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9.愛情と憎悪

幼い頃から雪姫と呼ばれたハルハリアは自分が美しいことを良く知っている。

皆が皆褒め讃える白金の髪、透けるような白い肌、そして薄氷のようでありながら優しさを感じさせる青い瞳。

一体誰が彼女を娶るのかと年頃になれば話題になった。

ハルハリアはグラキェス伯爵の娘だ。地方でも北方で一番力のある貴族で、中央にも力が利く。

ハルハリアの美貌なら引く手数多なのだが、グラキェス伯の思惑とハルハリアのたっての願いでレギオン侯爵家の側室に召された。

グラキェス伯爵はやはり歴史に残る長さの貴族であり、更には純血主義の家でもあった。

レギオン侯爵なら貴族としての血もまぁまぁ良いし、歳の割に軍部の高い地位に就いているのも良いと伯爵は許したのだ。

一方のハルハリアは一目惚れだった。王宮の夜会で、軍の礼服を着て颯爽と歩くセレストに見とれてしまったのだ。

ダンスに誘われたことも笑顔をむけられたこともハルハリアは忘れてはいない。

だが、側室として来たものの、セレストは名前さえ覚えてしまえば女を抱くだけ抱いて放っておくのでハルハリアはいつか誰かにセレストを取られるのではないかと穏やかではいられなかった。

同じ時期に来た女で、ウィーア・カリス子爵令嬢といういかにも南方系美人が一番艶やかで異彩を放っており、ハルハリアは彼女が嫌いだった。

ウィーアの方は割とさっぱりした性格でもあったのでハルハリアの嫌味には辟易した。

一人また一人と何人かが入れ代わると、東国の血を持つ女と西方貴族の女が来た。そして、中央の田舎貴族の女。

この三人はまず選ばれることはないだろう、私やウィーア程美しくもないと考えた。

ところが、だ。

今朝侍女が齎した噂でハルハリアは身体が凍りつくようだった。


「旦那様が今朝方、ランバール伯爵令嬢の部屋に来た」


そんな馬鹿な、そんな馬鹿なことがあってたまるか。彼は今まで側室を寝室に招いてはいたが、側室の部屋に行くことはなかったはず!何故?!何故私の所ではなくあんなくすんだ汚い金髪をもつ女の場所へ行くのだ!

ハルハリアはカッとなっても怒鳴り散らせるタイプではない。

怒りが身体中にはい回り、身体を凍らせる。許さない、許さない。それだけがハルハリアの中を支配した。

「それは本当のことなの?カトル」

平静を装いつつ侍女に聞く。

「はい。何人かがランバール伯爵令嬢の部屋からお館様が出て行くのを目撃しております」

決定的な事実に、ハルハリアは心臓まで凍りついてしまいそうだった。

殺意が沸き上がる。

「そう」

素っ気なく答えた。

ハルハリアは何を思ったのか文机に向かう。

そして一通したためると侍女に出してくるように頼んだのだった。




「旦那さまに殺されるかと思いましたよもう……」

サラは朝食の準備をしながら言う。

「ごめんなさい、まさかあの方が部屋までいらっしゃるとは思ってなかったから」

ルーシェはしょんぼりと言う。

「今度から抜け出さずちゃんとお部屋に居てくださいませ。二回も旦那さまのあの視線は受けたくありませんから」

幾分ふて腐れたようにサラは言う。本気で心臓に悪いのだ。

「あの方にも言われたわ。勝手に帰るなと」

お茶を飲みながらルーシェは呟いた。

「お館さまが正しゅうございますね!」

「サラ、貴女味方じゃなかったの?」

間髪いれずにいわれた言葉にルーシェは唇を尖らせる。

「私はあくまでもレギオン侯爵家の侍女でございますから」

さらりと言われてしまう。

「うぅ、解ったわ。ちゃんと居るようにします」

「旦那さまのご命令ならそのようにお願いします。私を長生きさせてくださいませ」

「解りました。私はサラが好きだから、添い寝くらいは頑張ります」

ルーシェは降参とばかりに手を挙げた。

「……普通側室さまと言うのは添い寝以外を頑張るのでは…」

はぁ、とサラはため息をつきつつ朝食のスープを取り分けた。

午後になると、ルーシェの部屋にセレストが来たという事が屋敷内の噂になっているらしいことにサラは気づく。

女主人に告げると、

「……何でもないのにやはりこうなるのね。保険をかけておきましょうか」

と言って手紙を書く。

「サラ、貴女にだけは教えておくわ。貴女の口が堅いのを信じてね」

手紙を渡しながらルーシェは言う。

「執事にも侍女長にもあの方にも誰にも話しちゃ駄目よ?」

「は、はいっ」

サラは悪戯っぽく言うルーシェに緊張した。

「宛先を見てご覧なさい」

おそるおそる見ると、宛先には「パイロープ公爵」と書かれている。

首をひねっているとルーシェは微笑した。

「その宛先は私のもう一つの実家。ランバールより近いから、もし私に何かあったら公爵家に伝えて欲しいの」

目が飛び出るとはこのことか。

「ルーシェさまは公爵家の……?」

「そう、パイロープ公爵家の長女よ。お願いだから誰にも言わないでね。それから、何かあった時というのは命に関わるときだけね。それ以外は頼る必要も関わる必要も無いわ」

ルーシェは最後自嘲するように笑った。

「わ、解りました。今日は郵便がまだ来ていないので直ぐに行ってまいります」

サラはルーシェの様子に気づかず、慌てて言う。

「いいえ。それを直接渡しに行って欲しいの。だから、夜までお休みをあげるわ」

「しかし……」

「それを人に通して見られたりしたら面倒で困るのよ。門番が二人いるから、その二人にルーシェからだと言えばちゃんと公爵に渡してくれるわ」

一瞬不安に苛まれた侍女にルーシェは笑う。

「……解りました。支度して行ってまいります」

渋々とサラは言う。

「あぁ、公爵家まではこの道を使って行くといいわ」

と文机から丸めた紙を取り出して渡す。軽く巻かれ紐で止められたそれを解いてみると、帝都の地図だ。ただし部分的で、貴族の館のある辺りから城までの地図。

そこには赤いインクで道筋が辿られている。

「ほぼ誰にも見られない近道よ。ここまでは馬車で行って、この道で降りて。それからは歩きの方が回りくどくないわ」

ルーシェは道を指で指しながらサラに教える。

「解りました。しかし、ルーシェさま良いのですか?」

サラは困惑した顔をしてルーシェに問う。

「何がかしら」

「私はこれでもレギオン侯爵家に仕える使用人ですよ。そうあっさり秘密を教えてしまって良いのでしょうか」

あまりにもあっさりしてるので逆に怖いのだ。この人の警戒心はあるのかと思ってしまう。

「いいのよ。貴女、言う気は無いでしょう?」

「それはそうですが……」

「いいの。今この屋敷で一番信用できるのは貴女なのだから」

にっこりと笑う。それでも不安なサラは言い募る。

「私が外部に漏らさないとでも?」

「秘密を守らないような人間はそういう事を聞いたりしないわ。よっぽどの狐や狸でない限りね」

ふふっと笑う。

「解りました。行ってまいります」

サラは一息ついて言う。

ルーシェには驚かされてばかりだが、今日は一番だったかもしれないと思いつつ、こっそりと侯爵家を抜け出した。

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