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自殺することができない世界での話

作者: 畦道 鏡

自殺って不思議ですよね。

絶対にしないぞとは思うけど、死にたくなるときってありますよね。

そこで踏みとどまれる人は、きっとまだ小さな幸せが何処かに残ってる人で、

踏みとどまれなかった人は、幸せを全て失っちゃった人なのかなぁって思います。



ネガティブ。最近は小学生でも、この言葉を知っている子がいると思う。ネガティブっていう言葉の意味はあんまり知らないけど、マイナス思考的な意味だった気がする。最近は学生とかに多いよね。いじめとかで人間不信になっちゃったりして、めちゃくちゃ追い詰められてる子とかさ。そういう子がいきつく場所って大半は、自傷行為とか自殺なんだと思うんだよね。

でも俺が生きた時代は、それをやっちゃうと、どこか別の世界に飛ばされてしまうっていうめんどくさい時代だったんだ。



俺にとって今日は絶好の自殺日和だった。

別に晴れてるとか、いい風が吹いてるとかそんなのではないんだけど。

ビルの屋上にたどり着いた俺は、都会の少し汚れた空気を肺にいれる。ここまででわかると思うが自殺方法は飛び降りだ。

前に聞いた話なんだけど、飛び降り自殺は地面から5mほど手前で自動的に意識が飛ぶらしい。これで楽にいけるってわけだ。

俺はセオリー通り、靴を綺麗に揃えてビルの淵に立った。

目を閉じて、もう一度息をゆっくりと肺に入れたときだったかな。くらっとした惰性でそのまま地面に落ちたと思ったんだけど、ただただ真っ白い世界に俺は倒れこんだ。

俺の他にも2、3人の人がそこに倒れていたな。

状況がつかめずぼーっとしていると後ろからトントンっと肩を叩かれた。

振り返るとのっぺらぼうの被り物をした人が立ってて、俺の後をついて来いと身振りする。

なんだなんだと思いながらもついて行くと、茶色の古い扉があった。

扉をくぐるとなんとそこには街があって、入り口近くの看板に大きな文字で

『自殺者が行き着く街』と書かれていた。

荒れに荒れたその街は、生気の生の字すら感じられない静かな街だった。

ここからは自由だ。とのっぺらぼうは身振りで伝えて、この街の事が書いてある本を俺に渡すと扉の向こうに消えていった。


誰が書いたのかわからない本に少し目を通したが、悲しい現実ばかり書いてあるのですぐに読むのをやめた。

この街で生きる人は、この空間でゆっくりと息絶えるのを待つだけらしい。

この街では、高いところから飛ぼうが、体を切り刻んで血を流そうが、死ぬことはできず、ただただ痛いだけらしい。

しかし他殺なら別だ。自殺以外の方法ならこの世界でも死ねるのだ。ただし、大勢で殺しあっても死ねない。一対一で、どちらか一方が、どちらか一方を殺すという条件下でしか、死ねないらしい。つまりどちらか一方は死ねないのだ。しかも殺した者は寿命がだいぶ長くなる。

それを分かっているから、ここの住人たちはお互いに殺しあったりはせず、多くの人で集まっていたり、男女で家庭をもったりと、仲良く時間を過ごしているのだろう。

二人ペアで殺しあっていって、最後の一人になるのが怖いんだろうな。

自殺する勇気はあるのに、この世界で一人になる覚悟は誰にもないらしい。


一通り考察して、俺はこの世界で何をするかを考えた。

今思えば何でこんな事を始めたのかはわからない。別に長く生きたいわけでもないし、ここの住人の手助けをするわけでもないが、俺は死にたいやつを殺してやるという看板を掲げ、命買取屋さんを始めた。


死にたい人を殺してくれるお店が、街外れにできたらしいと、俺の店はすぐに有名になった。日にちを追うごとに店は繁盛していき、多いときは一日に30人くらいが命を売りにきた。最初は嫌なお店を開いちまったと思ったんだが、あながちそうでもないと思えた。

