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21.問いかけ

この程度自分でこなせるだろう?そんな挑戦的な態度で公爵はセレストに仕事を押し付けた。

公爵としては次世代の教育も兼ねていたのだが、無用な権力闘争から逃げていたセレストには少々厄介であった。

しかも見計らったようにパイロープ公爵夫人やランバール伯爵から調査表やら証拠やらが送られてくるので、更に頭を抱えるはめになってしまった。

何とか整理しあとは皇帝の決裁待ちまでもって行ったが、公爵が「陛下に持って行くのはお前だ」と言う笑顔をしたのでセレストも諦めて非公式な謁見に臨んだ。

「よくまぁこれ程の証拠を集めてくれたな」

謁見の間では不都合な内容として、執務室で顔を合わせた。

机の上だけでなく左右に置かれた書類やら何やらで皇帝が埋もれていた。そこへどっさりと色々なものが追加され、中身を見ながらも辟易した様子だ。

「ご苦労、レギオン侯爵。これであのカス共を掃除できる」

書類から顔をあげ、にやりと笑う顔はどこか公爵を思わせる。

「いえ、私は情報を纏めただけでございます」

いささか疲れたように彼は答えた。

「いや……この膨大な量を纏めただけでも苦労しただろう。聞けば叔父上が滞在しているとか。大方、叔父上に放り投げられたのだろう」

あの人はそうするだろうなと皇帝は思う。

だが、愛娘を預かり、殺しかけた責任者に対しては随分甘い仕打ちだがなとひそかに考えていた。

その分がグラキェス、セネカ両家にしわ寄せされたのかなとも。

ところが報告書を見ると本家のみの断罪、両家親戚筋の優秀な人材に後釜を据えるという案がある。

「……叔父上にしては寛大な案だな?まぁ宜しい、これを通そうではないか。侯爵も手伝ってくれるのだろう?」

あれで寛大なのか、とセレストは表情にはださず驚嘆した。

本家一族皆殺しなのだ。幸い幼い子はおらず、嫁いだ者は嫁ぎ先に属しているので当主、その配偶者、その子息と令嬢、更には残念ながらその配偶者が処刑される。まぁ、処刑に値する罪を何かしらもっていたのが救いかもしれんとセレストは思う。

「……はい」

この"お手伝いの要請"に拒否権はない。それを解っていて帝はわざわざ聞いてきたのだから流石はグラネット一族の長をやっているだけあり、意地が悪い。

「よしよし。これが終われば俺も安眠できる」

嬉しそうだが目が笑っていない。

「侯も"奥方"とゆっくり過ごすことが出来るぞ。ここまで仕事をこなしたんだ、叔父上の妨害ももう止むだろうからな」

わざわざ奥方と言うあたりに悪意を感じる。皇帝の意地の悪さは多少解っていたつもりだが、こうもあからさまに言われると腹立たしい。しかも、ルーシェのことでからかわれるから余計だ。

「ルドヴィカ、スペサルティンとロードライトを呼べ」

今まで皇帝の側に控えていた宰相に命令する。宰相はすぐに、と言うと静かに消えていった。

「侯爵、あの子が本当に"奥方"になってくれるといいな?」

にやにやと笑う皇帝に、セレストは眉根を寄せるだけだった。




数日後に開かれた議会でグラキェスとセネカ、それに与した貴族や商人たちの罪が暴かれ、罰が下された。

皇帝の提示した証拠は恐ろしい程に正確でかの貴族たちは赤くなったり青くなったりと忙しく、遂には諦めた。

中には軍部の何人かも処罰対象になっており、総指令以下軍上層部も苦虫を噛み潰した気分だった。知っていたとはいえ、セレストも同じ気持ちにならざるを得ない。かなりどうでもいい権力闘争の中に身内が入っていたのである。しかも、比較的有望な人間もいた為に残念でならない。

