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3.実家からの呼び出し

『来月の舞踏会の日、昼前に来るように』


ルーシェの受け取った手紙にはそれだけ書かれていた。

差出人は父。何をしたいのかが解るためはぁ、とため息がもれる。

が、文句を言ういい機会だと考えることにした。

ルーシェはあれから何度か望み通りに疲労したセレストの寝顔を見ることができて喜んでいた。勿論、何度かはセレストの質問責めにもあったが。

「お前は気配を消す練習でもしていたのか?」

とセレストが問い、

「いいえ。狩人や暗殺者ではありませんもの。必要ありません」

とルーシェが返す。

「じゃぁ何故"私が"お前に気づかなかった。有り得ない」

「閣下が私の存在を忘れていたならば、疲労していらしたし気づかなくてもおかしく無いと思います」

「目の前にいたのに気づかない馬鹿がいるか、クソッ」

彼は自分自身に悪態をつく。本当に有り得ない。気どころか視覚すら気づかないなど彼からしてみれば失態どころか死だ。反省どころではない。

ルーシェは困ったように笑う。

「私がいたところで何もありはしないとは思います。そんなにお気になさらずとも……」

セレストはルーシェを無言でにらみつけた。

何もないことを問題にしているわけではない。今何もなくとも次何かあるかも知れぬのだ。警戒に越したことはない。

問題としているのはルーシェの存在が“見えなかったこと”だ。気にしないはずがない。

しかし彼女はそんなことを全く知らずに言った。

「あぁ、それよりも一つお願いがございますが、聞いていただけますか?」

それよりも……?セレストは渋い顔になる。

「何だ」

「十日後の宮廷舞踏会の日に出かけても宜しいでしょうか。行き先は実家ですが」

「あぁ、もうそんな時期か」

憂鬱だと言う様子を隠しもせず呟いた。セレストは宮廷で行われる舞踏会に義務で参加させられている。

侯爵家当主として、軍部の大将としてパートナーがいようといまいと出席しなければいけない。

正直面倒くさい。出なくて良いなら出たくない行事だ。

それに、妾を連れて行くのも面倒なのだ。一人で出席するのも挨拶とダンスで疲労が溜まるというのに、妾の一人を連れて行けば妾同士の争いが面倒、今は減ったとはいえ5人も連れて行くのは骨が折れる。

