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「ここで事故したあの日から、俺は君にゾッコンだ。どうかこの気持ち、受け取ってくれないか!」
片膝をつき、胸元に手を当てたミノルは、一世一代の告白をする男のように凛々しい顔をしていた。同時に、その顔は火照り、額に汗も滲んでいる。
カンマがポカーンと口を開けたまま、ゆっくりとカゴの元へ移動する。同じようにポカーンと口を開けたままのカゴと目を合わせた。
「君が男に酷いことをされたって、知ってる。きっと君は、異性が憎くてたまらないはずだ。それも理解した上で、俺は君に惚れた。どうか、この気持ちだけは知ってほしい。俺は君のことが、好きなんだ」
静寂が支配したトンネル内。どんよりとした空気に、まるで似合わない愛の告白が響く。ミノルはぎゅっと目を瞑り、言葉を続けた。
「女性が、男から一方的に好意を受けることに恐怖を抱いていることも、そういうのが迷惑だと感じているのも知ってる。ネットで調べ上げた情報だ、間違いない」
「……幽霊相手に律儀だな」「幽霊も一人の女性だからね」「まぁ、そうか……」。カンマとカゴは野次馬のように二人の光景を眺めていた。
「けれど、俺は君が好きだ。あの日、ボンネットに落ちてきた君と目が合った瞬間に、俺は恋に落ちたんだ」
「上手いね」「これが言いたかっただけだろ」「あーね」。二人は腕を組み、コソコソと話した。
「ていうか! え!? 仇討ちじゃないの!?」
カンマが我に返り声を張り上げた。カゴも思い出したのか「あっ」と叫ぶ。ミノルが振り返り首を傾げた。
「仇討ち……?」
「事故した時に亡くなったご友人の仇を取るために、会いたかったんじゃないんですか!?」
「友人……? あぁ、ユキトは普通に生きてますよ」
「ホゲー!」
「嘘だろ、死んでないのかよ!」と叫ぶカンマの頭を、「不謹慎だろ」とカゴが叩いた。
「でもさっき、車内でご友人の話をされた時に、口ごもってましたよね?」
車内の中で、ミノルは「俺にも友人がいましたが……」と言っていた。いました、という過去形の言葉を発したはずである。
ミノルはケロッとした表情で「あぁ」と笑った。
「彼女に恋をしていると告げたら「俺らを事故に巻き込んだ幽霊に惚れたとか大丈夫かよ!?」って散々罵られて……結果的に疎遠になりました」
「そりゃそうじゃ」
心底呆れたようにカゴが肩を落とした。
「じゃあ、坑口に添えられていた花も……」
「あぁ、よくお気づきになりましたね。あれは俺がほぼ毎日彼女に供えてる花です」
律儀だなぁと思う反面、気持ち悪さを感じたカゴは「……へぇ」とだけ呟いた。
「俺は君と出会ったあの日を境に、生まれ変わったんだ。控えていた就活も頑張って、大企業とまではいかないが、君に恥じることのないような、胸を張れる会社に就職することができた」
凛々しい表情のミノルは、どこか晴ればれとしている。
「……俺は君から無理に答えが欲しいわけじゃない。ただ、会ってこの気持ちを伝えたかった」
ミノルがごくりと喉を鳴らす。空気が止まったような気がした。
「改めて言うよ。好きだ。あの日からずっと、君のことが」
ミノルは顔を俯かせた。幽霊は黙ったまま、彼を見つめている。その目は、どこか光を孕んでいた。
幽霊はゆっくりと立ち上がり、踵を返す。その背中を、ミノルは何か言いたげに見つめ、唇を噛んだ。
「……」
幽霊は、やがてチラリと顔を傾けた。ミノルを見るその表情は、どこか照れたような色を含んでいる。
「ねぇ、幽霊さん。僕からも一言いい?」
「空気読めよお前」
「僕はさ、君がやってることは肯定できない。でも、恨みを持つ人間の気持ちは痛いほど理解してる。だから、男たちを脅すことをやめろとは言わない」
幽霊がカンマを見た。
「でも、手当たり次第に男たちを驚かせるのは、やめてあげて欲しいな。本当に悪そうな連中にだけ、制裁を加えようよ。そうした方が、きっと君も気分がいいに決まってる」
「ね? 何回もボンネットに落ちるのは痛いでしょ?」とカンマが笑う。幽霊はジッと彼を見たあと、こくりと頷いた。
そして、ミノルへ視線を投げる。
「わたし……」
「うわぁ、喋った!」
「カンマ、お前うるさい」
カゴが肘でカンマを小突いた。
「わたし……マカロン嫌い。クッキーの方が好き」
そう言い残し、彼女が消えた。ミノルは硬直させていた体を解き、泣き出す。
「こ、この前お供えしたマカロンのこと、見てくれてたんだ……」
彼は大粒の涙を流し、嗚咽を繰り返した。「次は、絶対にクッキーを持ってくる。約束だよ」と肩を震わせる。
「いやぁ、いい話だなぁ」と涙ぐむカンマに「いうほどいい話か?」とカゴが顔を顰めた。