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「すみません、侵略しに来たとか変なことを言ったばかりに……」
「いえ、こちらこそ取り乱して、すみません」
カンマは口を閉じ、宇宙人の次の言葉を待った。
「結論から言いますと、僕はもうこの地球を侵略するつもりはありません」
客人用に出していた湯呑みを手に取り、カンマが一気飲みする。
「……星へ帰るので、お世話になった人たちに本当の姿を見せた上で、感謝と謝罪をしたいのです」
宇宙人の釣り上がった真っ黒な瞳が伏せられる。
「最初は、本当に侵略するつもりでこの星に降り立ったんです。人間を徐々に洗脳し、地球を乗っ取ろうと計画していました」
宇宙人は長い指先を交差し、指遊びを始めた。
「……今の僕は、宇宙人にしか見えないでしょう? でも、人間に擬態することができるんです。最初は十九歳の大学生に化けました。アパートを借りて、そこで生活を始めたんです」
「へぇ、宇宙人って変身できるんだ、すごい」とカンマはさっきの騒ぎを忘れたように、興味津々な声を上げた。
「そのアパートの二階。一番端の一室が、僕の地球侵略のスタートでした。しかし、引っ越してきた日に、ある人と出会ったんです。それは一階に住まうアパートの大家さんでした。腰を曲げた白髪の彼女は、僕に肉じゃがをくれたんです。「作りすぎちゃってね」「口に合うかどうかわからないけど」「いらなかったら捨ててちょうだい」と言い残し、亀のようなスピードで階段を降りていきました」
その情景が目に浮かび、カゴが思わず小さく笑う。
「……肉じゃがは、とても美味しかったです。地球の食べ物はよく分からなかったけど、心が温かくなって。ああ、地球人って優しいんだなって────でもそこで僕は、我に返りました。この程度で絆されるようでは侵略者として、失格である、と」
「まあ、肉じゃが如きで絆される侵略者はチョロすぎるな」
カゴがぽつりと呟く。
「気を取り直して、効果的な侵略方法を考えました。第一に、騙しやすいのは子供だと思ったんです。そこで僕は、小学生男児に擬態して、公園に向かったんです。そこにはサッカーに明け暮れる小学生男児がいました。でも
……」
宇宙人は目を伏せた。
「人見知りで、声をかけられなかったんです……」
「侵略する気あんのかよ?」「宇宙人でもコミュ障っているんだ」。カゴとカンマはそれぞれひとりごちた。
「何日か通い詰めたある日、サッカーをしていた少年のひとりが声をかけてくれたんです。「一緒に遊ぼう」って。それから僕は、少年たちと仲良くなりました────彼らの温かさや優しさに、心を奪われたんです。まっすぐで健やかで純粋で……本当に素敵なんです、小学生男児って」
「宇宙人さん、それ、人間の成人男性が言ってたらアウトですよ」
「警察を呼ばれますよ」
宇宙人はその小学生を思い出しているのかうっとりと目を瞑っている。「やっぱり、檻にぶち込んだ方が良くない?」とカンマがカゴに耳打ちをした。
「それで、彼らに、感謝を伝えたいんです。今のこの姿のままで。でも、きっと拒絶されてしまう。だから、あなた方に協力してほしいのです」
身を縮こませて俯いた宇宙人に、カンマとカゴは目を見合わせた。どちらからともなく「いいですよ」と返す。
「本当ですか?」
「もちろん。一緒に感謝の言葉を伝えましょう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げたその頭部をカンマが人差し指で突いた。「やめろ、カンマ」と制するカゴもまた、頭部を触りたくてウズウズしている。
「……あと僕の名前は、タカシって言います。これは地球名として名付けました。僕を呼ぶ時はタカシって呼んでください」
顔をあげた彼に、カンマが「タカシ……」とひとりごちる。
「じゃあ、本当の名前ってなんて言うんですか?」
「多分、聞き取れませんよ?」
「えー、聞きたい。教えてください!」
カンマのワクワクとした目に、タカシが気圧される。「分かりました」と頷き、名前を告げた。
「▽◇◎$£※⊆〒√○」
「あ、本当だ。何ひとつ聞き取れない……」
「宇宙語、きも……」
カンマとカゴは、頬を引き攣らせた。




