お礼と驚き
机の下に隠れてからしばらく経った時、母が階段を上ってくる音が聞こえた。
部屋に向かって歩いてくる。きっと何かを言われるんだ。また泣いてしまう。
そう思うと気持ちが重くなった。体育すわりをしている膝に顔を埋める。
堪えないと。泣かないように。
急にまぶたの裏が明るくなった。驚いて顔を上げると、机の下の空間を塞いでいた椅子がどかされていた。母だ。
怖くて母の顔を見られず、机の下で縮こまっていた私の前に、母の顔がひょこりと現れる。目をそらそうとした瞬間、母の表情を見た私は、動きを止めた。
笑っていた。
久しぶりに見た、母の笑顔だった。
嬉しかった、のだが。
どうして笑っているのか分からなかった。 また何か、耳を塞ぎたくなるようなことを言われるのだとばかり思っていたのだ。
「ありがとう、はるな」
え・・・・・?
なんのことか分からなかった。色々と叱られるだろうとは思っていたが、お礼を言われるなんて思ってもみなかった。
「あ、はい。」
よく分からなかったので、妙な返事になってしまった。あまりに分からなかったので、他に何も言えなかったのだ。
多分その分からないオーラが私の体から出ていたのだろう、母が吹き出した。
「ねえ、あなたどうしてお礼を言われてるのか分かってないんでしょう?」
他にどうしようもないので頷く。
そんな私に母は丁寧に説明してくれた。
私が思っていた通り、戸山先生はとっくに母に連絡を入れていた。そしてこう言ったそうだ。
「もしもかさんがプリントを渡さなかったら、問い詰めてでも渡させてください。どちらにも辛い思いをさせてしまうとは思いますが、逃げてほしくないんです」
母は、私が絶対にプリントを渡さないだろうと思っていた。だから、問い詰めなければならないだろうと覚悟を決めて、重い気持ちで私の帰宅を待っていたのだ。
「だから、あなたがちゃんと渡してくれた時、とても嬉しかった。それに、信じてあげなかったことが申し訳なくなったの。ごめんね」
私は、なんとなく信じられた、ということが嬉しかった。そして、渡して良かったと初めて思えた。