中には10人20人の女に囲まれる貴族も居るが、そのための側近や護衛をわざわざ用意するのもまた面倒なのだ。

セレストの本分が軍人寄りであり、金も時間も無駄は無い方が好ましい。それに彼の権力を誇示するのに、女は要らない。

「……構わんが、実家に行くなら一日かかるだろう。二日使って休め」

その言葉にルーシェは若干目を泳がせたが、セレストが気づかないことをいいことにいけしゃあしゃあと

「ありがとうございます。ゆっくりさせていただきますわ」

と笑った。

その笑顔に不思議と胸が騒ぐ。良い意味ではなく、どちらかと言うとどんなことがあるのだろうかという警戒心に近い。

それはランバール伯の娘が何を考えているか、一ヶ月近くたっても解らないからであった。



舞踏会の日、ルーシェはセレストに挨拶をして早い時間に出た。

周りに知人が居ないか確認しながら近くで馬車を拾うと、アーカンサではなく王城の方に向かった。

王城の周りは大体が貴族の屋敷が多くある。

貴族たちの屋敷が見える前に馬車から下りると足早に歩く。あまり人に見られたくないのだ。

裏通りを歩き郊外へ入る脇道を進む。しばらくすると一本道になり、橋が見えた。

橋を渡ると門番が居る。

門番はルーシェを見るなり頭を下げた。

「お帰りなさいませお嬢様」

「お帰りなさいませ」

二人を見てルーシェは微笑んだ。

「元気そうで何よりだわ、エルガ、ヤマト。こちらは変わりなくて?」

「はい、変わりなく」

エルガと呼ばれた男は笑顔で答えた。

「それは何よりね」

ヤマトとエルガが門を開けてくれるので入る。

ルーシェは屋敷までの長い道のりを散歩するように歩く。自然があって楽しい。しばらくレギオンの屋敷に閉じこもっていたので良い運動だ。

ようやっと屋敷が見えて来たが、中々着かない。相変わらず大きな屋敷だと思う。

そろそろ玄関というところで屋敷からバタバタと走ってくる誰かがいた。

その人物が誰か解り、ルーシェは笑みがこぼれた。

「お姉さま!」

「姉上さま!」

やってきたのは屋敷の主の娘と息子だ。

「ティティ、マール!元気そうね!」

二人の熱烈な抱擁にルーシェは答える。

「お姉さまも元気そうでよかったわ!私たち今日を楽しみにしていたんですよ!」

ティティことティアテラの言葉にルーシェは嬉しくなる。

「私も楽しみにしていたわ。お母様はどう?お変わりなく?」

「えぇ、母上も元気でいらっしゃいます。まぁ、父上も相変わらずですよ」

マールことマルティスが答えつつ苦笑する。

「早く行きましょう」

ティアテラは嬉しそうにルーシェの手をとって引っ張った。

「やぁ、よく来たね。元気そうで何より」

客間のソファーに座っていた男はルーシェを見るなり声をかけた。

「……お父上もお変わりないようですわね」

意地悪な笑みを讃える、初老の男はアルマンディン・クレス・カールトロイト=パイロープ公爵。

「まぁね。そうそうレギオンは君に興味を持ったようだね」

にやりと笑う。

「知りません。何者だと毎回言われますが、扱いは他の女性と同じですよ」

公爵の様子に辟易として言うが、公爵は気にする様子が無い。

「ふむ、良い兆候だな。このまま正妻になったら楽しいこと間違いないなぁ?ルーシェ」

「面倒くさいの間違いでしょう」

ルーシェは嫌な顔をした。

「ある意味面倒だろうねぇ。あの手の男は嫉妬深いから」

そういう話じゃない、とルーシェは脱力して反論の気力も無くなった。

「お姉さま、あんな男と結婚しちゃうの?」

上目使いでティアテラは聞く。

「結婚はしないわ。あの方も私もその気はないもの」

泣きそうなティアテラにルーシェは笑顔で言う。そして公爵に厳しい表情で向き直る。

「父上、ティティに何を吹き込んでらっしゃるの?」

「誓って何もしてないよ。ティティがレギオンに対してあんな男と言ったのは初めて聞いた。まぁ、我が娘ながら良い目をしている」

楽しそうに笑う。はぁ、とため息をつく。

「父上、いい加減ランバールに帰りたいのですが。あの方はあまり私を必要としていませんので。あそこに居る意味もありません」

ルーシェは本音で父に訴える。

「エルンストにお前を呼び戻せと?残念だが聞けないお願いだなぁ」

二枚目の父親が意地悪く微笑むと、酷く恰好良い。だがそれにほだされている場合ではない。

「何故ですか」

「エルンストも私もこれから楽しみにしているんだよ、君と彼のこれからを」

吹き出すのを堪えながらに公爵は言う。

「お父様も?!あなたたちは私の事を何だと思っているのですか」

ルーシェは流石に頭に来た。目の前の、血の繋がる父親と繋がらない育ての父親は母を挟んでるのにも関わらず仲が良い。だがここまで仲がいいと腹立ちさえ覚える。

「ふむ、油を注ぐようだがカテリーナもイーヴァも楽しみらしいが」

カテリーナは生みの母、イーヴァは公爵の妻だ。

二つの両親の期待にルーシェは目眩を感じた。

「それで?私は何故今日呼ばれたのでしょうか」

会話を反らしたくて解りきったことを聞く。

「舞踏会に出てもらおうかと思ってね」

公爵の言葉にルーシェは「はぁ?!」と大きな声を出してしまった。

その反応に、公爵は笑う。

「冗談だよ。いやはや、君は相変わらず素直ないい子だね」

またからかわれた、とルーシェはため息をつく。

父親たちも母親たちも自分をからかうのが大好きなのだ。それは公爵家のティアテラとマルティスやランバール家の弟妹たちとまた違う愛され方で、弟や妹たちがうらやましかった。しかし、彼らが大きくなったら私のようにからかわれるだろうと思うので気にしないようにしてたが、今回はあまりにも馬鹿にされてる気がした。

「レギオンとどうなったか知りたくてね。この間“たまたま”レギオンがカルティエに愚痴を零しているのを聞いて気になったんだ。話の内容がずっと君だったからね」

公爵の言葉に首を傾げる。そんなルーシェに更に続ける。

「流石仮面のカルティエだったぞ。ちゃんと話しを最後まで聞いてから笑っていた。中々強い男だ」

笑われた……知らないところで話題にされた揚句に笑われた……。ルーシェはとてつもなく衝撃を受ける。

「何ですか、それ」

不快感もあらわにするが公爵は笑顔で弾き返す。

「存在に気づかれなかったんだって?」

「えぇ、まぁ……」

よりにもよって父親の耳に入るとは。しばらくからかわれることは間違いない。

「でもですね、父上。あの方はお仕事なりなんなりでぐったりと疲れてお帰りになるので、気づかなくても仕方ないと思います」

「疲れてて小娘一人の気配に気づかないような、しょうもない男なら帝国の獅子と呼ばれるかね」

抑えられない笑いに顔を歪めて公爵は言う。

「そんなお顔なさるくらいならお笑いになって結構ですわ、父上」

ルーシェが酷い仏頂面で言うと、公爵は遠慮なく爆笑した。

複雑な家庭事情な上、クセのある親が4人とか死んじゃいますね。

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