プロローグ
風を斬る音と金属がぶつかり合う音が響く。
人族の赤い血と魔族の緑の血が大地を汚し、折れた武器、砕かれた鎧や盾が散らばっていた。
重症を負い動けなくなった男達は歯を食い縛り、力の入らぬ体を動かそうとしながら、ただ一点を見つめる。
黒髪黒目のまだ少年と呼べる剣士。
武骨な造りの剣を握り、四本の角の生えた魔王と斬り合う。
剣士の剣は魔王の骨ごと腕を断ち、魔王の爪は剣士の肩をえぐる。
血が流れ、意識が朦朧としながらも剣士は意識を落とさせない痛みに感謝して、自重気味に笑う。
剣士はただ守りたいと思った少女の為に剣を抜いた。
自分が生まれた世界じゃない世界なんて興味もなく、守りたいなんて断じて思わない。
しかし、自分を偽り、強く気高くあろうとする少女を守りたいと思った。
剣を振るう。
何度も相手の鎧にぶつかった為、刃ではなく、鈍器と貸した金属で魔王を断とうと……。
ボクと自分を称し、決断する度に爪が掌に食い込まんと握り締める少女。
声を圧し殺し、泣いていた姿。
笑いかたを忘れたように、儚げに微笑む少女。
鎧を砕き、剣を魔王の胸に叩きつけるように振り抜く。
魔王の爪が剣士の顔を貫かんと迫る。
時間が止まったかのように音が消えた。
そして、さらさらと砂のように体が空気に溶けていく2つの影。
重症者の手当てをしていた少女は悲鳴をあげた。
少女にとって信じたくないことであった。
自分を自分として見てくれる唯一の存在。
剣士の前では自分らしさを取り戻せる気がした。
甲高い音を立てて、剣士が大切にしていた懐中時計が地面に落ちる。
まるで彼がいた証として残るように。
剣も鎧も躯も風となって消えていった。
「君がいなきゃボクは……うわぁぁぁ!」
異世界から来た剣士の遺した懐中時計を握りしめて少女は泣いた。
姫であり、王女となった少女はただ一人の少年の為に泣く。
周りの戦士達も動かぬ体を呪い、涙を流していた。
最後は一人に任せることになった自分達の無力さに、たった一人の少女の涙を止めることも出来ない不甲斐なさに。
魔王を倒した戦場にはただ悲しみだけが広がっていた。
多色の部屋でありながら、落ち着いた部屋に女性がいた。
ドレスを身に纏い、きれいというよりかっこいいという姿の女性。
「君が消えてから三年が過ぎたよ」
そう言いながら、女性は壊れた時計を撫でる。
割れた蓋に動かない針。
これを見る度に女性は少年を想う。
黒髪に黒目といった珍しい少年。
ひねくれていながら、優しかった少年。
涙が女性の頬を伝い、懐中時計に落ちる。
「ボクはダメだな。……やっぱり君と生きていたかったよ」
女性は涙声でそう告げるが、応える声はなく、部屋には静寂があるのみであった。
「今日は式典だ、ボクはもう行くね」
そう言って女性はまた懐中時計を撫でると部屋を出ていった。
誰もいなくなった部屋に時計の針が動く音が響く。
カチ…カチ…カチと。
まるで鼓動のように。
まるで息を吹き替えしたように。
懐中時計は動き出す。
そして……。