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君の真面目な裏切りと、僕の誠実な復讐 ~「信じてたのに」と君は泣き、僕は笑ってさよならを告げる~  作者: ledled


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7/8

番外編1 正義という名の喜劇、あるいは悲劇(篠原玲奈)

「篠原、ちょっといいかな? ……大事な話があるんだ」


あの日、生徒会長の西条亮介くんに呼び出された時、私の心臓は嫌な音を立てていた。

西条くんの表情があまりにも深刻で、いつもの太陽のような明るさが消え失せていたからだ。

放課後の生徒会室。夕日が差し込むその部屋は、私の青春のすべてだった。

大好きな場所。そして、大好きな人――副会長の高遠湊くんと共に、学校のために尽くしてきた誇り高い場所。


「どうしたの、亮介くん? そんな怖い顔して」

「……言いにくいんだけど、会計のことで、致命的な問題が見つかったんだ」


西条くんが差し出した一枚の書類。

そこに記された数字と、見慣れたIDを見た瞬間、私の頭の中が真っ白になった。


『生徒会費使途不明金:三百万円』

『操作ログID:takato_minato』


「嘘……そんなの、嘘よ」


私は震える声で否定した。

湊くんが? あの真面目で、誰よりも責任感の強い湊くんが、横領?

ありえない。彼は私の恋人だ。彼がそんなことをするはずがない。


「俺だって信じたくないよ! 湊は親友だぞ!?」


西条くんが机を叩き、苦渋の表情で顔を歪めた。


「でも、ログは嘘をつかない。それに……見てくれ、これを」


西条くんがロッカーから取り出したのは、茶封筒に入った現金だった。

湊くんのロッカーから見つかったという、三十万円の束。

決定的な証拠。

私の目の前で、世界が音を立てて崩れていく。


「最近、湊、金に困ってるって言ってただろ? 俺にも相談があったんだ。『進学費用が足りない』って……。俺、力になってやれなくて……っ」


西条くんが泣いていた。

あの気丈な生徒会長が、親友の裏切りに肩を震わせて泣いている。

その姿を見て、私の中にあった「湊くんへの信頼」という強固な壁に、ピキリと亀裂が入った。


湊くんは、私には何も言ってくれなかった。

お金に困っていることも、悩んでいることも。

恋人なのに。一番近くにいたはずなのに。

どうして? 私じゃ頼りなかったの?

それとも……私が知っていた「誠実な高遠湊」は、すべて演技だったの?


「篠原。……俺たちは生徒会役員だ。私情を挟んではいけない」


西条くんが涙を拭い、私の肩に手を置いた。その手は温かく、震えている私を支えてくれた。


「湊のためにも、罪を償わせなきゃいけない。これ以上、彼を泥沼に行かせちゃいけないんだ。……辛い役目だけど、君にも協力してほしい」


正義。責任。償い。

私の大好きな言葉たちが、今は呪いのように重くのしかかる。

でも、西条くんの言う通りだ。

もし湊くんが本当に罪を犯したのなら、それを隠蔽することは、彼のためにならない。

叱って、罪を認めさせて、やり直させること。それが、恋人としての最後の誠実さではないだろうか。


「……分かった。私、やる。湊くんを……止める」


私は唇を噛み締めて頷いた。

それが、私の人生で最大の過ちであり、地獄への入り口だとも知らずに。


          ◇


翌日の査問会。

私は湊くんの顔を見ることができなかった。

彼が「やっていない」と否定するたびに、胸が張り裂けそうになった。

嘘をつかないで。お願いだから、認めて。

あなたのそんな見苦しい姿、見たくないの。

堂島先生が怒鳴り、西条くんが悲痛な顔で説得する。それでも湊くんは、頑なに潔白を主張し続けた。


「玲奈、信じてくれ」


彼が私に助けを求めた時、私の中で何かが切れた。

信じてくれ?

証拠があるのに? 西条くんがあんなに苦しんでいるのに?

私を騙し、裏切ったのはあなたでしょう? なのに、まだ私を利用しようとするの?


