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中編

「移り香は如何ですか」

この少女は何を言っているんだ。いや、それ以前に僕に話しかけているのか?

僕は突然のことに動揺を隠せなかった。怪訝な顔して少女を見ていたに違いない。

「やだなぁ、そんな怖い顔しないでください」

少女は微笑んだ。それは明らかに僕に向けられたもので、僕はどうして良いのか分からず会釈した。

「初めまして、貴方だったのですね」

分からないことばかりだ。初めましては良いのだが、なのに何故僕を知っているような言葉を続けるのだ。

「驚かせてしまいすみません」

「い、や。こちらこそ、すみません」

何故僕まで謝っているんだ。分からない、けどただ一つ分かるのは、今まで続けられていた退屈な毎日の中でここまで分からない体験をしたのは始めてだということくらいだ。

そう、同じことの繰り返しで飽きのくる平凡な日々に訪れた初の異常。

「あの、迷惑でなければ、少しお話ししませんか?」

少女は透き通るほど真っ白な手を僕に差し伸べた。僕はほとんど無意識に、その手を取った。

「行きましょう! すぐそこに公園があるんですよ」

少女は今にも折れてしまいそうな細い脚で走り出した。僕は引っ張られるままに少女を追いかけた。


「先程はいきなりすみません。私、同年代の人と話すの初めてでどうしたらいいか分からなくて」

僕らは近くにあった公園のベンチに移動して話を始めた。

「これでも、貴方とどうしても話したくて勇気を振り絞ったんですよ?」

「どうしてそんな僕と話をしたかったんだい?」

段々とこの不思議少女にも慣れてきた。悪い人には見えないし、何より笑顔が人懐っこくて可愛らしい。

「えっと、なんか、運命みたいな? 感じたんです。私、母子家庭で学校に行けなくて、だから昼間はここで子ども達と触れ合ってるんですが、やっぱり同年代の人とも話して見たくて、そんな時、貴方が来たんです」

つまり偶然。なのにこの少女は不思議なことを言った。

〈貴方だったのですね〉〈運命感じたんです〉もしこれらの言葉に意味があったなら、少女は僕のことを知っていたことにならないだろうか。運命というものは果たしてこれほどまでにあやふやなものだろうか。

「迷惑、でしたか?」

僕は難しい顔をしていたに違いない。少女が心配そうに伺った。

「いや、大丈夫だよ。それより学校に行けないって言ってたけど、そんなに大変なのかい? お家の手伝いとかしなくて平気なの?」

「そこらへんはご心配なく。私がこうして外にでているのは母に内緒ですし、母は朝早くから夜遅くまで帰って来ません。掃除洗濯はもう済ませてますし、その他家事は夕方にまとめてやっちゃいますから」

明るく話す少女だが、そのうちは中々に過酷だった。

「へー……そうなんだ。大変だね」

僕に気の利いた言葉なんて思い浮かぶはずもない。何と言っと良いのかわからず、少女から視線をそらすようにして地面を見り。

その時、少し違和感の覚えるものが視界に映った。

「気になりますか?」

気になるかと言われればそれは気になるさ。だって少女の足は傷だらけではないか。

「って、え?! 僕、口に出してない……」

「やっぱりそうだったのですね。まぁ気づいてしまったら誰だって気になるでしょうし、意識しなくてもこれだけ傷があればこの距離なら分かりますしね」

少女は足を振り上げてそう言った。白い足が光に反射し、より鮮明に刻み込まれた痛みを象徴する。

「本当に大変なのはこっちの方」

少女は小声で呟いて、そしてその呟きを嘲笑うかのように口元だけ笑って見せた。

「子ども達にもよくどうしたのって聞かれます。そんな時は必ず、笑ってちょっと転んでしまったのって答えて……子ども達はとても澄んだ瞳をしていて、だから気をつけて歩かなきゃダメだよって少し怒ったように心配してくれます。貴方は信じますか?」

澄んだ瞳……信じるかだと? そんなのが通用するのは本当に子どもだけだ。だがしかし、大人になれば人との間合いも覚えるというものだ。こんな風に婉曲して物事を伝えてくるという時は、その裏にそれ以上踏み込むなという意思がある時だ。

