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久才カンマは事務所へ入るなり、大袈裟すぎるため息を漏らした。手に持っていたボロボロのビニール傘を玄関先に置き、大股でソファへ近づく。
「事務所で寝るなって言ったろ」と声を張り上げた。怒鳴るたびに、焦茶色のふわふわとした髪が揺れる。
窓へ近づき、遮光カーテンを全開にした。差し込んだ朝日は、浄化するように部屋内に差し込む。
ソファで眠っていた籠篭カゴは渋い表情をしながら光を腕で遮り、かけていた薄いタオルケットを顔に被せる。「まだ寝てたいんだよ、ボケ」と掠れた声を漏らす。
そんな彼を無視し、カンマはタオルケットを剥いだ。「もう営業時間だから起きて」と言われ、渋々カゴが体を起こす。
センター分けにした額にかかる茶髪をかき上げ、背伸びをする。刈り上げた頭部を乱暴に掻き、目を擦った。
「何が営業時間だよ。どうせ今日も依頼なんてこねぇよ」
「きたらどうするつもりだよ」
「どうすっかな」
「じゃあ、小指を賭けようよ」とウキウキしながら言い放つカンマに「朝から頭がおかしい発言しないでくれ」と返し、カゴはソファから降りた。他人よりちょっとだけ不自由な左足を庇いつつ、窓際へ寄る。
五階から外を見下ろす。雑居ビルが並ぶ風景は決して綺麗なものとは呼べないが、カゴはこの光景が意外と嫌いではなかった。
「ちょっと、カゴ。落ちないでよね」
カンマが子供のように頬を膨らませた。わざとらしい仕草を、カゴが鼻で笑う。
「コーヒー、ブラックでいいんだっけ?」
「おー」
キッチンでコーヒーを淹れていたカンマへ声をかけられ、カゴは頷いた。
いつも愛用している縁のかけたマグカップに並々とコーヒーを注いだカンマが、忍足でカゴへ近づく。「誰がここまでいっぱいに入れろって言ったんだよ」と文句を言い、それを受け取ったカゴがため息を漏らした。
「……俺さ、もうこの仕事、辞めてぇんだけど」
「わー! またその話! お願いだからいずみ伯母さんが帰ってくるまで、一緒に働こうよ!」
カンマがオーバーリアクションをしながらカゴへ説得する。カゴは眉を顰め「俺が役に立ってるとは思えないけどな」とひとりごちた。
カンマとカゴは、いわゆる「なんでも屋」というものをやっている。最初はカンマとその伯母であるいずみがやっていたのだが、いずみの失踪によりカンマ一人だけで切り盛りすることとなった。
そんな最中に現れたのがカゴであった。カゴは当時、無職だった。それに目をつけたのがカンマである。元々知り合いであったカゴを口説き落とし、なんでも屋を再出発することができるようになったのだ。
名前は「カンカゴなんでも屋」である。カゴはその名前を聞いた当初、ひどく顔を歪めた。「二人の名前をくっつけるぐらいなら、もうなんでも屋だけでいいだろ」と肩を竦めた彼に「もう一つの提案にクサイカゴっていうのがあるけど、カンカゴとクサイカゴ、どっちがいい?」とカンマが尋ねた。
クサイは久才カンマの苗字から取ったもので、カゴは籠篭カゴから取ったものである。
安易なくっつけ方にカゴはさらに顔を歪め「そんなイかれた名前をつけるなら、カンカゴなんでも屋でいい」と折れた。
「カンカゴコンビで末長くやろうよ!」
「……わかったよ、うるせーなー」
カゴの肩を掴み、ガクガクと揺らすカンマ。そんなカンマの情けない顔と声を目の当たりにしたカゴは「伯母さんが帰ってきたら解散な」と聞こえるか聞こえないか程度の声音でひとりごちた。
「しないよ! 解散なんて」
「うわ、聞こえたのかよ。地獄耳、気持ちわりぃな」
二人が会話をしていると、不意にドアノブが捻られた。ゆっくりと開いたドアに、視線が集中する。入ってきた人物は、おずおずと事務所内をぐるりと見渡した。




