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「ありがとう、大家さん」
「こちらこそ。また帰って来なさい。いつでも待ってるわ」
「じゃあ……」と立ち去るタカシのあとを、カンマとカゴが追った。
早足になるタカシを、カンマが引き止める。
「待ってください、タカシさん」
アパートの近くにある空き地へ辿り着いた銀色の猫背が、ぴたりと歩みを止めた。ゆっくりと振り返ったタカシの顔を見て、カンマとカゴがギョッとする。
「タカシさん、泣きすぎでは」
「だって、宇宙人の僕にこんなに優しくしてくれるなんて……」
タカシの頬を、大粒の涙が伝っている。両手で何度も顔を拭っていたが、止まる気配はない。「侵略しようとしていた自分が、情けなくなりました」と続ける。
「人間がこんなに優しい生き物だと知っていたら、侵略対象にしていませんでした」
泣きじゃくる彼に、カンマがため息を漏らす。
「違いますよ、タカシさん。人間は、そこまで優しい生き物じゃない。良い人もいるでしょう。それは否定しません。けれど、きっと割合は悪い奴らの方が多い。そんなに美しい生き物じゃないですよ、人間は」
カンマが腰に手を当てた。
「────あなたが優しいから、相手も優しくなるんです。対人関係は鏡です。あなたが優しくしたから、相手が優しさを返してくれる。それだけのことです」
「一つ言えることはあなたは義理堅く、優しすぎるから侵略者には向いてないかもってことですね」とカンマが笑った。その言葉にタカシが困ったように目を細める。
「そうですね。今回の件で分かったことは、僕は侵略者には向いてないってことですね」
タカシが指を鳴らす。次の瞬間、目の前にこじんまりとした宇宙船が現れた。人ひとりがギリギリ入れるであろうそれを見てカンマが声を上げる。
「これが、宇宙船?」
「えぇ、これで帰ります」
「しょぼ! もっと大きな円盤状の乗り物かと思ったのに!」
「おい、それ以上はやめとけ」とカゴがカンマを肘で小突く。「だって、カゴもしょぼいって思ったでしょ?」と問われ、カゴも「……ほんのちょっとだけ」と同意した。
タカシは「あんな大きなので来ると、バレるので……」と頬を引き攣らせる。
「あの、タカシさん。最後に一つ、良いですか……?」
カゴがどこか照れたように言葉を漏らした。後頭部を掻きながら俯いたカゴに「なんでしょう?」とタカシが答える。
「……頭を、触って良いですか?」
「あっ、やっぱりカゴも触りたかったんだぁ!」
「うるさい、大声で言うな!」
カゴがカンマを叩く。タカシはカゴに近づき、頭を下げた。「どうぞ」と促され、カゴは唾液を嚥下する。おずおずと人差し指を伸ばし、頭部を突いた。
「うわっ、ブニブニしてる」
「でしょ?」
「やば、触り心地めっちゃ良いじゃん」
きゃっきゃと声をあげるカンマは愉快げだ。いつもは見せない子供のようなはしゃぎ方をするカゴに、カンマはなぜか嬉しくなった。
しかし、カゴの背中にある黒い影を見て、体を硬直させる。
頭部が異様にデカく、目が左右非対称の女の顔がそこにはあった。長い髪を垂らし、カゴを睨みつけている。
カンマはカゴの愉快げな表情と、女の憎しみのこもった表情のアンバランスさに、何も言えないまま固まった。




