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私の世界  作者: 珈琲もか
第1章:始まりと戦い。
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始まりと苦しみ

私は普通の・・・まあまあ普通の小学生の女の子。ところがある日父からドイツへの引っ越しを告げられる。

ホントに私、引っ越し・・・?しかも、外国!?


すっと外に目をやる。そこにあるのは田んぼでもビルでも学校でも、木造建ての家でもない。私の目に入るのは外国風で石造りの建物、色合いなど、日本の物では決してない。

屋根から控えめに顔を出す煙突からは薄く煙が上る。もう5月だと言うのに気温が急に下がりはじめたからだ。散歩している人々だって鼻が高く、すらっとし、彫りが深い顔をしている。とにかくここは日本ではない。ドイツ、ドレスデン。エルベ川添いのまあ大きいとは言えないけど綺麗な街だと私は思っている。


私、稲水木はるな13歳はここに住んでいる。


あれは4年生の秋、だった。10月だというのになんだかむしむしした週末。両親が、家族で決めなければならない、とても大事な話があると言ってリビングのテーブルに、私と弟二人を座らせた。

どんな話だか見当もつかなかった私は、それでもそんなに人生を左右するような大きな問題ではないだろう、とリラックスしていよう、と思った。でもそう思って頭を上げた瞬間、背筋が自然と伸びた。

父の顔がいつもと違う。

父の目に厳しい光が入っている。聖太、私の2つ下の弟もそれに気がついたらしく、私の隣で背筋を伸ばし、きちんと座っている。広太、たった3歳の小さな弟は私の膝に頭を乗せて眠そうに瞬きを繰り返している。父は言いにくそうに切り出した。

「あのな、父ちゃん転勤で、転勤って分かるかな、とにかくまあ引っ越しだ、ドイツに行かなきゃいけないことになったんだ、五年間」


えっ?、としか思えない程の衝撃だった。


母が父の台詞を追いかけるようにしていう。

「ドイツで父ちゃんにやってもらいたいお仕事があるんだって、会社から。」

父は問いかけるような目線を私たちに向けた。


「父ちゃんな、やっぱり家族みんなで過ごしたいんだ。父ちゃんは、家族って言うのはすごく大事だと思ってる。なるべく、離れて暮らすことは避けたいんだ。」

ほんの少しの沈黙。それを破ったのは聖太だった。

「父ちゃんと行きたい。一緒に行く。」

真面目だった。

「私も行く。」

当たり前のように私の口から出たのは、私の本心?それとも父の悲しい顔が見たくないからっていう気持ちのせい?

母は満足そうにうなずいた。そうだよね、そういってくれると思ってた----。

正直私にはよく分かっていなかった。


ドイツ?ドイツってどこ?なに?遠いの?外・・・国?日本から、出るって言うことなの?そこで五年間暮らす?


すべてが現実じゃないみたいだった。目が覚めたらいつも通りの朝で、何もかもいつもと同じで、馬鹿みたいな日々がはじまるんだ、きっと。そう思っても頭の奥に感じている疼くような頭痛は本物で、にじみ出そうになっている涙も本当だった。

後のことはあまり覚えていない。覚えているのはトイレに入って息を殺して泣いたことだけだ。分からない。でも夢じゃない、ってことは確からしい。・・・ってことは、


私は本当に外国で生活することになる?



次の日私は泣きながら学校に行った。 正確に言えば、次の日も、だ。どちらにしても4年生のときはたまに、だったけど。五年生になってから一気に悪化した。


私は言って見れば学校の問題児。みんなみたいに普通に登校することが出来ない。この前なんて担任の先生に呼ばれて昼休みにいろいろ聞かれてしまった。担任の先生は中年の太ったおじさんで怒るとものすごく怖い、プラス、同じことでも怒るときと怒らないときがある。いい先生とは言えない。そしてギャグが多い。どう考えても面白いとは言えないのに、みんな笑う。みんなのコメントは「うわーさみっ、親父ギャグー!」と、大抵決まっている。そうすれば先生がこういうのが分かってるから。

「お兄さんギャグだぞ〜、先生はまだ親父じゃない!」


そうすればほんの少しでも授業がつぶれるから。

先生の機嫌が良くなるから。

私もつられて笑うけど、ほんとは面白くも何ともない。ただの寒い、言い古されたギャグだ。


とにかく、少し前の昼休みに先生に呼ばれた私は妙に優しい声をした先生にたくさん質問された。まずは自分の気持ち、意見を聞く事から始まる。

「はるなさん、先生、はるなさんの登校の時のこと、知りませんでした。僕だって教師なんだから、気づいてなきゃいけなかった。」


そんなことない。悪いのは私で、先生が悪いんじゃなくて、先生だってその年学校に来たばっかりだったんだから、知らないのも無理はないのだ。


「どうしてそうなっちゃうのか、聞かせてくれないかな。」


それは、出来ない。いいたくないんじゃない。自分でも、分かんない。幼稚園の頃からで、それが未だになおってないだけ。


そう言おうとして口を開け、声を出そうとしたら突然鼻の奥がツーンとした。あ、やばい、今はだめでしょ、って思ったけどもう遅かった。涙が溢れてくる。なんで泣いてんのよバカ、って心の中では思ってるけど止まらない。

