13.毒公爵と庭師の師匠
青い顔をし、ぜぇぜぇと荒い呼吸をする娘を見て公爵は歯噛みした。
突然の公爵の登場に屋敷の使用人は驚いたが、公爵は慌てる使用人たちに一喝し、ルーシェの部屋へ案内させたのだ。
先に部屋にいた医者に状況を聞くと、毒の種類は解らず、ヘタに手を打つことができなくて青くなっていたらしい。
だが、症状から見た毒の系統はなんとなく解ったらしく、とりあえず胃の洗浄など基本的なものは手を尽くしたとか。
公爵は医者に少し休むように言う。医者が隣の部屋に通されると、部屋を見回した。
文机の吐瀉物は慌てていたのだろうまだ片付けられていない。
青い小瓶が転がっているのを確認すると、今度は居間に行く。
恐らくお茶の時間だったのだろう。
茶器の一式と茶菓子がそのまま置いてある。
公爵はもってきた荷物の中から手袋を出して嵌めると、カップを手に取った。
カップの縁や取っ手を注意深く観察し、冷めた中身の匂いを嗅ぐ。
カップを置くと茶菓子を確認する。
バターの匂いの中に柑橘の香りがした。
ひと通りテーブルの上の検分を終え、備え付けのキッチンを調べる。
公爵が調べている間、使用人たちは緊張の為動けなかった。
「空いてる部屋……できれば水が使える場所はあるか」
公爵は手袋をはずしながら言う。
「少し奥に1部屋ございます」
侍女頭は答えた。
「この机より大きな机もしくは同じのをいくつか用意してくれ」
「畏まりました」
「それから、庭番はいるか。庭園の植物を知りつくした者が良い。呼んで来てくれ」
「すぐに。ご用意が調いましたらお知らせいたします」
侍女頭は頭を下げて部屋を辞した。
侍女頭はいきなりやってきた公爵の正体を知らない。名乗っていないが、貴人であることは間違いない。
それに、ルーシェのことを知っていた。
早く通せ、命に関わることだと怒鳴った辺りで彼女に何が起きたか知っているようだ。少なくとも彼はルーシェの知人だろうと判断したのだ。
だからこそ主人や執事の許可もとらず用意する事に決めた。
手早く使用人たちに指示をし、庭師たちを呼びにいかせ、空いてる部屋に使っていない机を運ばせる。もちろん侍女頭も手伝った。
通された部屋で、公爵は三人の庭師と話しをしていた。
「君たちが庭園の庭師だね?」
「はい、庭園の管理を任されておりますアドスと申します」
公爵の前に立った老人が頭を下げる。
「こっちが西側の担当のハウエルです」
と自分の右にいた、若い男を紹介する。
ハウエルは頭を下げる。
「そしてこっちが東側の担当ナナセです」
左側の中年男は頭を下げた。
「君達が一番庭園の草木に詳しいと思って良いか?」
「はい」
アドスは公爵に素直に答える。
「この庭にスコルピオスはあるか」
「ございます」
アドスはこくりと頷いた。
「ここ1、2ヶ月でスコルピオスを世話した者は誰か解るか」
公爵の言葉でハウエルがのんびりと
「私の管轄ですが、確かスコルピオスは仲間に手入れしてもらいました」
と答える。
「連れて来い」
公爵が冷たく言い放ち、庭師はさっと冷たくなる。部屋の温度が一気に下がった気がした。
「ギンゼンとプランテン、それからクレンズビルはあるか」
「は、はいっ。それなら温室の方にっ」
ナナセはがくがくしそうな足を心の中で叱咤しつつ言う。
「今言ったものを一束ずつ、それからカモマイルもあれば持ってきて欲しい」
「た、ただいまっ」
慌ててナナセは出て行った。
「スコルピオスを世話した者を覚えているなら早く連れて来い。ぐずぐずしてると殺人の共犯になるぞ」
公爵の言葉にハウエルは情けない声をあげて足早に該当する人物を探しに出ていった。
「貴方はどちら様で?」
二人の背中を見送った後、アドスはのんびりと聞いた。
「貴方こそどちらさまで、だ。まさかこんなところで庭師をやっているとはな、イクスラス・アドス」
公爵は険しさを一瞬にして消した。
「覚えておいででしたか、公爵」
