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「あの……」
「あ、依頼主さん!? どうぞ、こっちのソファへ腰をかけてください」
カンマは花が咲いたように笑い、ソファの表面を手のひらで払った。依頼主と呼ばれた男は、ぺこりと頭を下げて腰を下す。
推定二十代の若い男は、黒髪にスーツといった真面目な格好をしている。首元を緩め、目に緊張の色を滲ませていた。
その様子を眺めていたカゴは窓際から離れ男の向かいに腰を下ろした。キッチンから茶と和菓子を持ってきたカンマも、隣に腰を下ろす。
「どのようなご依頼で?」と浮ついた声で尋ねたカンマ。男は二人を交互に眺め、唾液を嚥下した。
「俺は、佐竹ミノルっていいます」
「僕は久才カンマっていいます! 隣に座ってるのは籠篭カゴ! カゴカゴカゴ! カゴが三つでかごごもりカゴです! 変な名前ですが、覚えて帰ってください! どうぞよろしく!」
「声でっか。ていうかなんで俺の自己紹介までお前がするんだよ、意味わかんねぇ。頭おかしいのか?」
いつも通りのカンマにカゴが頬を引き攣らせる。「アハハ」と無理に笑顔を浮かべたミノルは額に滲んだ汗をポケットに入っていたハンカチで拭った。
「……この「カンカゴなんでも屋」は……その……」
「はい!?」
「うるせぇって、俺の鼓膜を破りたいのかテメェは」
「……心霊系にも、対応してくださるんですよね?」
場の空気が止まった。ミノルが伏せていた視線を上げる。カンマとカゴはそれぞれ目を見合わせた。
「……はい、対応しています」
「よかった、噂は本当なんですね」
ミノルはホっとしたのか、胸を撫で下ろす。自分がただの「なんでも屋」に出向き、不可解なことを言う変人にならず良かったと安心しているようだ。
カゴはそんな彼を見て、どこからこの事務所の噂を聞いたのだろうかと耽る。
カンマは客人のために出した和菓子を手に取り、口に放り込んだ。もちゃもちゃと口を動かすカンマを横目に、カゴが口を開く。
「ご安心を。俺たちは文字通り「なんでも屋」です。それで、ご依頼は?」
「……とあるトンネルを調べて欲しいんです」
ミノルは膝に肘をつき、前屈みになった。絡めた拳に顎を添え、目を瞑る。
「遡ること一年前。俺は友人と共にとあるトンネルに入りました。そのトンネルは地元でも有名な、いわくつきの場所でした。いわゆる、心霊スポットです。そのトンネルを通ると、女がボンネットに落ちてきて事故をする────通称「落ちてくる女」が出ると噂されていました」
カゴがコーヒーが注がれたマグカップに口をつける。啜る音が事務所内に響いた。
「新たに作られた橋のおかげで、そのトンネルがある道路はほぼ行き交う人がいませんでした。だから、さらにもっと噂の力が濃くなったんだと思われます」
ミノルは何かを思い出しているのか、瞼がピクピクと動いている。カンマは口の中に含んでいた和菓子を嚥下し、客人のために出した茶を飲み干した。
「────当時俺たちは……いや、友人であるユキトはとある動画配信者に影響されて、自分たちもそういう経験をしてみたいという好奇心でそこへ向かったんです」
「あぁ、いますよね。そういう動画配信者。「俺たち心霊ズ」が火付け役者な気がする……」
「ご名答。俺たちは彼らに憧れてそのトンネルへ向かいました。今でも人気ですが、当時もかなり人気で。ユキトはそれに感化されたんです」
なんだその馬鹿げた名前の配信者は……とカゴは腕を組みながら思った。そこでふと、あることを思い出す。確か、カンマが動画を無理やり見せてきたことがあった。
動画に映った二人組は成人済みの男だった。茶髪で髪の短い男が荒くれ者キャラで、赤毛のぱっつんの今どき風な男がツッコミ役といった、動画向けのキャラクターをした二人組。
彼らは廃墟や心霊スポットに行っては恐怖体験をし、それを動画に記録している────。
あんなヤラセくさい動画でも観てもらえるんだから、世の中って案外楽勝だなとカゴはため息を漏らした。
「俺は正直、行きたくなかったんです。あの時、どうしてもっと強く行くことを拒まなかったのか……と今でも後悔しています」
当時を振り返っているのか、ミノルの顔色は悪い。




