表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の真面目な裏切りと、僕の誠実な復讐 ~「信じてたのに」と君は泣き、僕は笑ってさよならを告げる~  作者: ledled


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

第四話 審判の日への招待状

週が明け、学校の空気は一種異様な熱気に包まれていた。

昇降口の掲示板には、一枚の大きな貼り紙が掲示されている。


『臨時生徒総会開催のお知らせ』

『議題:現生徒会役員の解任および新体制の承認について』


白々しいほど堅苦しい文言だが、生徒たちの関心はそこにはない。休み時間の廊下ですれ違う生徒たちの会話は、もっぱら「公開処刑」への期待で持ちきりだった。


「聞いた? 今度の総会、あの横領事件の決着をつけるらしいよ」

「マジで? 高遠先輩、吊るし上げられるってこと?」

「当たり前じゃん。往生際が悪くてまだ認めてないらしいから、西条会長がガツンと言う場を作るんだってさ」

「うわ、見に行こ。YourTubeでライブ配信もするって噂だよ」


無責任な好奇心と、他人の不幸を娯楽として消費しようとする残酷さ。それが今の学校を支配する空気だった。

俺、高遠湊は、その喧騒の中心にいながら、まるで幽霊のように扱われていた。

教室に入れば会話が止まり、俺が通り過ぎれば背後でクスクスと笑い声が起きる。机の落書きは日ごとに増え、今や天板の木目が見えないほどだ。

だが、俺はもう動じなかった。

彼らが騒げば騒ぐほど、舞台は整っていく。観客は多ければ多いほどいい。その方が、断罪の瞬間の絶望も深くなるのだから。


「高遠。ちょっと面貸せ」


放課後、帰ろうとした俺を呼び止めたのは、またしても西条亮介だった。

彼の後ろには、数名の取り巻き男子生徒と、不安そうな顔をした篠原玲奈が控えている。

亮介は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ポケットに手を突っ込んでいた。


「総会のこと、見たろ? 明日の放課後、体育館だ。逃げるなよ」

「……逃げませんよ。出席しろという命令ですから」

「ハハッ、殊勝な心がけだな。まあ、お前も楽になれるチャンスだと思って感謝しろよ。みんなの前で謝って、俺に引導を渡されれば、もう誰も深く追求しねーからさ」


亮介は俺の肩に馴れ馴れしく手を回し、耳元で囁いた。


「安心しろよ。シナリオは俺が完璧に作ってやった。お前はただ『魔が差しました、すみませんでした』って泣きながら頭を下げればいい。そうすれば、俺が『罪を憎んで人を憎まず』って感じで寛大に許してやる。……最高の演出だろ?」


吐き気がするほどの自己陶酔。

彼は本気で、自分をドラマの主人公だと思っているのだ。悪を倒し、罪人を更生させる慈悲深いリーダー。その役柄に酔いしれている。

俺は無表情を貫き、小さく頷いた。


「……分かりました。会長の言う通りにします」

「よしよし、それでいい。物分かりが良くなったじゃないか」


亮介は満足げに俺の肩を叩き、離れた。そして、後ろに控えていた玲奈を手招きする。


「玲奈ちゃんも、彼に何か言っておくことはある?」


玲奈が一歩前に出る。

彼女の顔色は悪い。目の下には隈ができている。きっと、「正義」と「情」の板挟みになって悩んでいるつもりなのだろう。その悩みが、完全に的外れな前提に基づいているとも知らずに。


「湊くん……」


玲奈の声は震えていた。


「明日の総会、私も登壇することにしたの」

「……君が?」

「うん。私が……一番近くにいた私が、あなたの罪を告発して、そして許すことが、最後のけじめだと思うから」


彼女は真っ直ぐな瞳で俺を見た。その瞳には、一点の曇りもない「善意」が宿っている。

それが俺を何よりも苛立たせた。

彼女は俺を攻撃しようとしているのではない。「救おう」としているのだ。彼女なりの歪んだ正義感で、俺に罪を認めさせ、償わせることが愛だと勘違いしている。


「湊くんが道を踏み外したのは、私のせいでもあると思うの。私がもっと支えてあげてれば、こんなことにはならなかった……。だから、私が終わらせてあげる。それが、元彼女としての責任だから」