殺された奴らが最後に必ずありがとうと言ってくれるんだ。

人に感謝されるっていうのはどんな形でも嬉しいらしい。



この世界には曜日という概念はなく、時計もない。

日がのぼり、沈めば一日が終わるというサイクルらしい。

今日は俺がここにきて10回目の日の出。

命買取屋さんはお休みにして、この世界で初めての休日を過ごすことにした。

といっても何もすることはなく、ぼけーっと街を歩いていると、杖をついて歩く老人を見つけた。

「こんにちは」と、俺が声をかけると、

「こんにちは」と、優しい笑顔の挨拶が帰ってきた。

この老人はアズサさんと言うらしく、かなり前からこの世界にいるらしい。

「いつになったらわしは死ねるんじゃろうな」というのが口癖らしい。

「アズサさんがよろしければ、その命、買い取ってもよろしいですよ?」

俺がそういうと、アズサさんは急に笑い出して、

「それは遠慮しておこう。わしはあくまでも自殺志願者なのでな」

そう言うと、手を振って路地裏に消えて行った。


あくまでも自殺志願者。

その言葉は、俺が今までしてきたことを否定しているように聞こえた。

自殺志願者ばかりの街で殺し屋をやってるお前は、悪いように言えば死にたい奴を殺して喜んでいる快楽殺人者だ。

そう言われたようにも思えた。

俺は殺しが好きでこんな事をしているわけでもなければ、来たいと思ってこんな世界に来たわけでもない。しがらみとか、運命とか、そういう面倒くさいものから解放されるために命を捨てたのに、結局は生きなければならないなんて。ほんと上手くできてるよな。


その日はもういても立ってもいられなくなって、お店に戻った。すると店の前に、白いワンピースを着た女の子がいた。

その女の子の大きな瞳を見て、なぜか懐かしさを感じた。

俺に気付いて目が合うと、軽く会釈をして

「ここのお店の人ですか?」っと、訪ねてきた。

「はい。そうです」というと、

「殺してください」と、深々と頭を下げてきた。

正直笑ってしまったね。おれよりも随分若い女の子が死にたいと思ってるって言うことに。

「残念だけど今日でお店は閉めます」俺がニヤつきながらそういうと女の子は、がっくりと肩を落として街に向け歩き出した。

「でも」と俺は声をかける。

「今日からここで、小さなカフェを開くつもりなんだけど、味見程度に一杯どうかな?」

と言うと、女の子は振り返って

「じゃあ、一杯だけ」っと笑ながら言った。



「意外と綺麗なお店なんですね」

「そうだろ?でもここで何千人もの人が死んだ」

「その死んだ人たちは、どこにいったんですか?」

「それは俺もわからない」

中に入って一時間。この世界ならではの不思議な会話が弾みに弾んだ。

話を聞いていく中で分かったのは、この女の子は14歳で、自分の記憶がないことと、なぜこの世界に来たのかを覚えてないという。

「じゃあ気がついたらこの世界にいたのか?」

「そうみたいです。ここに来た時にもらった本に『生きたくても生きられなかった人が来る場所』って書いてありました。だから私、死んでみようと思ったんです。そしたら元の世界に戻れるかも知れないなぁっと思ったから」

