♠羊の楽園・メーフル
うねる波が吹き荒ぶ風で鋭く尖る。海面は全てを切り裂くように波打つ。
ここは刃海、数多ある海の中でも一、二を争う危険海域である。そんな凶悪な海の上空に浮かぶは樹島・メーフル。羊飼いで栄えるここの住人達は和やかな生活を営んでいる。
昔、昔白長ヒゲのじい様が
羊毛編んで機にした
ギッコンバッタンギッコンバッタン
それを見ていたカミサマが
じい様不死にしてやった
ギッコンバッタンギッコンバッタン
じい様今日も機を織る
ギッコンバッタンギッコンバッタン
ギッコンバッタンギッコンバッタン
子供達が唄う歌は此処の伝説を謳っている。即ちーー此処には不死の老人とそれを証明するかのように織り続けられる機があるのだ。
「へぇ、そんな伝説があんのかい。そりゃまた面白いとこだねぇ。」
半月に一度の定期便でやってくるのは住人たちとの物々交換を望む商人。ごく稀にやってくる旅人は皆、此処の伝説を聞いて驚く。しかもこの一言を言ってやれば皆大興奮だ。この日も旅人と話す喫茶店の主人はくつくつと笑う。
「俺たち住人の着物、この白いやつな。これ全部じい様が落とした機を使ってるんだぜ。」
「おいおい、マジかよマスター。じゃあこの民謡ってのは……」
「あぁ、実際の出来事なのさ。樹の上を見てみろ、雲が見えるだろう」
「あぁ、キレイな羊雲だよな。そういえば樹の上辺りから漂ってる?」
「そう、あれがじい様の機さ。まぁここじゃあ樹に登るのは禁忌だから誰もじい様に会ったことはないんだがなぁ」
「そうなのか、だけどいいよなぁ。そういう伝説っての。俺がここのガキなら絶対登ったね」
「俺もやりかけたよ。考えることは皆同じだよなぁ」
ハッハッハ喫茶店にさっぱりとした笑い声が響く。
まったく、親父の奴まーた余所者に自慢話かよ。自分は結局樹の上には行けなかったくせに……
喫茶店のマスターの息子、ポットは密かに計画していたのだ。大人たちが笑い話にしている樹の上のじい様に会いに今夜家を抜け出すと。沈みゆく夕焼けが少年の頬に冷たい風を届けた。
刃海の海境付近。
「隊長‼︎間もなく本隊は刃海上空に入ります‼︎標的まで時間の問題かと」
「そうか、ご苦労。」
短く返し部下を退がらせると隊長と呼ばれた黒髪短髪の青年はズズッと珈琲を啜った。
「んん、やっぱブラックはダメだな。どうも舌が狂う」
「そりゃあんたの舌が頭と一緒で成長してないからさ。いつまでたっても子供っぽいったら……」
「なんだ?不満でもあるのか副隊長」
白く長い髪をたなびかせ、顔の整った女性は彼を睨む。
「いつまでたってもあんたが今回の出撃の目的を話さないからだろ?第五探索隊はあんたの旅の足じゃないんだよ‼︎」
「あれ?言ってなかったか……そう拗ねるなよキール。今回は総帥殿直々の命令なんだ。うまくいったら昇進は確実だぜ?」
驚いた顔のキール。してやったりの表情で隊長ことラージナールはにんまりと笑う。
「このメーフルってとこはただの羊ボケした島じゃない。三百年間動き続ける機織り機があるって伝説がある。嘘か本当か知らねぇが実在するなら永久機関か永続魔法か……いずれにしろウチの莫大な利益に繋がる事は間違いねぇ。」
「だからか……只の島取りに隊長二人と大型の殻骸艦を三機なんて派手な布陣だと思ったよ。それにしても永久機関か……。もしかしたらこれで国王様の崇高な理想ってヤツが実現するかもねぇ」
キールを眺めるラージナールは無言で珈琲を啜った。
殻骸艦とはラージナールらが仕える帝国・ギナスの発明した戦闘艦の名称である。一部の樹島に生息する巨大昆虫に機械改造を施し、生産する。外殻を補強し頭部に動源炉、六脚に兵器を備えた殻骸艦はギナスのみならず多くの国で試作・改良が行われている。
少年ポットは必死に樹を登っていた。
この樹は大人が何人手をつないでも反対まで届かないほどの太さと雲をつくような高さを誇る巨木である。当然、木登りもそのスケールからどちらかというと登山に近くなってくる。
「そろそろ父さん達が探し始める頃かな?」
午後7時。1日中歩き続けたポットの全身は汗でグッショリと濡れている。道のりはあと三分の一。焦らずゆっくり行こうとポットはすこし仮眠を取ることにした。
気がつくと目に刺す光が痛い。いつの間にか朝まで寝ていたようだ。ポットが居ない事に気が付いたのか下が妙に騒がしい。
「やべっ見つかる前に上りきらなきゃ!」
ポットは先を急いだ。
午前11時。樹に冠する緑の葉々を掻き分け掻き分けポットは遂に樹頂に辿り着いた。辺りを見回すとパタパタと機を織っている人影がある。ドキドキしながら近づくとポットは驚いた。
「と、隣のおばさん⁉︎」
おばさんはパッと振り向くと少し怒った顔でポットを叱った。
「ダメじゃないポット君!お父さんとお母さんが心配してたわよ。樹に登るならちゃんと親に言ってから来なさい‼︎」
それからポットはおばさんに機織り伝説の真相を教えてもらった。