美しい自己犠牲の物語。

彼女の中では、俺は「弱さゆえに罪を犯した哀れな男」であり、彼女は「涙を飲んでそれを裁く聖女」なのだ。

ここまでおめでたい思考回路を持っているとは、付き合っていた頃は気づかなかった。いや、俺が彼女の「真面目さ」を美点として盲信していただけか。


「……そうか。君がそこまで考えているなら、俺は何も言わない」

「分かってくれてありがとう。……明日は、ちゃんと見ててね。私の覚悟」


玲奈は悲しげに微笑み、亮介の元へ戻った。亮介は彼女の頭をポンポンと撫で、俺に見せつけるように腰に手を回す。


「行こうか、玲奈。リハーサルしなきゃな」

「うん……」


二人は取り巻きを引き連れて去っていった。

廊下には、また静寂が戻る。

俺は彼らの背中が見えなくなるまで見送り、深く息を吐いた。


「覚悟、か」


その言葉、そのまま熨斗をつけて返してやる。

君の覚悟がどれほど薄っぺらいものか、明日、骨の髄まで思い知らせてやる。


その後、俺は職員室に向かった。

堂島教諭に呼ばれていたからだ。

職員室に入ると、堂島は自分のデスクでスポーツ新聞を広げていた。俺に気づくと、面倒くさそうに新聞を畳み、指で「来い」と合図した。


「高遠、明日のことだがな」


堂島は周囲を気にしながら、声を潜めた。


「西条から聞いていると思うが、流れは決まっている。お前が謝罪し、生徒会役員を辞任する。そして西条が新体制を発表する。それだけだ」

「はい、聞いています」

「うむ。……そこでだ。お前、変な気は起こすなよ?」

「変な気、とは?」

「余計な言い訳をしたり、事実無根の主張をして場を混乱させたりすることだ。そんなことをすれば、学校側としても厳正な処分を下さざるを得なくなる。退学だ」


堂島は脅しをかけてきた。

彼の瞳にあるのは、教育者としての信念ではなく、保身への執着だけだ。問題を起こさず、自分の評価を下げずに、この件を幕引きしたい。それしか考えていない。


「……退学は困ります」

「だろう? なら、素直にやれ。お前が泥を被れば、それで全部丸く収まるんだ。内申書には、まあ、適当に書いておいてやるから」


内申書。その言葉を餌にすれば、俺が従うと思っている。

俺は少しの間、俯いて考えるふりをした。そして、怯えたような声色を作って顔を上げた。


「分かりました……。謝罪します。ただ、一つだけお願いがあります」

「あん? なんだ」

「口下手なので、言葉だけでうまく謝れる自信がありません。それに、経理の引き継ぎも兼ねて、資料をまとめたいんです。……明日の総会で、プロジェクターとパソコンを使わせてもらえませんか?」


