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7.可憐な毒花?

「ところで、ここで何をしていらっしゃったのですか?」

カルティエは問う。

「花をスケッチしていましたの」

ルーシェの笑顔に本心が見えたような気がする。その笑みを見せればあいつも警戒を解きそうだなと思う。

「ご覧になりますか?」

とルーシェはスケッチしていたものを差し出す。受けとって見ると、ざっくりとした素描とはいえ上手い。

「これは中々……城の絵師たち顔負けですな」

「ありがとうございます。ですがまだまだですわ」

とルーシェは笑う。

「この花の魅力が中々上手く出せません」

自分の絵に苦笑する。

「可憐な花びらで装いながらしっかりと立ち、それでいて毒をもつ貴婦人のような雰囲気はやはり難しいです」

しみじみとルーシェは言った。

「素晴らしい表現力です。私には"花"としか見えない」

「殿方の大半の方はそうだと思われますよ」

肩を竦めたカルティエにルーシェは言う。

「ですから、代々武人であらせられたレギオン侯爵家の庭園がこれ程まで美しくかつ不穏な意味で実用的とは思いませんでした」

「……不穏?」

褒めるにしては違和感のある言葉だ。思わずカルティエは聞き返した。

「えぇ、不穏です。美しさに気づきませんが、見る者が見れば解りますよ。ここは美しい庭園の形をした毒草園です」

ルーシェは嬉しそうに言う。その顔とは裏腹にカルティエは愕然とする。しかしそこは伊達に異名を持っているわけではない。ポーカーフェイスを保ちつつ

「解るのですね」

と聞く。ルーシェは目を細めて微笑むだけだ。

その目が舞踏会で会ったランバール伯に良く似ている。

「私にはさっぱりです。教えていただけますか?」

とカルティエが言うとはい、とルーシェは普通に笑った。

「この花はセラフィと言う、毒性の強い花です。先の長い大戦の頃にこの草の実を使った麻薬が出回り、帝国も大変な思いをしたようですね。今では殆ど姿を見かけない幻のような花です」

スケッチされていた美しい花がまさかと思う。

「あの麻薬の元が、こんな植物とは……」

カルティエは嘆息する。

貴婦人とは良く言ったものだ。

「ここを少し行くと塀に沿って木が植えてありますでしょう」

「ええ。確かチェルリと言う、東国の木だとか」

カルティエは答える。セレストの祖父が植えたのだと聞いた。

「あの木の隣には常緑のキョウチェがあります。これは実を食べれば嘔吐、神経麻痺などになります。実の汁が肌に当たると被れるくらいなのですが……木自身にも強い毒がありまして、良くて中毒悪くて死、です」

あんな風車みたいな可愛い花をつけますのにね、とルーシェは笑う。

「チェルリの仲間の木も、実は毒だったりしますのよ。お酒に漬けて抜いたり、食べ過ぎなければ大丈夫なものばかりですが」

「良くご存知ですね」

「父と私の趣味ですわ。父は植物だけではない毒の研究をなさっているので、いざと言うとき間違えないようにと教えられたました」

なんだそれ怖い。カルティエの心情はまさにそれだった。ランバール伯の趣味が毒の研究など怖いにも程がある。

「山谷に行かなければただの持ち腐れな知識ですけれど。カルティエさま、今のは誰にも言わないで下さる?」

少し不安そうに言う。今更になって軽率なことを言ったと思ったのだ。毒の研究が趣味だと言えば、いくらあの父親とはいえど誰かの毒殺があった日には疑われざるを得ない。

「それは……庭のことですか?それともご趣味のことですか?」

カルティエはルーシェの様子を見て苦笑し、わざと聞いた。

「両方です。どちらも知られるのはあまり良くはないでしょうから」

「解りました。黙っておきましょう」

ルーシェの趣味を秘密にすることは、セレストをも守れる。恐らくこの庭園に毒草にあふれていることをセレストは知らないだろう。彼もまた植物に興味はないが万が一ということもある。

「ありがとうございます」

ルーシェは頭を下げた。

「いえいえ。さて、そろそろおいとまします」

カルティエはスケッチを返しながらいう。

「お邪魔してすみませんでした」

「いいえ。楽しゅうございましたわ。お気をつけて」

とルーシェは声をかけ、カルティエは一礼して去った。


その数日後、二人がたまたま城で顔をあわせたので、茶を飲むことになった。

「お前、ルーシェ嬢怒らせるなよ」

カルティエはセレストに真顔で言った。

「……は?」

セレストは不愉快そうに聞き返す。何故自分がそんなことをしなければいけないのかという思いがあらわだった。

「いいから怒らせるなよ……あれは、怖い」

カルティエが怯えるように言うのでセレストは首を傾げる。

「あの女と何を話したんだ?」

「彼女は絵が上手だったよ」

板みたいなものを取り出していたのを思い出す。

「あぁ、なにをしてるのかと思ったら絵を描いていたのか。そんなことではなくてだな」

あからさまに話しを反らされたように感じたので、本題はなんだと問おうとする。

「描いていたものが問題だ」

「は?何だと?」

訳が解らないので聞き返す。

「何を描いていたんだ?」

その問いに、カルティエは顔をしかめた。

「……"楽園"の元になるものだ」

「……」

セレストは一瞬考える。

"楽園"とは、今でこそ見かけることはないが戦乱になると必ずと言っていいほど裏で流された麻薬だ。幻覚が見え、楽園へ足を踏み入れたほどの悦楽が得られるという感覚からきた名前らしい。

しかしその製造方法や原料はごく僅かな人間しかしらないし、今ではもう解らないはずだった。

「そんな危ないものが我が家にあったか……?」

セレストに心当たりがあるはずもない。

「あった。と言っても俺には真偽はわからん。どう見ても、ルーシェ嬢がスケッチしてたのは美しい花だからな」

「花?」

ますます混乱する。

「そうだ。ルーシェ嬢が描いていたのは、花壇にあった"セラフィ"という花で、"楽園"の材料らしい」

幾分カルティエは声を潜めた。セラフィ草の存在が知られたら、どんな嫌疑がかかるか解らない。そのくらいあちらこちらの国で躍起になって滅ぼされたものなのだ。

「……庭にそんなものがあったのか」

セレストは眉をひそめる。

「それどころか、ルーシェ嬢ははしゃいだように『美しい庭園の姿をした毒草園だ』と断言した」

あれは嘘を言ってる様子はないとつづける。

まさかと思うが、残念ながら否定できるような知識が彼らにはない。

「……危険だな、色々と」

苦々しい表情でセレストは呟く。

「だから怒らせるなと言ったんだ。最悪毒殺されるぞ」

「洒落にならんな。今からでも返品しておくべきか」

セレストの言葉を聞き、カルティエは同情的な目を向けた。

「彼女のその知識は、父親の毒薬趣味から来ているそうだ」

セレストは真顔になる。

あのランバール伯が?やりかねん。というよりなんだそれは、最悪だ。

「……せいぜい可愛がることにするか」

まるで肉食獣のような笑みを思い出す。セレストはルーシェ本人よりも、父親であるエルンストに操られているようで釈然としなかった。


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