「それは違うな」

「違うとしても、私にはそんな考えしかできなかったんです」

ここで俺は少し考える。

「…どこにも帰る場所がないなら俺と一緒にすごさないか?」

「私は元の世界に帰りたいんです。別にこの世界の人と一緒に過ごすつもりはありません」

「俺も最初はそうだった。一人で過ごすつもりでここに住んだ。でもなんだろうな。君をほっとけないんだよ」

久しぶりに女の子と話したせいか、自分でも何を言ってるのかわからないくらい、恥ずかしいことを言ってしまった気がする。案の定、女の子はキョトンとしている。

「ようするに、明日から開く新しい店のアルバイトが欲しいんだよ」

「ふーん。おじさんは素直じゃないんですね」

「おじさんじゃない。それに意味がわかったなら、さっきのキョトンとした顔はなんだ」

「元からそんな顔なんです」

「発展途上な顔だな。それで?君の答えは?」

「こんな所ではアルバイトなんてしたくないです」

「そうか…」

「でも、おじさんと一緒にいると楽しそうなので、この店に住みつきます」と言って、ニコっと笑った。

すごくいい笑顔だったな。

「君も素直じゃないんだな」

「えー。自分ではびっくりするくらい素直なんですけどね」と言って、笑う女の子を見たとき、なぜかこの4文字がでてきた。

「…よし名前をやろう、君の名前はアサガオだ」と俺が言うと、女の子は少し驚いた顔をした。

「すごい急ですね。なんでアサガオなんですか?」

「わからない。なんか…ぱってひらめいたんだ。綺麗な笑顔がアサガオに似てたからかな」

「へー…。アサガオより綺麗な笑顔でしたか?私の笑顔」

そう言うと、アサガオはまた一段と可愛く笑った。

「…ほんとだ。びっくりするくらい素直な笑顔だな」

と俺が言うと、アサガオは少し照れながら

「調子にのらないでください」と頬を膨らませた。



アサガオと一緒に暮らすようになって60回目の日の出。

なんだかんだで始めたコーヒー屋は、意外と評判がよかった。

殺し屋がまた何かを始めたぞっと、すぐに噂になったからだろうか。

ここの住人は、ものすごい素直らしく、俺が殺し屋をやれば、素直に殺され、俺がカフェをひらけば、素直にコーヒーを飲みに来てくれる人たちらしい。

殺される予定があった人も、今では定期的にコーヒーを飲みにくる常連さんになってくれている。

そんな賑やかなお店を、さらに盛り上げてくれているのが、アサガオだ。

今はこうして楽しく笑いながらお客さんと話しているが、初めは本当に大変だった。

意外と人見知りをする子らしく、開店当初は、お店の影に隠れて、人間観察に精を出していたくらいだ。

「そんなに人見知りなのか?」

「うーん…違うんだけど、なんか嫌なんです」

「駄々っ子だな」

「うるさいです。でもちゃんと言うこと聞いてるからいいじゃないですか」

「業務に関してはいいんだけど、喋らない看板娘はちょっとなぁ」

「えー…。だって緊張するんですもん。何話したらいいかわかんないですし」

「おいおい。今まで何のために人間観察をしてきたんだよ。もう分かるだろ?どの客がどんな人か。まずは、話しやすそうな人にアタックしてみろよ」

「…はーい」

この言葉がきっかけで、アサガオはよく喋るようになった。

多分だけどね。


日も沈みかけて、店じまい前だったかな。20歳ぐらいの青年が店を訪ねてきた。

カウンター席に座ると、

「こんにちは」と声をかけてきた。すこしハスキーな声だったのを覚えている。

「ご注文は?」っと聞くと

「マスターのオススメで」と青年。

「少し時間がかかりますがよろしいですか?」

「いくらでも待ちます」

「かしこまりました」

とは言ったが、俺はここで使うはずの豆を切らしていることに気がつく。

俺はちょいちょいと手招きしてアサガオを呼んで、おつかいを頼んだ。

