前はそんなに冷静なんだよ…妹がやられたんだろ」
「そういう君も割と落ち着いているじゃあないか」
「俺はオヤジの息子だ、此処で俺が取り乱したらオヤジのおかげでせっかく落ち着いた空気がまた元に戻っちまう、でもお前は違うだろ!」
ビアズはライカに問い詰める、それをライカは冷たい目で見つめた、しかしその瞳の奥にはちらちらと青白い炎が見えていた
「僕だって冷静なわけじゃあないさ、だからごめんビアズ、僕は君を、みんなを裏切るよ」
「どういうことだよ」
ライカは防空壕に安置されている古ぼけた鎧を着け始め、ビアズの問いに淡々と答えていく
「きっとラアズおじさんは自分の身を犠牲にしてでも皆を守るだろう、降伏という手段でね、相手は悪名高い帝国ギナスの艦だった、だったら子供は殺されることはないはず、
おじさんだったら住民みんなが大人しく降伏すれば、うまく交渉して女子供、老人とか非戦闘員だけじゃなく普通の男性の安全まで確保できるだろう、大人しく降伏すればね」
「まさかお前…」
「ああ、僕は戦いに行く、もちろん迷惑になることは分かってるさ、でも妹がやられたんだ、あんなのでも妹だ、この気持ちは止められないよ」
ビアズは歯を食いしばり、考える、正しい判断と自分の感情どちらを優先させるべきか、そして…
「…俺は止めねえぞ」
「ありがとう、暴れてくるよ、それにもしかしたら僕一人でも全員追い返せるかもしれないだろう、戦う価値はあるさ」
「島の皆には俺が話しておく…この馬鹿野郎が」
「行ってくる」
ライカは一人で防空壕から出ていく、その背をビアズは膝をつき、見つめていた、彼の瞳からは雫が流れた
◇
「さて、『剣』よ!」
街へと入るための一本道、そこでライカは『剣』を呼ぶ、すると先ほどまでショウカが握っていた『剣』は一瞬でライカの元へと現れた
「ふぅ…ふっ!」
ライカは両手で身の丈ほどもある大剣を握り、右を向いて一閃、そのまま踏み込んで突き、回転、切り上げ、切り落とし、そして剣を地面に突き立てて跳躍、乱暴な使い方だがそれでも『剣』は折れない
後方に飛んだ彼は後ろを見ずに背後へと一閃、振り向いて払い、突き、切り下がる、剣を上段へ構え、斜めに切り落とし勢いを殺さずに一回転、腰だめに剣を構えた。
まるで竹竿でも振るっているかのような軽やかさであった。
「わが軍に欲しいくらいのォ!見事な剣舞だァ!」
「おほめにお預かり光栄かな、ところでぼうっと見ているだけで良かったのかい、この『剣』の能力はもう知っているんだろう?」
「はっはっはっはァ!私は大丈夫だァ!他の者は知らんがァ!」
「えっマジ?」
「うわひでえ隊長!」
「この、人でなし!」
コントのような会話を繰り広げるウィルドンたちに一切の気を抜かないライカ、彼の目線は真っすぐにウィルドンのみに向いていた
「手加減抜きの本気で行くよ!」
ライカは先頭に立っていた二人の兵士へと横薙ぎに斬りかかる
「ふっ」
「ぐっ」
「はあっ!」
片方の兵士が剣を受け止め、もう一人が好機と言わんばかりに斬りかかる
剣を受け止められたライカはすぐさま体を逆の方向に回転させ二人を切り裂いた
「気を抜くなァ!相手は『剣』の身体強化を抜きにしても手練れだァ!あと奴が剣を振るった後には近づくなァ!『剣』の『軌跡』に切り裂かれるぞォ!」
「わかってんなら早く言えゴミ隊長!」
「なんでそんな相手に剣舞なんてやらせる暇与えたんだアンタ!」
「はっはっはァ!忘れていたァ!」
「「「「この馬鹿がぁ!」」」」
「お前らもなァ!」
相変わらずの漫才を続けるウィルドンたちにライカは容赦なく斬りかかる、次々に倒れていく一般兵たち、彼らの漫才は迫ってくる恐怖を押さえつけるための物でもあった
始めにライカが行った剣舞により、街への道の広範囲に渡り剣の刃の『軌跡』が置かれ、兵士たちに残された道は撤退か目の前で縦横無尽に暴れまわるライカを仕留めるかのどちらかしか残されていなかった
しかし無双と言っても過言ではない戦いぶりを見せるライカに立ちはだかるものが一人
「せいっ!」
「はァ!」
そうウィルドンである、剣と剣がぶつかり火花が散る、ライカの剣を受け止めるウィルドンであったが彼はまだ止まらない、空いている左手で腰からもう一本剣を抜きライカに斬りかかる
「くっ」
ライカはほんの少し身を引く、ウィルドンの左の剣がライカを捉えたかと思われたが、『軌跡』がウィルドンの剣を受け止める