罪を問われ罰を与えられた身内であり、罪人そのものである娘達を引き渡す作業も終わり、後始末がようやっと済んだところでルーシェに会いに行く暇がとれた。

「お疲れ様でした」

この頃にはルーシェもすっかり回復しており、セレストを部屋に迎え入れた。

「元気になったようでなによりだ」

疲れた顔に安堵を浮かべる。ルーシェはそれに微笑んだ。

「この度は私の不始末に巻き込んで申し訳ありませんでした」

そう言って頭を下げる。

「いや、不始末に巻き込んだと言うなら私の方だ。私が何も考えず感情的に行動した上、管理不行届だった。こちらこそすまなかった」

セレストは慌てて言うが、ルーシェは首を振る。

「いいえ。私の油断が招いた結果です。微かに香りがしたのに気づかずに口に含むまで解らなかったなんて、恥ずかしいですわ」

本気で恥ずかしがる彼女に、セレストは苦笑した。

「……それを言ってしまったら今まで毒で暗殺されてきた人間たちは恥ずべきことになってしまうが」

論点が違うのは相変わらずだなと思う。

「いえ、そうではなく……知識がなく殺されたのと知識も経験があるのに気づかず死んだのでは、全く違いましょう」

「経験……?」

セレストは脱力した。一体どんな経験をしたんだと訝しんでしまう。

「机上の知識だけでなく、実物を見るということです。父の趣味であり仕事でありましたから、植物の見分け方や香りなどのある程度までは覚えました」

成る程と思うが、いくら王族の端くれとはいえ、娘に教える必要はあるかと考えてしまう。

「……だから不始末なのか」

はぁ、とため息をつく。今更この女に一般的な常識を期待する方が無理なのだとセレストは考えを改める。

「使われた毒がある程度検討がついたのに、油断で口にしたから謝るのか」

「はい、閣下」

苦笑しつつルーシェは頷いた。

「しかし、公爵は随分と厳しい教育をなさる」

「いいえ、そんなことありませんわ。『興味のあるものなら何でもやってみなさい』とおっしゃってくださいましたから」

「だからと言って何故毒に興味をもつ?」

「毒でも植物ですわ。美しい姿でありながら何処かしらに武器を持つなんて、素敵ではありませんか?まるでランバールの父みたいでとっても素敵だと思って」

嬉しそうに語る彼女の顔をみてセレストの胸中は複雑になる。

そうか、父親に似てるから興味を持ったのか。と言うより毒の花というのは普通女に使うものじゃないのか?母親を表現するなら解るが父親なのか。本当にこいつは父親大好きだなと心の中で生温く思う。

「それなら公爵の方がお似合いだと思うのだがな」

「パイロープの父は毒そのものでございます。危険であると解っていても惹かれてしまう人ですわ。母上もまた同様です」

嬉しそうなルーシェに苦笑して同意する。

「……確かに」

両親を大切にしているのは解るが、父親たちを慕う気持ちが些か大きすぎないだろうか。

どう考えても母親達より父親達への愛情が勝っている気がする。

「ところで、何故お前はランバールを名乗る?」

ふと気づいたので聞いてみる。ルーシェはきょとん、とすると少し困ったように笑った。

「父の、パイロープ公爵の配慮ですわ」

「身分などを考えれば公爵家の娘にした方が良かったのではないか?」

問いかけると、ルーシェは寂しそうに微笑んだ。

「私への配慮だけであればそれでもよろしいのですが……母親がランバール伯爵夫人であったことと、公爵夫人への配慮もありました。私ははじめから公爵夫人と伯爵に好かれていたわけではございませんから」

それもそうか、とセレストは思う。

「私は、母である伯爵夫人と父である公爵は友人同士で仲が良く、遊び、いえ……実験のようなもので作られました。だから、はじめはランバールの父は私と父を嫌いでしたし、パイロープの母は私と母を嫌っていました」

伯爵も公爵夫人の胸中は大荒れに荒れただろうと考える。

お互いがまだ愛し合っていないとしても、自分の伴侶となる人間がが浮気した事実は変わらない。

「両親たちが話し合った結果、私は母のいるランバールへ預けられました。今ではランバールの父は私を愛してくれていますし、パイロープの母も愛してくれています。十分過ぎる程に」

「では何故そんな顔をしてる」

寂しそうな、いたたまれないような、後悔するような……笑み。

「変な顔をしていますか?」

「している」

「……気のせいでございましょう」

ルーシェは視線を下げ、ゆっくりと瞬きをした。自分でもどんな顔をしているのか解っているのだ。

ランバール伯爵夫人もパイロープ公爵も婚約中の時にルーシェをもうけた。二人の婚約者が素直にその子供を愛せるかと問えば、否であろう。

今愛されているのは間違いない。だが、幼い頃はどうだろうか。複雑な思いを抱えて愛するふりをしていたのではないかと思う。

「兄弟がいるとおもったが、そちらと仲は?」

「良好でございますよ。皆とっても可愛い子なんです」

「……両親から差別はされたのか?」

「いいえ、そのようなことはありませんわ」

その様子で兄弟たちを愛しているのは良く解る。だが、譫言のあの言葉が気になって仕方がない。

「ただ、愛情表現が……その、若干、違うくらいで……」

ルーシェは遠い目をする。

「……そうか。なんというか、大変だったようだな」

父である二人があのような性格である以上、その夫と上手くやっていけている母親達とて普通ではないだろう。

「えぇ、大変でした。それでも感謝しております」

ルーシェの苦笑で会話が途切れる。二人は冷めかけの茶を飲んで喉を潤した。

「ところで、閣下にお願いしたいことがございまして」

彼女はカップを置いて言う。

「何だ」

「ウィーアさまのことなのですが」

「ウィーアの?」

この二人に接点があったのかと考える。

「はい。その、閣下はウィーアさまには恋人がいらっしゃることはご存知でしょうか」

「いいや、初耳だな」

妾に恋人が居ようがセレストはさして興味が無い。外に恋人を作ろうが害にならなければ好きにすればいいと思っている。

「お相手の方は愛妾をしていることを知っていてもなおウィーアさまを望まれたそうなのです。私のことがなければ逃げ出していたと。あの方がここから去る事を咎めないで下さいませんか?」

心配そうに、胸の前で手を握って言う。

「……元より、今回のことを踏まえて妾としてここにいる女は返すか、結婚の相手先を探してやろうと思っていたところだ。構わん」

「まぁ、そうでしたの」

ルーシェはそこまで聞いていなかったので驚いた。

「ウィーアさまは喜びますわ」

にっこりと笑う。自分のことではないのに本当に嬉しそうに。

「お前はどうしたい」

「へ?」

唐突な問いに、ルーシェは間の抜けた声を出したのだった。


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