「えっと…ローストした豆をくださいでいいの?」

「そうそう。200gくらいもらってきてくれ」

「はーい」と、カナデは元気にでていった。

「あの子かわいいですね」と青年。

「そうだろ?自慢の看板娘なんだ」

「かなり若そうですが、おいくつですか?」

「たしか14って言ってたかな」

「14ですか。本当に若いですね。ありえないです」

「確かにありえないよな。あんな可愛い子が俺の店で看板娘なんて」

「違うんです。この世界に14歳の子どもが来てしまったと言う事実がありえないんですよ」

と、青年は声のトーンを落として言った。

「…どういうことだ?」

「この世界は18以上の自殺者がくる世界なんです」

「ほう。18以下の人はどうなるんだ?」

「死ぬ間際の記憶を消されて、もう一度だけ現世に生き返ることになります」

…なるほどな。初めから小さな子がいないとは思っていたが、そういうことだったのか。

「まぁ、それに関しては深くは聞かない。それよりも君が何者かを俺は聞きたい」

と言うと、青年は手持ちバックからのっぺらぼうの被り物を取り出して俺に見せた。

「…君は最初に俺を案内したくれた奴か?」

「それは別の人です。僕が案内してきたのは…アサガオさんなんです」

それを聞いて俺はじっと、青年の顔を見る。

「じゃあ、君のミスなのか?」

「そういうわけではないんです。でも正直驚いてます。若いなと思っていた子がまさか14歳だったなんて…」

これを聞いて俺は二つの疑問を感じて

「それよりも、君たちが人だっとはな」と単純な方の疑問を口にしてみた。

すると青年は少し笑って

「そこはどうでもいいんです」と、短く言って

「それよりも今回僕がここに来た理由が大切なんです」と言った。

「大体察しはつくよ。手違いできてしまったアサガオを現世に戻すんだろ?」

「…はい。そうなります」

「今すぐにか?」

「いえ、三回目の日の出のときです」

「…そうか」

何だろうな。このなんとも言えないこの感じ。

話が終わったのとほぼ同時にアサガオが帰ってきた。

「ただいま。ローストされた豆、貰ってきたよ」と小声で言って、俺に袋を渡す。

「ありがとう」と言い、アサガオの頭を撫でてやるとくすぐったそうに首を傾けた。

「よし、帰ってすぐで悪いんだけど向こうのテーブルの片付けをしてくれるか?」

と言うと、アサガオは小さく頷いて片づけを始めた。

「すぐにお作りしますね」と、青年に声をかけようとしたが青年は小さなメモを残してどこかに消えていた。

俺はそれにさっと目を通すと、ポケットにしまった。


日が沈んで夜になった頃。

読み終わった本を机に置いて、アサガオを呼んだ。

「話ってなーに?」と眠そうな目をこする。

「今からする話は今のアサガオにとって、いい話じゃなくて、悪い話かもしれないしれない。それでも聞くか?」

と言うと、珍しく下を向いて真剣に考えて「うん」と、まっすぐこちら見た。

「よし。なら言うよ?アサガオはな…」

少しだけためる。

「今から三回目の日の入りまで、俺の言うことに逆らったらいけないことになった」

と、にやけながら俺は言った。

「…え?」っと呆気にとられたような顔をするアサガオ。

「そういうことだ。明日はお出かけするから、洗っておいたワンピースを着ておくこと。朝一番にこの家を出るからね。それじゃあおやすみ」

と言い、「え?え?」っとまだ理解できていないアサガオを置き去りにして、寝室に向かった。



日の出前。

昨日アサガオが貰ってきた豆を挽いて、コーヒーを二ついれた。

テーブルに迎え合わせに置いて、アサガオが起きてくるのを待とうと思ったのだが、俺と同じ考えを持った白ワンピースのバカが隣の席でコーヒーを二ついれて座っていた。それをみて俺は少し笑った。