「そおいやァ!そらそらそらァ!」
ウィルドンの双剣による猛攻に対し、ライカは『軌跡』を利用した不可視の刃を盾に隙を狙って攻撃していく、一見ウィルドンが押しているようにも見えるが『軌跡』によって攻撃範囲を徐々に拡大させているライカがウィルドンを追い詰めていることは明白であった
「はっはっはァ!実に惜しいなァ!貴殿ほどの剣士は我が国にもそうはいまいィ!」
「スカウトかい?残念だけど…」
「そういう話ではないィ!まだ若いということだァ!はァ!」
「なっ」
ウィルドンの剣がついに『軌跡』の刃を搔い潜りその刀身をライカの胸に届かせた、明らかな致命傷である、ライカはその場に倒れこみ、『軌跡』は解除された
「貴殿が正式な軍で1年でも経験を積んでいれば私は負けていたァ!まっことにもったいないことよォ!」
ウィルドンは二つの剣を収め、敬礼の姿勢をとる
「この『二つ牙』のウィルドンをよく追い詰めたァ!名も知らぬ剣士よォ!」
戦った相手に最大の敬意を示すウィルドン、彼は根っからの武人であり、こういったところの扱いづらさが総帥からよく思われていない理由であり、彼の美点であった
「貴方みたいな武人には少し失礼かな…」
ウィルドンはライカから一瞬たりとも目を離してはいなかったが、敬礼の姿勢をとっており、勝利の余韻に浸っていた彼は普段よりほんの少し反応が遅れた
「おおぉおぉおおお!」
「むうぅん!」
ライカが最期の力を振り絞り、剣を下から振り上げる、後ろに下がったウィルドンであったが想像以上の速さで攻撃してきたライカに一撃をもらうこととなった
「右腕は貰っていくよ…それと僕の名前はライカ、ライカ・トルーパーだ…」
「見事なり…貴殿の名、しかと覚えたぞ」
◇
「ウィルドン隊長!島とモーブ隊長の艦に鎖を接続しました!あとは出るだけです!」
「ご苦労ゥ!」
ウィルドンは包帯でしっかりと縛られ先が無くなった自身の右腕を見つめ、暫く何か考えた後、会議室の机の上に置かれた『剣』を見た
「違う出会い方であれば友となっていたかもしれぬな…まあ過ぎたことよ、さて腹が減っては戦はできぬゥ!」
そう言って、ウィルドンは食堂へ向かった
-事件はこのウィルドンが会議室から出て行った僅かな時間に起こった
食堂にてウィルドンが慣れない左手でカレーうどんを啜っていると、船員が慌てた様子で駆け込んできた
「ウィルドン隊長!」
「どうしたァ!」
「『剣』が…『剣』が消失しました!」
「なあにィ!?」
◇
「『剣』よ…」
磁海の深度10m程度の場所でショウカは水魔法で空間を作り、そこにいることで磁海の害を免れていた、辺りには彼女によって沈められた艦の一部や乗員が傷だらけで浮いている
爆風によって吹き飛ばされた彼女であったが、右手で剣を突きだし盾とすることで致命傷は免れた
そう、自身の右腕を代償に…
「兄貴は…そうか…」
もう日は沈み、月光が海を照らすが彼女の顔は影がかかったように確認することはできない
「とりあえず、何か食べに行こう、お腹が空いたら何にもできない」
-魔法使いの食道楽その5-
カレーうどん
アリス「今回紹介するのはジンギスカン…ではなく最後にウィルドンが食べていたカレーうどんだ、食べるときにカレーが散らないように気を付けよう」
アリス「カレーうどんの発祥は東京の早稲田か目黒にあるお店だと言われている、何でも当時洋食に押されていた和食を取り扱う店の存続のための新メニューだったとか」
アリス「和と洋の文化の融合は…というかいろんな文化を取り込むのは日本のお家芸だと思う、新しい味の追及はいつだって忘れちゃいけないことだ」
アリス「さてカレーうどんに話は戻るが作り方はいたって簡単、うどんをゆで、つゆの代わりにカレーを使うだけ、大抵の場合カレーはつゆで割るんだが、地域によってどのくらいの比率で割るのかは異なる」
アリス「また使用される具材も地域によって大きく異なる、他県に行くことがあったらいろいろ食べ比べるのもおもしろいかもしれないな」
アリス「ちなみにうどんのつゆやカレーが散るのはすすったときにうどんの先端が暴れまわるから、ゆらゆら揺れる振り子の先と考えればわかりやすいかな?…わかりづらいか…。だからまあ、うどんの両端を先に箸で口の中に入れてすすると散りにくいぞ、気になるなら試してみるといい」