1.将軍とお妾さんの再会?
この国には地位が高くなるにつれて女を囲うことが許されるという。
国王はもちろん、文官武官関係なく地位があればある程咎められることはない。
アーヴィス・カルティエという、若くして将となった軍人は愛人としてあてがわれた女一人だけを側に置いていた。滅ぼされた国から連れてこられ奴隷だった女だが、彼は大切にし今では妻として扱っているという。
彼は堅気だからなと彼を知る者は皆苦笑していた。
と思えば女をただの奴隷として複数「飼っている」者もいれば、愛妾として複数侍らせている者もいる。
その中である貴族出身の将軍は複数の愛妾を持ち、結婚相手を探さずにいた。
カルティエとは生まれながらの身分が違うが、貴族という点以外で評価されて将軍になったセレスト・レギオンは愛というものにさして興味がない。
仲の良いカルティエが一人の女に執着しているのも良くやるなと思う程度だ。
女は快楽を貪るか気晴らしの為に居れば良い。その変わりに衣食住を提供してやっている。それがセレストの考えだった。
セレストの愛妾として存在しているのは5人。上位貴族へのつながりを持ちたい貴族たちがこぞって寄越したのだ。
平民出身で女を望まなかったカルティエの亡国の奴隷にされた女とはかなり差がある。
一人は南方貴族の娘。ウィーアと言う、健康的な褐色の肌を持つ青い瞳と赤い髪をもつ女。
一人は北方貴族の娘。ハルハリアと言う、プラチナブロンドと白い肌、薄氷のような瞳を持った女。
一人は西方貴族の娘。アイネスという、栗色の髪と柔らかな榛の瞳を持った女。
一人は東方貴族の娘。マリイと言う、黒に近い茶髪とお揃いの瞳をもった女。
そして最後の一人は、帝都より少し下った田舎に土地を持つ貴族の娘。ルーシェと言う、くすんだ金髪と緑の瞳をもった女。
以前はもっといたのだが、正妻争いで何人かは死に、何人かは諦めで去っていった。
彼女たちは日替わりでセレストの寝室へ行くことが決められていた。
セレストは結婚の意志が無い以上、無駄な期待をさせる積もりはなかったので日替わりと言う風にしたのだ。
各々は自分を磨き、何とか彼の心を得ようとしていたが、体以上の関係はなかった。
が、体の関係どころか会話すら無い娘がいた。
ルーシェだ。
彼女の日に限ってセレストの勤務が伸び、ルーシェの存在は無いかのように寝台に倒れ混む。
初日からそうだったから、ルーシェは驚いたものの起こさないように彼の外套を外してやり布団をかける。
ルーシェも一緒に潜り込んで、セレストが起きる前には目覚めてしまうのでそっと部屋を出る。
それがルーシェの愛妾としての仕事だった。
愛妾たちの仲は悪い。ルーシェは良く他の4人に馬鹿にされたが気にもとめてなかった。
それはおつとめが無い代わりに彼の無防備な寝顔が見られるからだ。
誰も見ていないだろうセレストの寝顔は、まるで少年のようだった。
だが、ここに居る意味もないし早々と追い返してもらうか家から戻れと言われないかと待っているところでもある。
そんなある日、ルーシェが寝室へ行く日に初めて彼が早く帰ってきた。
ルーシェは逆に困惑する。初めて起きてる彼に会うのだ。はっきり言ってしまえば怖い。
どうしようと考えてる間にセレストが寝室にやってくる。
がちゃりと扉が開けられ、ルーシェは硬直する。
「……誰だ、お前は?」
ルーシェを見た感想がそれだった。
明らかに怪しむ顔をされる。名前も顔も、彼にとっては至極どうでもよかったのだが、ルーシェを初めて確認して訝しんだ。
流石のルーシェも呆れたが、一抹の寂しさを覚えたのも確かだった。
本当は一緒にいたのにな、でも仕方ないか、と言うのがルーシェの感想だった。
「お前は誰だと聞いてるんだが」
沈黙を破って苛立ったようにセレストは言った。
「起きていらっしゃる閣下とは初めてお会いしましたものね。一度ご挨拶をしましたが、私ルーシェ・サラザン・ランバールと申します。一応、閣下の妾妃として此処へ参りました」
にっこりと笑う。
「……ランバール伯の娘か。挨拶の時以来だな」
セレストが言うと、ルーシェは苦笑する。