どうして泣いてるのかも分からなくなってる。分からない。分からないことだらけ。結局先生との面会はそれで終わった。


とにかく私は泣く子で、私自身どうして泣くのか分かっていなかった。学校に来てしまえば、もうどうということはなく普通に過ごすのだが、学校に来るときだけがだめらしい。それでも4年生の頃はずっと軽かった。



それから私は進級し、五年生になった。かといって何かが特に変わる訳じゃない。私の生活が180度回転してとんでもない生活が始まるのはもう少し先。一学期はとりあえず日本にとどまることにしていた。変わったことは合わせて三つ。


1、クラスメート。これはいつものこと。進級するとともにクラスメートが変わるのはちっとも特別なことじゃない。ただ残念だったのは、親友のほのみと最後まで一緒のクラスにはなれなかったっていうこと。でもそれは仕方がないのかもしれない。運がなかった。でもやっぱり残念で、二人で

「先生も気を利かせてくれればいいのにね、私たちがあんまり仲良くしてるせいかなー?」

なんて残念がった。そのときは転校のことはまだ誰にも言っていなかった。まだ時間はある。

ただ私が嫌だったのは、3月11日の地震のことだった。あのときの地震では私たちはほとんど何の影響もなかったものの、外国へ行くというのはやはり逃げるような気持ちになってしまう。何よりも誰かにそう思われるのがいやで黙っていた。


話がそれてしまった。変わったこと2、5月に父がドイツへ行った。父は先に行って家を探したり必要な手続きをしたりとやることがたくさんあり、家族全員で行っては邪魔にもなる、ということで父がはじめに一人で行くことになっていた。このことが影響するのは登校班の集合場所に行く時の50秒程は一緒に歩いていた父がいなくなった、ということだけだ。夜は遅くに帰ってくる父には朝しか会うことがなかったから、そんなに生活に影響はなかった。


変わったこと3、これが一番大きな、そして生活に最も、しかも最悪な形で影響した違い。私は4年生の頃以上、もしかしたら幼稚園の頃以上に普通に学校に通えなくなった。泣かずに学校に行く日は無くなり、授業に出る数も減って行った。始めは1、2時間目だけ保健室で休んでいれば良かった私も、頭では分かっているのに心が拒否し、教室に行くことが出来なくなった。何が理由か、も分からない。ドイツに行くことになったことと関係しているか、と言われても分からない。なにもかも、分からなくなっていた。


そうして問題児の中でも特に問題児となった私の生活は、苦しみと悲しみ、そして押しつぶされそうなほどの罪悪感で満たされていった。

保健室で過ごすようになったきっかけは、ある日特にひどかった号泣さで先生をとことん困らせてしまったことにあった。たぶん私の絶叫は学校全体に聞こえていただろう。少なくとも同じ廊下にある職員室と保健室にはよく聞こえていたらしく、どうにも手に負えなくなってしまっていた新人の担任の戸山先生を助けに、教師を30年以上やっているという超ベテランの先生と保健室の先生が職員室と保健室から出てきた。


その時、私はもう自分が分からなくなっていた。とにかく抵抗しなくてはならないという気持ちしかなかった。私は激しく抵抗し、泣き、とにかく一人になろうとした。


放っておいて。私を一人にして。構わないで。その辺の道路に放っといてもらってもいいから、とにかく私を一人にして。


叶わぬ願い。でもその時私には、願うことと泣くこと、そして抵抗する事しか出来なかった。


ベテラン先生の声。

「稲水木さん、稲水木さん、はるなさん!」

我に返る。きっとその時の私はものすごく間抜けに見えたことだろう。でも実際の私の中の私は混乱していた。視界がぼやけてきていた。見えない。なにもかも。世界が溶けて液体になってしまった。


あ──。


そのまま視界が暗くなり、力が抜けて何も分からなくなった。



気がついたら私は保健室に寝ていた。世界は個体に戻っていた。保健室の先生の声が聞こえる。

「すぐ気がつくと思います。きっと疲れてしまったんでしょう。大丈夫です。先生は安心してクラスに・・・」

鳥肌が立った。先生、居るんだ。ていうか私、気を失っちゃったの?


保健室にかかっている白いシンプルな時計は、まだ8:40。てことは、私の記憶がないのはそんなに長い間じゃない。5−6分だ。良かった。

戸山先生は心配そうな声をしていたけど、時間が時間なのでクラスに戻っていった。


保健室の先生、水島先生はすぐに私のカーテンの引かれたベッドにきて、私が起きているのを発見した。何もなかったかのように笑顔で話しかけてくる。

「びっくりしちゃった。突然力が抜けちゃって。地面にあたる前に起き上がらせてあげないといけなかったしね」

と、半分大変だった〜というように、でも半分はジョークを含めて言った。


鏡を見た訳じゃないけど目が腫れ上がっているのがわかる。水島先生はその私の相当ひどい顔を見て、

「とりあえず腫れが引くまでここにいる?」

ああ、そうだ。私には。学校が。ある。自由なんて贅沢なもの、得ることが出来る日は絶対来ないんだ。

戻る。あの教室。先生。友達。友達・・・?