機織りのお爺さんは実在はしたけれど150歳くらいで亡くなってしまった事、その後は観光客と島の子供達のために島の女が交代で機を織り続けている事、島の男の子は皆直に登ることで真実を知り大人の仲間入りをする事。
「え〜じゃあ父さんもここに来たってこと?」
「そうよ、ケトルさんは私達の中で一番早く樹に登ったのよ。島の大人はねそうやって登っていく子供達を裏でちゃんと見守ってるんだから」
その時だった。樹の下から絹を裂くような女の悲鳴が聞こえてきた。
「え?」
昨晩から樹上にいる2人には何が起こったかなど全く見当もつかなかった。
午前8時頃、樹の麓。
「なぁマスター、なんかおかしな物が見えないかい?」
「本当だな刃海を飛んでくる……。おかしいな、定期便は一昨日来たばかりだぞ?」
周囲に白く靄がかかっているがメーフルに迫る幾つかの黒影は近づくにつれその大きさを増しているのがわかった。やがて住人達もそれが何個かの島である事が理解できた。
メーフルの五分の一程の大きさの島が二つ、こちらに迫ってくる。島の前方には巨大なカナブンのような生物が居る。どうやらこいつが島を引っ張っているらしい。しかも、その引っ張っている島がまた異様だった。それほど大きくもない島のはずなのに何本もの巨木が生えているのだ。
奇妙な島の一団は白煙と共にメーフルに着陸した。島の男達は予期せぬ来客に怯えながらもその周囲に集まった。
島から黒服の一団が降りてくると上官らしき男が部下達に命令を下した。
「武器を持ち戦える男は全員殺せ!老人、女、子供は家へ閉じ込め半分は燃料の確保‼︎
五時間後に出発、以上だ。迅速に行動せよ!何、羊が邪魔だと?捨て置けーー‼︎」
そこからはあっという間だった。抵抗する男達は黒服の銃により全員が射殺。他の者達もなす術がないまま家へ閉じ込められた。
島の中央へ向かった十数人の黒服達は徐ろに島の樹を剥ぎ始めた。
バリバリ、バキバキと樹の破壊音は島中へこだまする。老人達は家の中で呻いた。
「あぁ、守り樹様が傷つけられている!罰じゃ、あの者ども、ワシら。この島におる全ての者に罰が、呪いが降りかかるぞ‼︎」
「ラージナール隊長、動源炉に燃料投下完了しました‼︎約一時間後に出発できるものと思われます」
「ご苦労、殻骸艦と樹の接続も万全だな?」
「抜かりありません!」
ラージナールが部下の肩越しに樹を見ると楔が深く喰い込み殻骸艦の取り付けに問題はないことが見て取れた。
「よし、退がれ」
走り去っていく部下の背中を目で追いながらキールはふと声を漏らした。
「しかし、何度もやってるけどこの生木を焚べたあとの白煙だけは慣れないものね……」
ラージナールは感傷に浸る部下をフフンと笑った。
メーフルを引く殻骸艦の艦隊は危険海洋生物の棲む巣海を進んでいる。出発から程なくして捕まったポットの目には何十個もの空に浮かぶ樹島が映っていた。大陸並みの大きさの本島を囲むように四方八方に樹島が点在している。視線を樹に注意してみればどれにも痛々しい傷跡が見て取れる。
帝国・ギナス。巣海を中心に勢力を拡げる侵略国家であり、国王を頂点とした厳格な宗教国家の一面も持ち合わせる。領土とともに奪い取ってきた子供達を宗教に嵌めて再教育。強力な軍隊を日々生み出している。
ギナス到着後、司令室で休んでいたラージナールにある一つの知らせが舞い込んできた。
「隊長!メーフルから連れてきたガキの数が1人足りねぇって下級兵どもが」
集められたメーフルの民の中にポットの姿は無かった。
-魔法使いの食道楽その3-
『コーヒー』
アリス「現在では世界中で飲まれているコーヒー、実はいつごろから利用されたかはわかっていないんだ」
アリス「ただ、今のような形コーヒーは13世紀辺りにはもう飲まれ始めている、日本に入ってきたのは18世紀、オランダから持ち込まれた」
アリス「様々な焙煎方法、淹れ方、飲み方があるが今回はラージナールが飲んでいたブラックコーヒーについて見て行こう」
アリス「一般にブラックコーヒーは抽出したコーヒーに何も加えずそのまま飲むモノのことを指すが、英語圏ではミルクやクリームが入っていないことだけを示しているので気を付けよう」
アリス「今回ラージナールはブラックを飲んで顔をしかめ、子供っぽいなどと言われていたが、その通りだ」
アリス「飲食物っていうのは栄養補給のほかにそれ自体を楽しむっていう目的がある、特にコーヒーは嗜好品の部類に入る、つまり楽しむためにあるものだ。
それをわざわざ苦手なブラックで飲もうとするなんて大人ぶりたい子供の考えだと僕は思う、嗜好品なんだから楽しめなきゃ意味ないだろう」
アリス「カフェオレとかコーヒー牛乳が何で作られたか考えればわかることだろうに…ああそうそう、コーヒーに多量に含まれるカフェインは健康にいいが、一日にコーヒーを4杯も5杯も飲む人は稀に頭痛が出ることがあるので注意しよう」