「なかなかおもしろい朝だな」

「そうですね。私も、おじさんがコーヒーを入れ始めたときは笑を堪えるのに必死でした」

「声をかけてくれればよかったのに」

「おもしろいからいいじゃないですか」

と、二人で笑った。

淹れたてと少し時間の経ったコーヒーを飲みながらしばらくゆっくりしていると、

「それで?今日は何をすればいいんですか?」

と、アサガオが真面目な顔で聞いてきた。

おれは少しだけ考えて、

「今日はおれのわがままに付き合ってもらう」と言った。

「うーん…具体的に言ってくださいよ」と不満そうなアサガオに、

「前にも言っただろ?少し素直じゃないんだ。ついてこい」とお説教気味に言って、外に出た。

「少しどころじゃないですよ」っとブツブツいいながらも、人一人分の感覚を開けてアサガオが付いてくる。

「この距離感はなんだ?」

「説明が曖昧過ぎるから怒ってるんです」

「そうか。可愛らしいな」

「うるさいです」

と、頬を膨らませながら

「そろそろ教えてくださいよ。こんな朝早くにどこに向かうんですか?」と続ける。

気になって仕方がないんだろうな。

目的地ぐらいはいいか。

「…公園だよ」少しためて言った。

「え?何しに行くんです?」と驚いた顔のアサガオに、

「もちろん、遊びに」と笑顔で答えた。

それからは特に会話もなく、 普通に歩いていると公園についた。

あまり使われる事がないからなのか、どの遊具も意外にしっかりしていて、殺風景なこの世界にはもったいないぐらいの公園だ。

「さて。どれに乗りたい?」

「本当に遊ぶんですか?」

「ここまで来て、何言ってんだよ」

と、いいながら俺はブランコに座った。嫌そうな顔をしつつも、隣のブランコにアサガオも座る。

晴れ過ぎている空を眺めつつ、少しだけブランコをこいでいると、アサガオが少し笑った。

「どうした?」

「いや…似合わないなぁと思いまして」と微笑んで、アサガオもこぎはじめた。それを見て俺もちょっと笑う。

「なんですか?」

「似合い過ぎてて子どもだなって思ってさ」と、笑顔で言うと

「うるさいです」

と、声を尖らせながらも笑った。

本当に笑顔が似合う子って、漫画見たいにキラキラオーラが見えるんだよね。頭おかしいとかじゃなくて、ほんとに。

「いつまでこっちをみてるんですか?」

少し照れながらアサガオが言った。

「飽きるまでかな」

冗談っぽく言ったつもりだったんだけどなぁ。

「構いませんよ」

と、真面目な顔で返された。

俺が少し慌てて「冗談だよ」というと

アサガオは「知ってますよ」と嘲笑うかのようにこちらをみた。

このまま数秒見つめあっていると、カナデが先に吹き出した。俺もつられて吹き出す。

こんな楽しい時間も残り2日。

それまでにいろいろ話さなければいけない。俺が気付いたこと全てを。



二回目の日の出。

俺は今日も早起きして、コーヒーを入れた。別に好きではないけどブラックを飲む。なぜかはわからないが、ブラックで飲まなければいけないという使命感が、砂糖やミルクを入れさせてくれないからだ。

これもきっと…そういうことなのだろう。

コーヒーを飲み終えた頃、アサガオが起きてきた。

「おはよう。コーヒー入れようか?」

おれが聞くと、

「自分で入れるからいいですー」と、寝ぼけた声で言った。

アサガオはカップを手にとると、ミルクを6割ほど注いだ。この時点ですでにツッコミを入れるべきだったが、俺が言葉を発する前にらコーヒーをちょこっといれたもんだから、

「普通逆だろ」とツッコミが遅れた。

「私のコーヒーはこれなんです」とミルクにコーヒーを入れたような物をゴクゴクと飲みほした。

それから少しダラダラと過ごして、いい具合に頭が冴えてきたのを合図に、

「アサガオ」と、そばに呼んだ。

「今日はなにをさせられるんですか?」

少しだるそうな目をして言った。そんなアサガオの頭を撫でながら

「今日は散歩をしようと思うんだけど、どうかな」と、笑顔で言うと、くすぐったそうに首を傾けながら

「仕方ないから付き合ってあげます」と、照れながら答えた。

そんなアサガオが可愛かったもんだから、またわしわしと、撫でてあげて、

「行こうか」と、手を引いて外に出た。


「なぁ、アサガオ」

街の錆びれた風景を見ながらひとり言のように呟いた。それを聞いたアサガオも

「なんですか?」と、呟くように言った。

「本当はこんな風に歩きながら聞くことじゃないのかもしれないんだけどさ」

「うん」

「最初に会ったとき、君はなんで…」

ここで俺は立ち止まる。アサガオは一歩、二歩とゆっくり進んでいく。

「他人の振りなんかしたんだ?」

ここでアサガオも止まった。少しだけ間があいて、

「どういう意味ですか?」と、少し震えた声で言った。

「君と会ってから俺はいろんなことを疑問に感じた。例えば自分の記憶がないということ。改めて考えてみれば俺自身、名前も、歳も、ここに来てからはまるで覚えてなくて、それどころか、元の世界の記憶もないし、それを疑問に思うことすら、君から話を聞くまで忘れていたんだ」

「なのに君は、忘れていることをしっかり認識できていた。つまり、君には元の世界の記憶があるんだ」

少し間を置きながらゆっくりと話す。

「そして長い日々を君と過ごす中で俺は、君に関する『重大な何か』を忘れている事を思い出したんだ。君は元の世界でも、こんな風に俺のそばにいてくれたんだよな」

と、言葉を切ったとき、アサガオが俺の方に振り向く。目に大粒の涙を浮かべながら。

「アサガオ…この名前も、君の笑顔を見たときに思い出したんだ。そのときはパッと出てきた言葉で、なんで出てきたのかわからなかった。でも今はしっかりと覚えてる。忘れられるわけがないんだよ。この名前は君が生まれる前に俺が考えた名前だからな」

そう言って、嗚咽を漏らしながら泣くアサガオをそっと抱きしめた。

「ごめんな。アサガオ」と撫でてやった。

アサガオはそれに応えるように

「お父さん…お父さん…」と、しばらく泣きながら言っていた。



「いつ記憶が戻ったの?」

俺に背負われたアサガオが声をかける。

「あの青年が来たときだよ。豆をもらって来て?っておつかいを頼んだだろ?あの時の青年からいろいろ話を聞いたんだよ。そのときにいろいろ繋がったんだ。まぁ、アサガオに関する記憶以外はなにも覚えていないけどね」