私の友達は、あの箱の中。先生と、戸山先生と、いっしょ。途端にまた鳥肌が立ち、涙が浮かぶ。母さん。助けて。私、どうしたらいい、の?

涙が頬を伝う。保健室の先生は少しあわてた。

「大丈夫、大丈夫だよ。腫れが引いて、気持ちが落ち着いてからでいいから。ね?」


分かっている。私は戻らなければならない。あの箱の中へ。あそこが私のいなければならない場所。他に私の居場所はないから。とりあえずベッドから出て椅子に座ろう、と言われたので体という入れ物だけのようになりながらいう通りにした。

清潔な保健室。病院のような匂い。冷たいテーブル。その後しばらくのことは覚えていない。放心状態みたいな感じだったんだと思う。私の心はしばらくどこか素晴らしい楽園をさまよっていたのかもしれない。そうだといい。心だけでも楽園へ行けたのなら。


我に返ったのは一時間目終了のチャイムが聞こえたときだった。胸の辺りに暗雲が立ち込め、気持ちが悪くなる。目を閉じると、私の中の悪魔と天使が戦っているのが聞こえる。でも私には分かる。どちらも私の本音、彼らはどちらも私の味方。どちらかに傾かなきゃいけないのに、私は真ん中でゆらゆらと揺れている。


「行けるわよね?」

「無理よ!」

「どうして?顔の腫れもおさまってるし、あなたもう泣いてないじゃない?」

「でも!」

「なによ?自分を甘やかすつもりなの?母さんがなんていうか!」

「やめて!」

「目を覚ましなさいはるな!あなたはそんな人じゃなかったはずよ!勉強が遅れたら成績だって下がるし・・・」

「でも今はっ・・・」


どうしたらいいのか、分からない。私は、私自身は・・・。


そこに水島先生が入ってきた。笑っている。そして、私が一番聞きたくなかった言葉を口にした。

「いこっか」

私の体の右半分はみんなの居る箱の中に戻ることを拒否していた。体の左半分はわりとスムーズに教室にもどった。水島先生が握っていたのは私の左手。右半分を引きずるようにして歩いていた私はきっと水島先生に引きずられているように見えたことだろう。実際に右半分を引きずっていたのは私自身だったけれど。背中のランドセルがいつもよりものすごく重く感じた。


教室の中は顔であふれている。そのことを私は初めて意識した。私が教室に入ったタイミングもまずかったかもしれない。休み時間は終わっていて、みんな席について前を向いていた。まず水島先生が中に入って戸山先生に私のことを知らせ、私は教室の前から中に入った。教室の前から入った私は、ああ、なんで後ろのドアから入れてくれなかったんだろうと思った。みんながこっちを見ている。


顔の海だ。


やっぱり目が腫れてる時に来なくて良かった。先生は私が気分が悪かったと説明したらしい。みんなが、

「もう大丈夫なの?」

「どうしたの?」

と声をかけてくる。私はそれにろくに返事もしないで、

「もう大丈夫だから、ありがと」

と口の中でモゴモゴいうだけだった。


なんだかすごく長く感じられたけど、私はやっと教室の一番後にあるロッカーにたどり着いた。ランドセルから必要な物を出し、机に持って行く間、誰とも目を合わせなかった。誰も私の方を見ていなければいいと思ったから。

誰かが見ていても(見ていることは分かってたけど)絶対に目を合わせたくなかった。目を合わせたら最後、気分が悪かっただけじゃなかったことがすぐに分かってしまうような気がした。


結局その日、私は幽霊のようになって過ごした。一時間目。国語。

先生が何を言っていて友達がどんなことを発言しているか、霞のようにぼんやりとしていて何も頭に入ってこなかった。


二時間目。体育。先生が気を利かせて、体育の先生、小菅先生に理由を説明して休みにしてくれた。どちらにしても何も変わらなかったと思う。もし私がちゃんと出席することになっていたとしても、先生がいっていることを全く理解出来ずにただ馬鹿みたいに突っ立っているか、なにか見当違いなことをしていたの違いない。


後のことは分からない。多分その後も人を無視し、給食も残し、見当違いのことをやりながら死んだようになっていたのだろう。


私が我にかえったのは家の玄関の前にきたときだった。

・・・どうしよう。

きっと母にも連絡が入っていて、しかられるに決まっている。

ドキドキしながら玄関を開ける。

「た、ただいまぁ・・・」

すると意外にも、

「おかえりー」

と、普通の返事が返ってくる。

もしかして、連絡行ってない・・・?

リビングに入ると、母はいつものように広告を読んでいた。


これが始まりだった。何も言われなかった。そういう、ある種の甘やかしがあったからだと思う。

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