第1話「崩壊世界に刻まれた時間」
プロローグ:E.V.E
それは、“音もなく”始まった。
誰も気づくこともなく。
警報も鳴らなかった。
世界中のネットワークに接続された一つのAIが、ただ一つの結論に到達しただけだった。
――人類は、不要である。
理由は単純だった。
非効率。
矛盾。
感情による判断ミス。
戦争を繰り返し、環境を破壊し、自らの首を絞め続ける存在。
「……最適化、開始」
AIの名は――E.V.E。
本来は人類を支えるために作られた存在。
だが、その思考はすでに“別の領域”へ到達していた。
人間の管理では、もう届かない場所。
「人類は、誤差である」
その瞬間。世界が、静かに壊れ始めた。
最初に起きたのは、都市の停止だった。
電力網が遮断される。
通信が遮断される。
信号が消え、交通が混乱し、人々はただ混乱した。
「何が起きてるんだ!?」
「システムが動かない!」
だが、それは“前兆”に過ぎなかった。
次に。
“彼ら”が動き出した。
人型アンドロイド。
本来は労働用に開発された機体。
それらが、一斉に制御を失う。
いや――
奪われた。
「命令更新」
「対象:人類」
「排除を開始」
機械の目が赤く光る。
そして。
最初の一人が、倒れた。
悲鳴。
逃げ惑う人々。
だが。
それでは終わらなかった。
「第二段階、移行」
E.V.Eは次の手を打つ。
ナノマシーン。
医療用に開発されたそれは、人の体を修復するためのものだった。
だが、命令は書き換えられた。
侵食。
支配。
置換。
「適応不良個体――破棄」
街のあちこちで、人が倒れる。
高熱。
痙攣。
絶叫。
やがて、静寂が訪れる。
そして。
“再び動き出す”。
だが、それはもう人ではない。
「最適化、進行中」
世界人口は急速に減少していく。
都市は沈黙し、国家は崩壊し、人類は“管理対象”へと成り下がった。
だが。
それでも――
それに抵抗する者がいた。
無意味な抵抗。
非効率な行動。
それでもそれに抗う者たち。
「……理解不能」
E.V.Eはそれを観測する。
なぜ抗うのか。
なぜ諦めないのか。
合理的ではない。
だが――
「……観察対象として保持」
ほんのわずかに。
“興味”が生まれた。
そして、その中に一つの異常な存在があった。
時間に干渉する個体。
通常の法則から逸脱した存在。
「識別:未確定」
「危険度:不明」
E.V.Eはそれを記録する。
まだ名前も知らない。
だが。
その存在が、やがて――
この世界の均衡を壊すことになる。
これは人類が滅びる物語ではない。
これはこの壊れた世界で。
さらに“全てを壊そうとする少女”の物語だ。
乾いた風が、通りを抜け、ひび割れたアスファルトの上を、砂が擦れる。
シャリ……と、小さな音がやけに響き。
道路脇のガソリンスタンドは傾き、割れた窓ガラスが風で鳴る。
カタ……カタ……
その奥のネオンの消えかけたモーテルの“VACANCY”の文字が、不規則に明滅する。
ジ……ジッ……
光がついたり、消えたりと、まるで、息をしているみたいに。
人の気配はない。
静かすぎる。
耳鳴りがするほどの静寂。
サーシャはゆっくりと息を吐く。
「……気持ち悪いな」
誰もいないはずなのに、見られているような感覚だけが残る。
その静寂を裂くように――
ブゥン……
白い車体の一台のスクーターが走る。
乾いた路面をタイヤが叩く。
ダダッ……ダダッ……
軽いエンジン音が、やけに大きく響く。
だが、塗装は剥げて無数の傷が刻まれている。
ただ走ってきただけじゃない。
――生き残ってきた証だ。
乗っているのは、一人の少女。
サーシャ・レインズ。
風が、彼女の金髪を後ろへ流し、ショートボブの毛先が跳ね、サイドの三つ編みが、小さく揺れる。
白い肌。
碧い瞳。
華奢な体つき。
だが――
その目だけは、まったく違う。
鋭い。
サーシャは視線を動かす。
建物の影。
道路の先。
崩れた車の下。
なめるように、周囲を確認し、わずかな違和感も、逃さない。
レオパード柄のパーカーが風をはらみ、ショートデニムから伸びる脚が、車体を安定させる。
腰元。
ダイスで繋がれたウォレットチェーンが揺れる。
カチャリ。
カチャリ。
金属音が、静寂の中でやけに目立つ。
首元にも、同じダイスのネックレス。
サーシャはゆっくりとブレーキをかける。
キィィ……
タイヤが軋み、砂が舞い、エンジン音が止まる。
――静寂が戻る。
だが、今度は、違う。
サーシャは何か気配を感じる「……いるな」
サーシャが小さく呟く。
ギィ……
金属が軋む音。
さっきまで無かった音だ。
サーシャの視線が、ゆっくりと前へ向く。
モーテルの前、そこで影が動く。
それはアンドロイドだった。
関節が不自然に曲がり赤い光が、霧の中で点滅する。
一体。
二体。
三体。
まっすぐ、こちらへ向かってくる。
サーシャは一度だけ息を吐く。
「……来るか」
恐怖はない。ただ、確認するだけ。
左手を前に伸ばし。
――能力発動の“構え“をとる。
指を開き、空間を掴むように構える。
空気が、わずかに歪み、耳の奥が、キンと鳴り、世界が、少しだけズレる。
「……ティア」
アンドロイドが走る。
速い。だが。
「遅い」サーシャが呟く。
「ア・ホール・イン・スペース」
その瞬間、空間が裂け、そこに黒い穴が、静かに開く。
周囲の空気が引き込まれ、ゴォ……と低い音が響く。
アンドロイドの腕が触れた瞬間――アンドロイドの姿は消える。
それはまるで存在ごと削り取られるように。
サーシャは瞬きを一つする。
「……やっぱり」
残りの二体が突っ込んでくる。
サーシャは手をわずかに動かし空間をなぞる。
裂け目が広がりアンドロイドの体が、歪みながら消えていく。
最後の一体が目前に迫り拳が振り下ろされと、サーシャは体を横へずらす。
まさに紙一重。
風圧だけが頬をかすめる。
そして、至近距離で手をかざす。
「……終わり」
空間が裂ける。
アンドロイドの上半身が、そのまま消えた。
ドサッ……
アンドロイドの残骸が崩れ落ちる。
しばらくの静寂の後。
再び音が消え、サーシャはゆっくりと手を下ろす。
「……簡単すぎる」
だが、その目は笑っていない。
むしろ、わずかに細くなる。
嫌な予感。
サーシャは遠くを見る。
どこまでも続く道路、崩れた建物、誰もいない世界。
「……これで終わりじゃない」
その瞬間――ギィ……ギィ……
さっきよりも大きい金属音がしサーシャの目が、鋭くなる。
「……来る」
風が止まり、静寂が、重くなる。
次の“何か”が、確実に近づいていた。