堂島は眉をひそめた。


「パソコン? 面倒だな。口で言えばいいだろう」

「お願いします。……僕なりの、最後のけじめなんです。ちゃんと資料を見せて、何をしてしまったのかを説明して、謝りたいんです」


俺は必死に頭を下げた。

堂島はしばらく黙っていたが、やがて面倒くさそうに手を振った。


「……チッ、分かったよ。勝手にしろ。ただし、変なもん映したら即刻中止させるからな」

「ありがとうございます。……感謝します、先生」


俺は深々と礼をした。

顔を上げた時、俺の眼鏡の奥は冷たく光っていたが、堂島は新聞に戻っていたため気づかなかった。

許可は取れた。

これで、舞台装置は完璧に整った。


帰り道、俺は家電量販店に立ち寄り、必要なケーブルと予備の記録媒体を購入した。

空は暗く、雨が降り始めていた。

傘を打つ雨音が、明日の嵐を予感させる。

俺の心は、不思議なほど凪いでいた。

怒りも悲しみも、すでに通り過ぎた。今はただ、事務的にタスクを消化していく感覚に近い。

明日の午後二時。それが、彼らの命日だ。


自宅に戻ると、俺は自室に籠城した。

明日のプレゼンテーション資料の最終確認だ。

画面には、俺が徹夜で作り上げたスライドが表示されている。

タイトルスライド。

『謝罪と経理報告』

一見すると、何の変哲もないタイトルだ。

だが、その次のページからは、地獄への扉が開くように構成されている。


一枚目。横領疑惑の送金ログ。

二枚目。そのログの矛盾点を突く技術的解析データ。

三枚目。西条亮介のタブレットのMACアドレス特定。

四枚目。亮介の豪遊写真と、横領日時の照合タイムライン。

五枚目。堂島教諭のネット閲覧履歴と、職務怠慢の証拠。

六枚目。亮介の裏アカウント『King_R』の魚拓と、そこに記された自白。

そして、七枚目。篠原玲奈が送ってきた自己陶酔メッセージのスクリーンショット。


これらを、視覚的に分かりやすく、かつインパクトのあるデザインで配置した。

さらに、音声ファイルを埋め込む。

スライドが切り替わるタイミングで、あの生徒会室での会話が流れるように設定する。


『湊のやつ、マジで金盗んだことになっててウケる』

『この金でホテル行こうぜ』

『湊くんには悪いけど、これも彼への罰だよね』


完璧だ。

これを見せられた時、彼らはどんな顔をするだろうか。

亮介は顔面蒼白になり、弁解しようとするだろう。

玲奈は……おそらく、理解できないかもしれない。自分の信じていた世界が反転する事実に、精神が耐えられるかどうか。

堂島は、ただ狼狽えるだけだろう。


「……楽しみだな」


独り言が漏れた。

俺はリハーサルを開始した。

部屋の電気を消し、モニターの明かりだけにする。

マイクの代わりにペンを握り、語りかける。架空の観衆に向かって。


「本日は、私の不徳の致すところにより、皆様に多大なるご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。……つきましては、事の経緯と真実を、ここに報告させていただきます」