「…そうなんだ。じゃあ私の話もしないといけないね」

と、アサガオが俺の背中を降りる。

「私はね、気がついたら白いところにいて、のっぺらぼうさんに案内されて、ここにきたの。そのときにもらった本を読んで、自分が死んだってことを知ったんだけどね、正直…あんまり怖くなかったの」

「死んだって書いてあるけど、体はあるし、これはきっと夢か何かだって思ってたからね」

正当な理由だ。確かに何の前触れもなくこんなところに来たら夢だと思うだろう。

「でも長い時間ここで過ごして、夢じゃないんだってわかったとき、私はどうしたら帰れるんだろうって思い始めたの」

ここで一呼吸置いた。

「そんなときにお父さんを見たんだ」

と言って、笑った。

「杖をついたおじいさんと話してたよね?」

きっとアズサさんのことだろう。

「そうだな。俺はあの人の言葉がきっかけで、殺し屋をやめたんだ」と言うと、

アサガオはふーんと相槌をうって

「私もあのおじいさんと話したことあるよ」と、言った。

「どんなことを話したんだ?」

「うーん…たくさん話したからなぁ…。でもお父さんに会いに行きなさいって、言われたの。だからあの日、店を訪ねてみたんだけど、いなかったからさ。諦めて帰ろうとしたときにお父さんが帰ってきたの」

話を聞いているうちに、俺の頭の中のいろいろな場面が繋がっていった。

「最初の質問に戻ろう。なんで他人の振りなんかしたんだ?」

「だって私意外の人は、みんな記憶を無くしてるんだよっておじいさんに言われたから。それなら、娘みたいな子になろうって決めたの」

「最初からうちに住む予定だったのか?」

「ううん。まるで別人みたいなお父さんがいやだったから、最初は、何処かに行こうって決めたの。でも、アサガオって名前で呼んでくれたから…一緒にいてあげようかなって」

そう言って照れ笑うアサガオが可愛くて、何度も何度も撫でてやった。


家に帰りついたのは、夕方くらいだったから、日の入りちょっと前ぐらい。

アサガオはいろいろ疲れたらしく、寝室でぐっすり、寝息までたてて寝ていた。

俺もだいぶ疲れたから、家の外に出てゆっくりと深呼吸をして体に空気を取り込みつつも、カフェの看板を見ている老人が横目に映った。チラリと確認したら目があった。俺が今最も話したい人が案の定そこに立っていた。

「お久しぶりですね」

その言葉を待っていたかのように老人が話始める。

「今は、カフェをやっておるんじゃな」

「そうですね。でも今日で辞めるんです」

「ほう。しかし暇になるぞ?この世界は退屈じゃからな」

「本当にそうでしょうか」

アズサ老人がこちらに目を向けた。

「どういうことじゃ?」

「例えば、俺が今ここで手首を切りますと言ったら、あなたは止めますか?」

「ワシは止めんよ。どうせ死ねないんじゃからな」

「そう。死ねないんです」

アズサ老人の目つきが変わる。

「…ならば、どうなるか、お前は分かっておるのか?」

「いえ、まだ分からないんですが、一つの仮説があります」

「ほう。話してみるがよい」と笑う。

「人間は贅沢な生き物なんですね」と、俺は少し笑いながら遠回しに言った。

「きっとループするんですよね。ここで自殺したら、また元の世界に戻る感じで。でも、ある一定の条件下では、記憶は残り、条件下でなければ、記憶は消される。違いますか?」

いい終わって少し間が空いた。その間アズサさんは、何かを考えてる様子で上を向いたり下を向いたりしていた。そこに追い打ちをかける。

「さらに詳しく言うなら、現世に何の悔いも残さず自殺した人は、現世の記憶を消されて、ここで穏やかに暮らす。その逆で、まだやることのある状態で自殺した人は、ここでも自殺をして、ここの記憶を消されて現世に戻って、やり直す。そして、完全な『死』は、自然死のみ。違いますか?」