「……信じてたのに」


口から出たのは、拒絶の言葉だった。


「私、ずっと湊くんを尊敬してた。……でも、それは全部演技だったの?」


湊くんの顔が絶望に歪む。

その表情を見て、胸がズキリと痛んだ。でも、私は自分に言い聞かせた。

これは愛の鞭だ。私が突き放さなければ、彼は甘えてしまう。犯罪者のまま堕ちてしまう。

心を鬼にするのよ、玲奈。

それが「正義」なのだから。


私は泣きながら、西条くんの腕の中に逃げ込んだ。

西条くんの匂い。湊くんとは違う、甘い香水の香り。

その腕は、裏切られた私の傷ついた心を優しく包み込んでくれた。

湊くんは何も言わずに部屋を出て行った。

残された静寂の中で、西条くんが私の髪を撫でてくれた。


「よく頑張ったね、玲奈ちゃん。君は正しいよ」


その言葉だけが、私の正気を繋ぎ止める命綱だった。


          ◇


それからの毎日は、悪夢のようだった。

学校中が湊くんの噂で持ちきりになり、彼へのいじめが始まった。

机の落書き、隠された上履き。

それを見るたびに、胸が痛んだ。

「やりすぎじゃないかな」と思う自分と、「でも、彼は罪を犯したのだから、これは社会的制裁なのだ」と正当化する自分がせめぎ合っていた。


翌朝、私は湊くんにペアウォッチを返した。

あれを見るたびに、彼が横領したお金のことが頭をよぎり、吐き気がしたからだ。

湊くんは淡々としていた。

「謝ることはない」と、冷徹な目で私を見た。

その目には、かつての優しさは微塵もなかった。

ああ、やっぱり彼は変わってしまったんだ。罪悪感の欠片もないんだ。

私は悲しくて、悔しくて、クラスのみんなの前で叫んでしまった。


「嘘つき!!」


教室を飛び出した私を追いかけてきてくれたのは、やっぱり西条くんだった。

彼は私を保健室ではなく、学校を抜け出して駅前のカフェに連れて行ってくれた。

個室のある、落ち着いた店。


「辛いよな。あいつ、まだ反省してないなんて」


西条くんは私の手を握り、親身になって話を聞いてくれた。


「私、間違ってたのかな……。あそこまで追い詰める必要、なかったのかな」

「そんなことない! 君は被害者なんだよ、玲奈ちゃん」


西条くんは強く否定してくれた。


「湊は君の純粋な気持ちを踏みにじった。君が苦しむ必要なんてない。……俺が、君の傷を癒してあげたい」


西条くんの顔が近づく。

整った顔立ち。熱っぽい視線。

湊くんにはなかった、強引な男らしさ。

私は拒めなかった。

心が弱っていた。誰かに肯定してほしかった。私が正しいと、誰かに言ってほしかった。


「……亮介くん」


気がつけば、私たちはカフェの奥にあるホテル街へと足を向けていた。

最初は躊躇した。

湊くんとは、手を繋ぐことさえ大切にしていたのに。

こんなにすぐに、他の男性と?

でも、西条くんは言った。


「忘れよう。あんな奴のことなんか、全部。俺が忘れさせてあげるから」


その言葉に、私は縋り付いた。

そう、忘れたい。

信じていた人に裏切られた悲しみを。自分の判断が正しかったのかという不安を。

すべてを快楽で塗りつぶしてしまいたい。


ホテルの部屋で、私は西条くんに抱かれた。

彼は優しかった。

「愛してる」「君はずっと俺のものだと思っていた」と囁き続けてくれた。

その言葉の一つ一つが、空っぽになった私の心を満たしていく。

湊くんは私を大切にしすぎて、手を出さなかった。でも、それは本当に大切にしていたから? 実は私に興味がなかっただけじゃないの?

西条くんは違う。私を求め、私を必要としてくれる。

行為の最中、私は何度も自分に言い聞かせた。

『私は正しい選択をしたんだ。湊くんじゃなくて、亮介くんを選んでよかったんだ』と。

そう思わなければ、罪悪感で押し潰されてしまいそうだったから。


          ◇


関係を持ってから、西条くんとの距離は一気に縮まった。

放課後の生徒会室は、私たちだけの秘密の場所になった。

湊くんが座っていた副会長の席には誰もいない。

その空席を見るたびに、胸の奥がチクリとするけれど、すぐに西条くんがキスをして誤魔化してくれる。


「玲奈、来週の連休、温泉に行こうか」


ある日、西条くんが楽しそうに提案してきた。


「温泉? でも、お金……」

「大丈夫。生徒会費の予備費があるからさ」


私は耳を疑った。

生徒会費? それって、横領じゃないの?


「えっ……でも、それって……」

「いいんだよ。これは湊が作った『裏金』みたいなもんだから。あいつが使い込んだことにすれば、俺たちが使ってもバレないし、むしろあいつへの制裁になる」


西条くんの理屈は、少し乱暴に聞こえた。

でも、彼は自信満々に笑っていた。


「俺たちは被害者だろ? 湊のせいで、俺たちはこんなに傷ついて、苦労して、後始末をしてるんだ。これくらいの役得があっても、バチは当たらないよ。……ね? 行こうよ、玲奈」