声のトーン、抑揚、間の取り方。

全てを計算し尽くす。

感情的になってはいけない。どこまでも冷静に、事務的に、淡々と事実を突きつける。それが最も残酷で、最も効果的な復讐の方法だ。


深夜、ふとスマートフォンの通知が光った。

Twotterの通知だ。亮介のアカウントが更新されている。


『いよいよ明日だわ。悪を裁くのって、緊張するけどワクワクするw 全校生徒の前で演説とか、俺のカリスマ性が爆発しちゃうなー』

『彼女(元カノちゃん)も登壇してくれるって。俺のために泣いてくれるとか、愛されすぎて辛いw ライブ配信のURLはこれな!みんな見てくれよな!』


URLが貼られている。

俺はそのリンクをクリックした。配信待機画面が表示される。タイトルは『生徒会緊急総会~正義の決断~』となっていた。

サムネイルには、深刻そうな顔をした亮介と、その横で俯く玲奈の写真が使われている。どこまでも演出過剰な男だ。


俺はこのURLをコピーし、とある掲示板に貼り付けた。

そこは、ネット上の炎上案件や暴露話を好む人間が集まる、アングラなコミュニティだ。

『明日、この配信で面白いことが起きる。某高校の生徒会長が、横領の罪を副会長になすりつけて公開処刑しようとしてるんだが、実は……』

少しだけ匂わせる書き込みをしておく。

これで、校内だけでなく、ネットの向こう側の「観客」も増えるはずだ。

亮介は有名になりたがっていた。だから、その夢を叶えてやる。ただし、彼が望む形ではないけれど。


時計の針は午前三時を回っていた。

準備は全て終わった。

俺はベッドに横たわったが、眠気は来なかった。

天井を見上げる。

玲奈の顔が浮かんだ。

出会った頃の笑顔。一緒に勉強した放課後。初めて手をつないだ日。

「湊くんはずっとそのままでいてね」と言った彼女。

それらが、走馬灯のように駆け巡り、そして燃え尽きていく。


もし、俺がもっと器用だったら。

もし、俺がもっと言葉を尽くして彼女に接していたら。

もし、亮介が生徒会長にならなければ。

いくつもの「もし」が頭をよぎるが、それはもう無意味な思考だ。

現実は一つしかない。

俺は裏切られ、彼らは裏切った。

そして明日、その代償が支払われる。


「……さようなら、玲奈」


俺は目を閉じた。

それは、かつての恋人への別れの言葉であり、明日から始まる新しい人生への挨拶でもあった。


翌朝。

俺はいつもより早く登校した。

誰とも顔を合わせたくなかったからだ。

体育館には、すでに会場設営の準備がされていた。パイプ椅子が並べられ、ステージには演台が置かれている。

俺はステージ袖の操作卓に向かった。

誰もいない静かな体育館。

俺は持参したノートパソコンをプロジェクターのケーブルに接続した。

画面テスト。

スクリーンに『真実の決算報告』という文字が一瞬映り、すぐに消える。

接続は良好だ。音声出力も確認する。

俺はケーブルを抜き、パソコンを鞄の奥深くに隠した。


教室に戻ると、すでに数人の生徒が来ていた。

俺を見るなり、ヒソヒソと話をする。

「来たよ、主役」「今日で最後かな」「よく学校来れるよな」

俺は無視して席に着く。

机の上には、昨日よりも増えた落書きと、萎れた菊の花が一輪置かれていた。

死人扱いか。悪趣味極まりない。

俺は菊の花を無造作にゴミ箱へ捨てた。

誰が死ぬのか、それは数時間後に分かることだ。


昼休み。

放送が流れる。

『生徒の皆さんは、五時間目の授業開始までに体育館へ移動してください。臨時生徒総会を行います』

亮介の声だ。弾んでいるのが分かる。


教室がざわめき立つ。

「よし、行くか」「最前列取ろうぜ」

お祭り騒ぎの生徒たち。

俺はゆっくりと立ち上がった。

鞄を持ち、その重みを感じる。この中に、彼らの破滅が入っている。


廊下に出ると、向こうから亮介と玲奈、そして堂島が歩いてくるのが見えた。

まるで凱旋パレードだ。

亮介は俺を見つけると、ニヤリと笑った。


「よう、湊。準備はいいか?」

「ええ、万端です」

「顔色が悪いぞ? まあ、緊張するのも無理はないか。……玲奈ちゃん、彼に声をかけてやって」


亮介に促され、玲奈が俺の前に立つ。

彼女は祈るように手を組んでいた。


「湊くん。……本当のことを話してね。嘘をつかずに、全部認めて。そうすれば、きっとみんな分かってくれるから」

「ああ。本当のことだけを話すよ」


俺は彼女の目を見て答えた。

彼女は安堵したように微笑んだ。


「よかった……。信じてるね」


その言葉が、俺の中の最後のトリガーを引いた。

信じている。その言葉の軽さ。その言葉の無責任さ。

もう十分だ。


「じゃあ、先に行ってるよ。ステージで待ってる」


亮介が言い、三人は体育館へと向かっていった。

俺はその背中を見つめながら、小さく呟いた。


「招待状は受け取ったよ。……地獄への特等席だ」


俺は一歩、踏み出した。

足音は力強く、迷いはない。

体育館からは、すでに全校生徒のざわめきが聞こえてくる。

その喧騒が、俺を呼んでいる。

さあ、始めようか。

俺の、そして君たちの、終わりの始まりを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