第二話
昼間は学校から外出禁止……というのは建前ですけれど、複数の敷地にわけて建てられてる施設を行き来するために、授業中以外には門が開きっぱなしになっています。しかも雨降り。誰が見張ってるわけでもないから、外出は自由も同然なんです。
傘を差して近所のコンビニへ行き、つまらない日常にため息をつきながら菓子パンを選んでますと、突如、けたたましい声が……。
「ワハハハハ! 私はケダモノイド・シカダッシャー! レジの金を全部出しぃか!?」
手に持ったパンが音を立てて床に落ちます。
いきなり、また非日常が現れてしまいました。だけどケダモノイドという言葉に思わず反応してしまった私。
レジ前で弓矢のようなものを構えて店員さんを脅迫していたのは、角のあるシカの毛皮をかぶった怪人・シカダッシャーでした。
「ちょと待って! なんでシカが人を弓で狙ってるのよ!」
「シカは長年、人に弓で射られてきたんや。シカだってたまにはシカえししたってええやんけ!」
「そ、そういう問題なの!?」
こうしてまた非日常が始まりました。いいえ、望んでません、こんな非日常、けっして私は! けれど、日常がたんたんと進行していくように、非日常もまたたんたんと進行していくのです。
店員さんは、強盗には逆らわないようというマニュアルでもあるのでしょうか、慣れた手つきでレジスターからお札をだしてカウンターに起きます。しかしシカダッシャーと名いうそのケモノイドは両手で弓を構えていて、
「し、しまった! 両手では弓シカ持てず、金を取ることがでけん!」
あ、なるほど……だから「弓矢強盗」というのはあんまりいないのね、と私が変に納得してしまったとき。
「そこまでだ!」
そ、その声は!
「におう…におうぞ。はやらぬ淋しいコンビニに、悪の臭いが漂っている。」
振り返ると入り口に、表が黒で裏が赤のマント、そして胸にはおっきい「¥」マークのゼニ●レージー、じゃなくて……
「しつこい悪をお金で倒す、黄金の戦士・ゼニカネーダー、推参!」
でたっ! と、なぜか喜んでる私がいました。
「むうっ! シカ狩りの獲物にしてけつかる!」
えっ、シカ狩りってシカを狩ることじゃなくてシカが狩ることだったの!? と心の中でツッコんでるうちに、シカダッシャーとゼニカーダーの闘いが始まってしまいます。
弓で矢を放った後、シカダッシャーは角を振りながら突進しました。ゼニカネーダーは、激しい雨の中を駐車場へと下がりながらこれを「ひらり」とかわす。しかしゆうべのケダモノドイド・イノシシーと違い、シカダッシャーは左右に首を振りながら攻撃します。さすがのゼニカネーダーも……というか、もともと動きにくいカッコしてるのだから、これをいつまでもは避け切れません。
「シカツノアッパー!」
シカダッシャーが下から上へ大きく首を振ると、角がゼニカネーダーのアゴを捉え、高くふきとばしました。なぜか「JET!」という擬音も聞こえました。
ゼニカネーダーは地面に叩きつけられ、もんどりを打ちます。雨とはいえ下はアスファルトですから、痛くないわけがありません。
「ううっ、なぜシカなのに強盗するんだ……」
ゼニカネーダーが、転がったまま打ち身をさすりながらつぶやくと、シカダッシャーが答えました。
「シカだって金が欲しいわい! シカし、この体ではろくなバイトもあらへん! だから強盗もシカたないんや!」
一瞬、納得しそうになったけれど、よく考えてみれば自分勝手な理屈ね。
まあ理屈はともかく、正義のヒーローがピンチなのはたしか。さてどうしたものかとふと下を見ると、シカダッシャーが捨てて行った弓と矢が床に転がっていました。
私はそれを手に取ります。あ、私、弓道部なんです。言ってませんでしたっけ、てへっ。
弓は絶対に人に向けてはいけないと、背骨のズイまで叩きこまれている弓道部員ではありますけど、あれは人じゃなくてケダモノ。射ってもいいわよね、と自分に言い聞かせ、普通に頭上からではなく、日置流で下向きに引き絞って(え、マニアック?)狙うなり、親指で引いた弦を「ひょうふっ」と放ちます。
矢は見事にシカダッシャーのお尻に命中。
「当た~~~ぁ、り~~~ぃ……!」
命中したときの習慣で思わず口に出してしまいましたが、シカダッシャーの絶叫はそんな声もかき消してしまいました。
「痛いやん、痛いやん! くやシカ! なにすんねん、このドブス!」
ど、ど、どぶす? 私が? むっかぁ~!!