私の心の中で、正義の天秤が揺れた。

不正はいけないことだ。それは分かっている。

でも、「被害者」という甘美な響きが、私の判断力を鈍らせた。

そう、私たちは被害者なのだ。

湊くんは三百万も盗んだ。私たちが数万、数十万使ったところで、それは湊くんの罪の一部として処理される。

彼が私を裏切った慰謝料だと思えばいい。

彼が私に与えた精神的苦痛への代償だと思えばいい。


「……うん。そうだね」


私は頷いた。


「湊くんには悪いけど、これも彼への罰だよね。私を裏切った罰」


口に出してみると、不思議なほど心が軽くなった。

そうだ、これは罰なのだ。

私は正義の執行者として、彼のお金を使って幸せになる権利がある。

そう思うことで、私は自分の「共犯」という事実から目を背けた。

私は悪くない。悪いのは全部湊くんだから。


その夜、私は湊くんにMINEを送った。

『自首して。そうすれば待ってる……なんて、もう言えない。さようなら』

それは彼への決別であると同時に、自分への宣言でもあった。

私はもう、後ろを振り返らない。

亮介くんという、強くて優しい新しいパートナーと共に、正しく生きていくんだ。

彼からの返信はなかった。既読すらつかなかった。

それがまた、彼の不誠実さを証明しているようで、私は鼻で笑った。

もういいわ。あなたなんて、私の人生には必要ないノイズよ。


          ◇


「生徒総会で、湊にトドメを刺す」


西条くんがそう言った時、私は少しだけ躊躇した。

全校生徒の前で、彼を吊るし上げるの? それは少し、可哀想すぎない?

でも、西条くんは真剣な顔で言った。


「あいつのためなんだ。公の場で謝罪させて、けじめをつけさせる。そうしないと、あいつは一生日陰者だ。俺たちが導いてやるんだよ」


ああ、なんて優しい人なんだろう。

裏切った親友のことを、ここまで考えてあげているなんて。

それに比べて、湊くんはどうだ。総会で「パソコンを使わせてくれ」と頼んだらしい。

きっと、見苦しい言い訳の資料でも作るつもりなのだろう。

往生際が悪い。

そこまで堕ちてしまったのなら、私が引導を渡してあげるしかない。


「私も登壇する」


私は西条くんに告げた。


「私が一番近くにいた人間として、彼の罪を告発して、そして許してあげる。それが、元彼女としての最後の責任だと思うから」


西条くんは「さすが玲奈だ」と抱きしめてくれた。

総会の前日、私たちはまたホテルに行った。

亮介くんは上機嫌で、「明日は俺たちの伝説になる」と笑っていた。

彼がSNSに何か投稿しているのを横目で見ながら、私は幸せな気分に浸っていた。

明日は辛い日になるけれど、これを乗り越えれば、私たちは公認のカップルとして堂々と歩ける。

正義を成し遂げた二人として、みんなに祝福されるんだ。


          ◇


そして迎えた、運命の生徒総会。

体育館のステージの上から見る景色は、壮観だった。

八百人の生徒が、固唾を飲んで見守っている。

私はマイクの前で、涙ながらに語った。

嘘じゃない。本当に悲しかったのだ。湊くんの裏切りが。そして、彼を断罪しなければならない自分の運命が。

私の言葉に、会場中が同情してくれた。私の正義が、みんなに認められた瞬間だった。


湊くんがステージに上がってきた。

彼の顔色は悪く、少し痩せたように見えた。

反省しているのかと思いきや、その目は不気味なほど冷たく澄んでいた。

彼は淡々と謝罪の言葉を述べた。

「無知であったことを謝罪する」と。

やっと認めたのね。私は心の中で安堵した。

これで終わる。

そう思った直後だった。


「これが、僕からの『真実の決算報告』です」


彼が操作したPCから、スクリーンに映し出されたもの。

それは、謝罪文ではなかった。

見たこともないデータの羅列。

『MACアドレス不一致』

『西条亮介の端末特定』


……え?

何これ。どういうこと?

西条くんの端末? 湊くんのIDを使ったのが、西条くん?


会場がざわめき始める。西条くんが慌てて否定する。

私の思考は追いつかなかった。

だって、西条くんは「湊がやった」って……。

スクリーンが切り替わる。

西条くんの豪遊写真と、出金履歴のタイムライン。

日付も、金額も、ぴったりと一致している。


嘘……嘘でしょ?

だって、あの焼肉の時、西条くんは「親の小遣いだよ」って……。

あのスニーカーも、「バイト代が貯まったから」って……。

全部、横領したお金だったの?

湊くんのせいにして、私たちが使っていたお金は、西条くんが盗んだものだったの?


心臓が早鐘を打つ。冷や汗が止まらない。

足元が崩れ落ちるような感覚。

そして、トドメの一撃が放たれた。


『みんなに聞いてもらいましょう』


スピーカーから流れてきたのは、聞き覚えのある声。

生徒会室での、私たち二人の会話。


『あーあ、真面目系クズを追い出すのちょろすぎw』


亮介くんの声だ。

いつもの優しい声じゃない。下卑た、嘲るような声。

私に向けられていた甘い言葉はどこ?


