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「ありがとうございます、無理を言ってすみませんでした」
「いえいえ、お世話になったのでこのぐらい大丈夫ですよ」
穏やかな声で我に返る。二人はカンマの緊張など気にしていないのか、会話を続けている。
気がつけばカゴの後ろにいた黒い影は、いつの間にか消えていた。
カンマは目頭を抑え、先ほど見た女を掻き消そうとする。
「どうした? カンマもまた触りたいのか?」と言われ、咄嗟に首を横に振った。
────見間違いだ。
カンマは気を取り直し、タカシたちへ視線を投げた。
「じゃあ、星へ帰ります。カンマさん、カゴさん。この度は僕の依頼を受けてくださりありがとうございました」
「いえいえ。俺たちは、あとをついて回っただけですから」
「……タカシさん、まだ侵略者を続けるんですか?」
カンマの問いに、タカシは「いいえ」と答えた。
「侵略者はやめて、田舎で農業でも始めようかと思います」
「宇宙人でも農業するんだ」「多分、半導体とか育ててんじゃね?」「マジ? 宇宙人ってすごいね」。カンマとカゴの会話に、タカシは苦笑いを漏らした。
こじんまりとした宇宙船に乗り込んだ彼は、手を振る。
「本当に、ありがとうございました」
「バイバイ」
「さようなら、向こうでもお元気で」
瞬きをした刹那、宇宙船はパッと姿を消していた。カンマが「おお、オーバーテクノロジー……」と呟く。
「ミステリーサークルとか、ないね」
「だな。意外とああいうのって人間が考えた設定だったりするのかもしれないな」
カゴがうんと背伸びをする。「じゃあ、俺らも帰るか」と左足を庇いながら踵を返した。
「……カゴってさぁ」
「あ? なんだよ」
カゴが振り返る。カンマは口ごもりながら、人差し指で頬を掻いた。
「カゴって、なにか恨まれるようなこと、した経験ある? 特に、女性相手に……」
カゴの表情が固まった。やがてスッと顔から色を無くす。
カゴの表情に、カンマは困惑した。
カゴは無言でフイと顔を背けると、黙って歩き出す。
「なんでだ?」
「えっと……」
『さっき君の背後に、女の黒い影が見えたから』────そう言いかけたカンマは、言葉を飲み込んだ。
これ以上踏み込めば、関係が壊れると直感したのだ。
カンマは空元気な笑い声をあげてごまかす。
「ううん、別に!」
小走りでカゴの背中を追いかける。横に並ぶと、カゴがカンマを見つめた。「あっそ」と笑ったカゴに、カンマはホッと胸を撫で下ろす。
「……あー!?」
「うわっ、びっくりした。なんだよカンマ」
大声を上げたカンマは、頬を押さえて青ざめた表情を浮かべていた。「ヤバいよ、カゴぉ!」とカゴに縋り付く。
「なんだよ、うっせーな。俺の鼓膜を破りてぇのか、お前は」
「報酬、貰ってないよ!」
「あっ」
顔を見合わせたカンマとカゴは「帰ってこい、宇宙人!」と空を見上げ、指を差して叫んだ。
しかし、叫んだ声は反響しただけである。
「あー、もう! 働き損だよぉ……」
ヘナヘナと地面に座り込んだカンマにカゴは「先払いシステムを導入するべきだな」と肩を竦めた。
「ぎゃっ」
「ひっ」
そんな二人の間に、突然ポンと封筒とレジ袋が現れた。驚いて後ずさったカンマとカゴは、転びそうになりながらも体勢を立て直す。
「なんだこれ」
おそるおそる近づいたカゴが封筒を開くと、中には札束が入っていた。
「……金が入ってる」
札束を取り出し、カンマに見せると、彼は目を輝かせた。
同封されていたメモには「支払い忘れていました、ごめんなさい。あと、大家さんから頂いたお饅頭、お渡しするの忘れていました」と記されている。
「本当に律儀だな」
「よかったー! タダ働きしなくてすんだー!」
今にも踊り出しそうなカンマ。彼を横目に、カゴが封筒に入っている金を取り出し、眉を顰める。
「……これ、日本円じゃねぇな」
「え……?」
「ていうか。そもそも、どこの通貨でもない」
「はあぁー!?」とカンマが目を見開く。カゴの手から札をひったくり、マジマジと見つめた。見たことのない文字列と奇妙な絵が描かれた札は、どの国でも通用しないだろう。
「本当じゃん! なんだよ! ふざけるなー!」
「宇宙人もまだ紙の金使ってるんだな、意外」
「変なところに食いつかないでよ、カゴ!」
「帰ってこいよ、宇宙人ー!」。叫んだカンマの声が、空に響いた。