そりゃあたしかに「絶世の美女」とか「今生きてる中で最高のビューティ」とか言ったら言いすぎだろうけど、それでも一回は男子にコクられたことあるのよ!
次の瞬間、私はツカツカと歩み寄り、弓でシカダッシャーのお尻をひっぱたいてました。
「うぎゃあ!」
三発、四発……乙女の怒り、思い知ったか!
「ひいっ、ひいっ!」
「もうやめるんだ、那梨野さん!」
ゼニカネーダーが立ち上がり私を静止しました。
「美しい女性の手は怒るためにあるんじゃない。愛するためにあるんだ。」
キ、キ、キ、キザなセリフ~!!
普通こんなことを言われたらゾゾッとするところですけれど、相手は昨日助けてくれた男性。雨の中で腕を握られてこんなこと言われ、私、思わずビビッときてしまいそうです。
「危ないところを助けてくれてありがとう。だけど後は僕に任せてくれ。」
ゼニカネーダーは、雨に打たれながらお尻を抑えてうずくまってるシカダッシャーに向かって問い掛けました。
「貴様、命と金と、どっちが大事だ!?」
「ううっ……か、金。金に埋もれることができるなら命は失ってもシカたない……」
「金に埋もれることができたら命を失っても構わないのだな?」
「シカり。」
「では望みをかなえてやろう。」
ゼニカネーダーが指で合図をすると、駐車場に止まっていたダンプカーがバックで近づいてきました。そして、シカダッシャーに後ろを向けて止まると、荷台が上がって……
ジャラジャラジャラジャラジャラッ!!
滝のように、百円玉が大量に降り注ぎます。
「ぎゃああああっ! ごっつ苦シカ~!」
シカダッシャーはその中に埋められていきました。
「2トンの100円玉に埋もれて窒息……せめて夢をかなえて死ぬがいい。」
も、もったいない!! 2トンの百円玉って、いったいいくらなのよ……!(あとで計算してみて、4千万円ちょうどということがわかりました)
「ゼニカネーダーって、ホントお金持ちなのね。」
お金持ちなら顔や性格が悪くても脚が短くても着てるものが悪くてもいいってわけじゃないけど、やっぱりそれも男性の魅力のひとつなのよ。はら、男の人も、女の性格が悪くても顔が少しくらい大魔神でも、胸が大きいと惹かれるっていうじゃない? たぶんそれと同じで。
私はなんとなく彼に好意を持ちはじめていました。
「ところでゼニカネーダー、なんで私の苗字を知ってたの?」
「……あっ!」
ゼニカネーダーは、驚いて声を上げました。私は、おっきなコインの中にあるその顔をのぞきこみます。金色に塗られていてよくわからないけど、この顔はどこかで見たことがあるような……。
ゼニカネーダーはマントで顔を隠すようにして、走り出します。
「あっ、待って……」
「君も、風邪を引かないうちに、学校に帰って着替えなさい!」
そんなセリフを残し、駐車場の隅においてあった黄金のスクーターに乗って、ゼニカネーダーは去っていきました。
見送るしかない私でしたけれど……彼が去って行ったあとの水溜りに、落とし物を見つけました。それは、生徒手帳でした。ええ、お約束です。なにしろ連載コンテンツは1話あたりの行数に制限がありますので……。(注:初掲載場所での制約)
「蔵森っ!」
学校に戻って体操着に着替えた私は、タオルを頭に載せたまま、教室で、問題の男子の前に立っていました。え? 体操着はスパッツかブルマか? そんなことどうでもいいじゃないですか、絵師さんの好みにお任せしますよ。(注:初発表場所では挿絵付き)
そんなことより問題は、コイツです。
「ちょっと話があるの。ここじゃ話しにくいから、顔貸してくんない?」
---つづく!