『横領の罪かぶせたら一発で退場してくれたw 会長の俺が言うんだから誰も疑わねーよな』


騙してたの?

全部、最初から?

親友だって泣いていたのも、私を慰めてくれたのも、全部演技だったの?


そして、次に流れたのは、私の声だった。


『湊くんには悪いけど、これも彼への罰だよね。私を裏切った罰』

『愛してるよ、玲奈』

『私も……愛してる、亮介くん』

『チュッ』


会場が静まり返る。

そして、爆発的な怒号と軽蔑の嵐が巻き起こった。


「いや……やめて……聞かないで……!」


私は耳を塞いだ。

恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。

私の「正義」が、ただの「間抜けな勘違い」として晒されている。

私は被害者じゃなかった。

詐欺師の言葉を鵜呑みにして、無実の恋人を追い詰め、あろうことかその詐欺師と情事に耽り、盗んだ金で旅行に行こうとしていた「共犯者」だった。


「亮介くん……どういうこと? 私のこと、愛してるって……」


私は縋るように亮介くんを見た。

彼はもう、私の知っている王子様ではなかった。

顔を歪め、脂汗を垂らし、私を汚いものでも見るように睨みつけてきた。


「う、うるさい! お前が勝手に信じたんだろ!?」


罵声が飛んできた。


「俺はただ、金が欲しかっただけだ! お前みたいな堅物、金づるにならなきゃ相手にするわけねーだろ! 面倒くせえんだよ、その正義感ごっこが!」


頭の中が真っ白になった。

金づる? 面倒くさい?

愛してなかったの?

私の純潔も、私の想いも、私の「正義」も、全部彼にとっては「ちょろい女を騙すゲーム」だったの?


「いやあああああああっ!」


私は叫んだ。

現実を受け入れられなかった。

信じていた世界が、180度反転して、私を押し潰す。

私は正義の味方じゃなかった。

私は、ただの愚かな裏切り者だった。


          ◇


総会の後、学校は地獄に変わった。

亮介くんは退学になり、夜逃げしたと聞いた。堂島先生もクビになったらしい。

私は停学処分になり、家に引きこもった。

スマホを見るのが怖かった。SNSを開けば、私の名前と顔写真が拡散され、『稀代の悪女』『頭お花畑のビッチ』と罵られている。

違う。私は悪くない。

私は騙されていただけなのに。

どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの?


一週間、泣き暮らした。

そして気づいた。

私を守ってくれる人は、もう誰もいない。

亮介くんは嘘だった。親も私を腫れ物扱いする。

ただ一人、私を本当に大切にしてくれていたのは……湊くんだけだった。


「湊くんなら……許してくれるかもしれない」


そんな都合のいい希望が、頭をもたげた。

彼は優しいから。私が泣いて謝れば、きっと「仕方ないな」って苦笑して、頭を撫でてくれるはず。

だって、私たちはあんなに愛し合っていたんだもの。

彼だって、私をまだ好きなはずよ。


私は雨の中、学校へ向かった。

昇降口で彼を待った。

久しぶりに見た彼は、以前よりもずっと大人びて、冷たく見えた。


「ごめんなさい……ごめんなさい、湊くん」


私は土下座をした。プライドなんてどうでもよかった。

今の私には、彼しかいないのだから。


「亮介くんに騙されて、あんな……あんな酷いことして……」


私は必死に訴えた。私は被害者なのだと。悪意はなかったのだと。

でも、湊くんの目は氷のように冷たかった。


「無知は罪だ。愛する人を信じ抜く覚悟もなく、確かめる努力もせず、安易な方に流された君の弱さが、僕たちを殺したんだよ」


彼の言葉が、ナイフのように心臓に突き刺さる。

殺した。

私が、湊くんを? そして、私たちを?


「死んだ人間は生き返らない。どれだけ謝っても、どれだけ泣いても、僕が君に向けた想いはもう二度と戻らない」


彼は背を向けた。

待って。行かないで。

あなたがいなくなったら、私は本当に一人ぼっちになってしまう。

この地獄の中で、どうやって生きていけばいいの?


「嫌だ! 待って! 湊くん、行かないで! いやああああああっ!」


雨の音にかき消されるように、私の絶叫が虚しく響いた。

彼は一度も振り返らなかった。

その背中は、かつて私を守ってくれていた大きく頼もしいものではなく、私を拒絶する高い壁に見えた。


雨に打たれながら、私はようやく理解した。

私は「正義」を選んだつもりで、「破滅」を選んだのだ。

一番大切にすべき人を、自分の手で切り捨て、偽物の宝石に飛びついた。

その代償は、孤独という名の、終わりのない地獄だった。


私の手には、何も残らなかった。

愛も、信頼も、尊厳も。

ただ、冷たい雨の感触だけが、私の愚かさを嘲笑うように降り注いでいた。

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