ここまで聞いたアズサ老人は、参った参ったという顔をしていたが、まだどこかに隠し球を持っているような…。そんな顔をしていた。

「ここまでこの世界を考察し、出した答えなら答えをやろう。お前さんの考えは半分あたりで、半分ハズレじゃよ」

そう言って

「しかし、何があたりでどれがハズレかは内緒じゃ」と笑った。

それを聞いて俺も

「わかりました」と、笑った。

もとよりこんな非現実的な世界に誰もが納得できる答えがあるわけがないと思っていたからだ。

「きっと、俺が記憶を取り戻したのも、アサガオがここに来たのも、全部アズサさんが何かしたと思ってますけど、それは聞かないことにしときますね?」と、俺がたずねる。

「そうじゃな。その方がよかろ」と、アズサさんは何度かうなづいた。

それを確認して一礼した後、俺はアサガオが寝ているベッドのそばで眠った。



3日目の日の出前。今日がお別れの日だ。

現世の記憶を取り戻してから、久々に時間という概念が戻って、こっちに来てからの経験も合わせて推測するあたり、日の出までそんなに時間はないだろう。何の光もない真っ暗な部屋に小さな明かりを灯して、アサガオを起こした。

「おはよー」寝ぼけたアサガオはまだ眠い目をこすりながら、俺が持ってきたミルクを飲み干した。

「うん。おはよう」と、お父さんに戻った俺が、朝のアサガオに声をかける。

「実はなアサガオ。今から重大な話をしないといけないだ」そう言おうとする前に、アサガオが俺に抱きついてきて、

「やだ。絶対やだからね」と、腕に力を込めた。その行動の意味を素早く読みとって、さすがは自慢の娘だと感心した。でも少しだけ悲しくもなった。

「どこまでしっているんだい?」とは聞かず、「いつから気付いてたんだ?」と最初からはっきりときいた。

顔を上げて、すこし涙まじりの声でアサガオが答える。

「私もだんだんと繋がったの。三日間って言う限られた時間、急にお店をお休みする、いろんな話をしだす。ここまでで、三日後に私とお父さんが離れちゃうのかなって思うでしょ?そしたら…自然と元の世界が思い浮かんで、私は返えされてしまうのかなって。そう思ったの」

ほうっと、俺は感心した。14歳の女の子にしては100点満点の推理で、アサガオは本当に成長したんだなって思った。でもそれを考えるのはやめてた方がよかったかもな。俺の頬からも涙がこぼれ始めた。

えらいえらいと、アサガオの頭を撫でてやると、やだやだ、と地団駄を踏み始めるもんだから、俺も強く抱きしめて上げた。

そのとき、ゆっくりと空が明るくなってくるのがわかった。

しばらく二人でこうしていたかったけど、もうすぐ時間みたいだ。

「アサガオ」と名前を呼ぶと

「なーに?」と、アサガオが答える。

「君の名前の由来は、花言葉なんだ。アサガオの花言葉はいろいろあるんだけど、その中で俺がいいなって思ったのが、『愛情の絆』って意味だ。元の世界に戻って、アサガオが俺のことを忘れてしまっても、俺たちは『親子の愛』でちゃんと繋がってるから、安心して生きていくんだよ」

急に何だよって顔をアサガオはしてたけど、

「…うん、わかった」と言って、泣き崩れた顔で精一杯の笑顔を作ってくれた。それをみて俺も笑った。きっとアサガオと同じような顔で。

だんだんと部屋も明るくなってきて、日の光が俺の視界を遮った。ほんの少し目を閉じただけだったけど、俺の体からアサガオはいなくなっていた。


『生きたくても生きられなかった人が来る場所』か。この世界に来た頃のように、これからは一人の時間が流れていく。でも、昔の俺とは比べものにならないほど今の俺は幸せだ。

この世界のルール通りなら、俺の寿命はかなり増えてしまっている。これからどれくらいの時間をここで生きていくのかわからないが、アサガオが向こうの世界でちゃんと元気に生き抜いて、もう二度とこの世界に来ることがないようにと願いながら、アサガオが持ってきてくれた最後の豆を使ってコーヒーを入れた。


実質的な初投稿作品です。

なんでしょうね…まぁ、中途半端というか。

あんまり面白くないですよね。

これからはもっと面白い作品を書いていきたいです。

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[良い点] 生きていれば、時々 死にたくなる時があります。 そんなときにこの小説に辿り着きました。 筆者の描く世界はとても情景をイメージしやすく、 色までも浮き上がってきます。 [気になる点] この…
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