「僕の瞳が、澄んでいるように見えるかい?」

少女は少し驚いたような顔をして、じっと僕を見つめた。

「冗談だよ、気にしないでくれ。僕も聞かなかったことにするし」

「あの! とても、美しいと思います」

僕も大概阿呆だと思うが、この少女はそれ以前にどうやら穢れなんてものを知らない純粋な女の子のようだ。

僕は失笑しながらこの真っ白な少女から目を離した。

眩しくて見ていられない。

「あの、私は答えました。だから貴方も、聞いたことにしてください」

少女は僕の手を握って真剣な眼差しで訴えてくる。しかし何を言っているのか僕には分からない。

「だから、その、貴方は聞いてしまったのだから、気になるはずです。だから、その……聞いてくれませんか」

「えっと、その聞くとか聞かないとか、一体なんのことを?」

少女はちらりと一瞬自らの足を見た。つまり、そういうことか。

「分かった、分かったから落ち着いて。僕は聞いた、だから気になっている。それで良いんだね?」

「それが良いのです」

何とも変わった少女だ。人の考えていることが分かる力が人よりは優れていると思ってはいたが、この少女の言動はいちいち予測不可能だ。こんな人間ははじめて見た。

「でも、すると僕は尋ねなきゃいけなくなる。折角君が美しいと言ってくれた僕の瞳が濁ってしまうことになるよ?」

「それないけません。けど、尋ねなきゃいけないのです」

「矛盾するね」

「矛盾してますね」

うん、とお互い頷き合った。

「けど、貴方の瞳は決して汚れたりしません。私が保証しましょう。だから、尋ねちゃって下さい」

ここまで強要されて断ることのできる人間がもしいるのなら俺の前に連れて来い。拷問でも何でもして改心させてやろうじゃないか。というか、君は一体何者?

僕は最後に確認をとった。

「本当に良いんだね? 僕は所詮高校生。君の事情を知ったとしても何もしてやれないかもしれない。それに、尋ねてしまったら僕は自動的に君の家庭問題に首を突っ込むことになる。けど、僕は今日初めて会ったばかりの得体のしれない奴だ。本当に、そんな奴が訊いてしまっても良いのかい? もしかしたら何処かで風潮するかもしれないよ? そんなことになって君は大丈夫なのかい?」

「はい! 大丈夫です。だからお願いします」

ここまで言われるともう僕が何かに騙されているんじゃないかという気にさえなる。誰かってまあ、この少女しかいないのだが。

「ていうか、そこまで私に気を使ってくれて悪い人なんてそうそういないですよ」

「分かった、じゃあ聞くけど……君はもしかして、虐待に、あっているんじゃないのかい?」

少女はとても驚いたような顔をした。まるで一切予想しなかったことを不意に突きつけられたような意外そうな顔。

「やっぱりそうなんですね」

そしてなんとも不思議なことを言う。

「やっぱりて、顔してないよね」

「あ、いえ。今までずっとそうなのかなって考えてたんですけど、自分的には違うなって思ってたから、やっぱり他人から見たらそう映るのかと思って….…驚いたんです」

「じゃあ僕に尋ねて欲しかったのはそれを確かめるため?」

少女は首を左右に振って否定の意思を示した。

「まぁ、そんな思いもあったかもしれませんが、それより私は貴方に知って欲しかったのです! 私のことを」

なんて少女だ。だったらあの意味ありげな呟きや笑みも僕に気を惹かせるためだけの演技だったっていうのか?

「聞きたくないですか? ……ですよね、今日会ったばかりの得た絵のしれない女のことなんて」

「いや、君のこと知りたいよ」

僕の口からは自然と言葉が漏れた。そしてそんな僕に自分自身驚いた。

けど、胸の高鳴りを感じていたのもそうだ。これが僕の本心なのだと理解する。

「本当? 重い話かもしれませんよ」

「構わない。君がよければ、僕に君のこと教えてくれ」

平凡な毎日に訪れた、初めての異常である君に、もっと触れたいと思ってしまったんだ。

この話を起承転結で表すなら、私はまだ承だと思います。これはことの始まりから少し話を引き継いだだけ、むしろ起の延長戦と言えるでしょう。

けれど、転から結への流れはあっという間。そしてその瞬間を見逃せば….…大事故。しっかり前を見て進んで下さいね。


果たして結なんてものは存在するのか……なんて言葉を残しながら、今回はこの辺で締めさせてもらいましょう。


2013年 2月15日 春風 優華

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