「会話するのは久しゅうございますが、一応閣下がいらっしゃる前にはお待ちしていましたのよ?」
「だが、全く覚えておらん」
首を傾げるセレストにルーシェはくすりと笑う。いい年して、この人は可愛いと思った。
「そうでしょうね。私の居る日に限って閣下はお仕事に追われ、寝台に倒れこんでしまいますもの」
将軍の顔が凍り付く。
「……お前、見える場所に居たか?」
いくら疲れていたとはいえ、誰かが目の前に居ることに気づかない程鈍くはないはずと彼は焦る。
「はい、最初は隠れてしまいましたが最近ではソファーに座っていますわ」
ソファーは寝台より少し離れた向こう側にある。
それに気づかない、だと?彼は流石に寒くなる。幾つもの戦場を経験していた自分が気づかない?そんな馬鹿なことがあるか。いくら疲労していたとはいえありえなさすぎる。
ますます顔つきを凍らせるセレストに更にたたみかけるようにルーシェは言った。
「一度など、制服のままでらしたから大変でしたわ。外套と上着だけは外させていただきましたが」
外し……触られたのにも気づかなかった。
しかし、確かに一度制服のまま倒れ込んだことがある。上着はかけてあったのでそれで限界だったのかと思っていた。
「その話は本当のことなのか?」
彼は認めたくなくてルーシェを疑う。ルーシェは動揺する彼に困りながらも
「嘘ではありませんが真実という証拠もございません」
と肩を竦めた。
なんだ、こいつは。
セレストの表情がそう語っている。
「お前、毎回居たようだが、俺はお前を見ていないぞ」
「お疲れでしたから、仕方ありませんわ」
「目覚めた時も居なかったじゃないか」
「それは……私の目覚めの方が早いだけですわ」
飄々とかわされる。
彼はますます変な顔になる。
「私も不思議でしたわ。明かりがついているのに、閣下は私に気づかない。わざと無視されているのかと考えましたがそうでもない。余程お疲れで目が霞んでらっしゃるのだと思っていました」
こうなっては霞んでいたどころじゃない。
「お前、何者だ」
セレストは眉根を寄せる。
「目立たない妾ですよ」
ルーシェは何度目か解らない苦笑をこぼす。
「そもそも俺はお前を忘れていた」
「そのようでございますね」
「良く此処に居る気になったな」
「許可して下さるなら明日にでも帰宅致しますが」
彼は脱力する。
「ならお前は何故ここへ来たんだ」
「家族の為でございます」
「嘘は止せ……」
女たちは皆目立とうとする。正妻の座を狙うなら、気づかないままにするはずがない。ましてや家の為なら、もっと仕掛けてしかるべきだろう。一体何が目的なんだと彼は思った。
「建前なのは否定致しません」
「否定しろ。なんだお前は、やる気あるのか?」
思わず責める。
「あるかと言われればありませんね」
言い切っただと……。セレストはまじまじとルーシェの顔をみる。
緑の瞳は揺らがない。
「お前、本当に何しに来た。私の身辺でも探りに来たのか?」
「まぁ、妾になったのは家族の為、ですが……閣下の身辺を探ったところでさして興味もございませんし……」
絶句した。セレストは初めて女の前で絶句するという失態を犯した。
興味が、ない。
さらりと流されたそれは初めての言葉だった。
「本来の理由はあまりに下らないし閣下にとてもご迷惑なだけなので黙秘いたしますわ。閣下は私へ帰れと言って下さればそれで終わりになります」
だから言えと言わんばかりの言葉だった。今の今まで「興味がない」上「早く帰せ」という態度を取った女はいない。セレストは僅かながら苛立ちを感じ、何を言うつもりは無くなった。
今まで注目されて当たり前、興味を持たれるのが普通だった彼には衝撃的だった。そして何より、彼女の存在を感じずただ眠りほうけてしまったらしい自分が許せない。
何故こんなことになったのか、この女は一体何だろうか。
彼は自分でも気づかないうちに、ルーシェに興味を持っていた。
アーヴィス・カルティエの奥さんが奴隷としているのは、滅ぼされた国の女性達は奴隷として教育されてあちらこちらに配られたり金儲けしたりする制度があるのです。が、このお話の時点では若干廃れ始めています。