アドスは顎髭を撫でて笑う。
「しかし、これは一体どうしたことですか」
貴方が居る意味が解らないと続ける。
「娘が毒を盛られた」
冷たく笑う。
「娘……?まさか倒れた奥様とは貴殿の娘様とな?」
アドスは目を剥いた。
「そうだ。ランバールを名乗っては居るが、血の繋がった私の娘だよ」
公爵の言葉に、アドスはうわっちゃぁ、と呟いた。犯人に心から同情したのだ。
「あー、毒の見当はつきましたかな」
「一つは私の渡した解毒剤、もう一つはスコルピオスだろう。解毒剤のおかげでまだ生きているが、まだ危ない」
「あぁ、だからギンゼンとプランテンなのですね」
納得したように頷いた。
「そうだ。出来れば貴方にも手伝って欲しいな、師匠殿」
「引退した先でまさか会うとはなぁ……。ま、屋敷の主人に気づかれないように手伝いましょうか」
ほっほと笑ったアドスの目は笑っていない。
イクスラス・アドスは今でこそレギオン侯爵家の庭師を統括している身だが、以前公爵と共に学院で薬草や毒草を研究しており、その時の師匠と弟子に当たる関係だった。
「お願いします」
「なに、馬鹿にも灸を据えてやらんといかんからな」
苦い顔をして言う。
公爵は机の上に鞄にほうり込んできた道具を並べて行く。
「良く入ってたな……」
鞄の見た目以上に物が出てくるのでアドスは呆れたように呟いた。
「貴方が居ると解ればもっと少なくて済んだんですけれどね」
公爵は苦笑した。
「馬鹿言うない。わしゃとっくに引退した身だ。わざわざ平和な所に越してきたというのに何故知らせなきゃいかん」
はいはいと苦笑していると、ノックの音がした。入るように言うと、ハウエルとがたいのいい男が入ってきた。
「スコルピオスを世話してくれたアンリです」
ハウエルは緊張して公爵に紹介した。アンリと呼ばれた男は何事かと思いつつ、頭を下げた。
「アンリ、君はスコルピオスの世話をしていたらしいな」
アンリはその言葉に頷いた。
「スコルピオスを欲しいと言う人間が居なかったか?」
「居ましたが、断りました。スコルピオス"は毒ですから、危ないと言って」
首を振る。
「求めたのは誰だ?男か?女か?」
「……確か、女性でした。ここ使用人の格好でしたので、侍女の一人かと」
もう見ても良く解りませんがと付け加える。
「解った。君はその女に葉の一枚、茎の一本渡していないと誓えるか?」
「はい。決して渡していません。間違いが起こってしまっては大変ですから」
真面目さを窺える言葉を、公爵は信じた。
そう、渡して使用人、そこから主人や妾たちに何か起こってはならぬのだ。
「ただ、その女性はその、結構しつこくて困りました。葉を捨てる場所までついてこられてしまいまして……」
相当迷惑だったのだろう。渋い顔をしている。
「最後には勝手に怒って消えていきました」
その侍女は黒だ。あからさま過ぎる。
「解った。君の潔白は証明してあげても良い。その上で教えてあげよう。ルーシェ・ランバールの盛られた毒は恐らくスコルピオスを原料にしたものだ」
アンリの顔がさっと青くなり、震えだした。
「な、まさか……」
アンリだけでなくハウエルも真っ青になっている。
「とりあえず、君達は休んでいい。他の庭師や使用人にスコルピオスが使われたことは黙っていなさい」
公爵は言葉をかけた。
二人が青い顔をしながら礼をして出て行くと入れ代わりにナナセが戻ってきた。
「こちらでよろしいでしょうかっ」
急いだのだろう。息を弾ませた顔や身体に土がついている。
公爵はものを受け取って確認する。
「良いな。さすがだ」
植物の状態を見て公爵は笑う。
「ナナセ、お前は戻りなさい。あとは私が引き受ける」
アドスがナナセに言うと、ナナセは礼をして出て行った。
「さて、と。久々に腕を振るうとするか」
「頼みましたよ、師匠」
二人は薬草を使って解毒剤の準備にとりかかった。
植物の正体が解った人は生温く見守ってください。




