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カンカゴなんでも屋にご相談を!  作者: 中頭
落ちる女

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10/19

10

◇◇◇


 ────最悪だ。

 北條リコは車に乗ったことを後悔していた。けれど、今さら降りたいだなんて言えない。

 右には地元の先輩である加治、左にはその後輩の塩谷がいて、リコを挟んでいた。ドアを開けて逃げ出そうにも、難しい状況である。

 リコは運転席と助手席へ視線を投げる。運転席に座る坊主頭とパーマ頭の男は今日初めて会った人物だ。

 ほぼ面識がない男に囲まれ、リコは顔を伏せた。車内に漂う甘ったるい香の匂いと趣味の悪い音楽が、吐き気を誘う。


「今から、どこへいくんですかぁ?」


 なるべく、彼らに不快感を与えないようにとリコが軽い口調で問う。隣にいた加治が「この山道の先にある廃ホテルだよ」と並びの悪い歯を見せた。

 「えぇ、なんで?」とリコ。その額には汗が滲んでいる。厄介なことに巻き込まれたな、と冷える心臓をなんとか動かす。

 「いいじゃん。肝試し、肝試し」と塩谷が笑った。


「私、明日バイトが早いから帰りたいなぁ。ねぇ、そこのトンネルでUターンしてくれません?」


 落ち着いた声音で、なんてことないようにリコが提案する。しかし、運転席に座った坊主頭────確か名前は遠藤だった気がする────がギロリと睨んだ。


「いちいちうるせーな。大人しくついてきたらいいんだよ」


 その声色に、体が縮こまる。隣にいたパーマ頭の男────確か名前は……もうどうでもいいや────が坊主頭の肩を小突いた。


「やめろよ、リコちゃん怖がってるじゃん。それよりこのトンネル、出るらしいぞ」


 車がトンネル内に入るなり、パーマ頭の男がそう言った。

 「うそくさ」「出るもんなら出てみろよ」と笑い合う男の声に合わせて、無理やり頬を引き攣らせる。

 ────本当に、まずいかも。

 リコは膝の上で手のひらを握り締め、項垂れた。

 途端、左にいた塩谷が腹を押さえて前屈みになった。彼の顔色は悪く、汗をダラダラとかいている。

 「車、止めてくれ」とゾンビのような声を漏らしたかと思うと、今度は坊主頭の男が悲鳴をあげた。


「なんだよ、この音!」

「ど、どうしたんだよ」

「女の悲鳴が聞こえる! やめろ、やめろ!」


 車が勢いよく止まる。同時に、坊主頭の男が運転席から飛び出し、トンネルの奥へ走っていった。

 「なんだよ……」とひとりごちたパーマ男がぴたりと動きを止めた。


「前が見えない」

「は? お前までどうしたんだよ」

「真っ暗で何も見えないんだよ!」


 助手席でバタバタと暴れ出したパーマ頭の男。そして、腹痛を訴える塩谷。

 今度は加治が「ぎゃあ」と悲鳴をあげた。彼は腕を掻きむしり何かを払うようなそぶりを見せる。「虫が、虫が!」と叫び出した。

 リコはポカンと口を開いたまま、狂い出す男たちを眼球だけを動かし目で追った。先ほどとはまた違う汗が、全身を包み込んでいる。

 塩谷が口元を抑え、後部座席のドアを開けた。そのまま、崩れるように外へ出る。

 ────今なら。

 何が起こっているか不明だが、今なら逃げることができる。

 そう思ったリコは塩谷を踏みつけながら外へ出た。


「いったい、どうなって……」


 トンネルへ入った途端、男たちがおかしくなった。どういうことなのだろうと首を捻る。しかし、ここで早く逃げなければまた厄介ごとに巻き込まれるかもしれない。

 リコはヒールを鳴らし、トンネル内を駆けた。

 ふと視線を感じ、振り返る。


「……っ!」


 放置された車の近くに、妙齢の女性が立っていた。リコと同年代ぐらいであろう彼女は、こちらを見つめている。リコは硬直し、唾液を嚥下した。

 ────いつの間に?

 先ほどまで確実にいなかった存在に、背筋が凍る。「あの」と声をかけようとした途端、その女性はにこやかに微笑んだ。

 やがてゆっくりと坑口へ指を差す。早く逃げろと言いたげな彼女の仕草に、リコは無意識に頷いた。

 走る途中、後ろへ視線を投げた。

 先ほどまでそこにいた女性は綺麗に姿を消していて、残っているのは断末魔をあげる男たちだけである。

 リコは言い表せない奇妙さを孕みながら、なんとかトンネル外へ出た。


「な……なんなの、意味わかんない……」


 乱れる呼吸を整え、リコは早歩きでその場を去ろうとする。しかし、山道は街灯一本もなく、暗闇が支配していた。

 ポケットに入ったスマホも電池切れで、思わず舌打ちをする。


「わっ」


 リコが顔を上げると、遠くから明かりが見えた。ハイライトで道を照らしているのは、車だ。

 助かった、とリコは手を大きく振る。車はリコの姿に気が付き、停車した。

 ────でも、どうして夜中にこんな山道を……? この道はほとんど人が通らないはず……。

 リコは、山道を走る車を止めたことに早くも後悔していた。

 しかし、自力で山道を下り、自宅まで辿り着けるかと言われればそれは厳しかった。

 止まった車には、男が乗っていた。若い彼は、リコの姿を見て目をまんまるとさせている。


「きみ……こんな時間に、こんなところで一体なにを?」


 ────こっちのセリフだ。

 リコは吐きそうになった言葉を飲み込む。


「実は、男の先輩に無理やりこんなところにまで連れてこられて……」

「……え? 大丈夫かい!?」

「え……えぇ。私は大丈夫です。ただ、先輩たちがあのトンネルに入った途端におかしくなっちゃって……」


 「変な声が聞こえたとか、目の前が暗くなったとか、虫が見えるとか、腹痛になったとか……そんなことを言い出して……」。そう言い終えると、男は納得したように頷いた。


「そうか、そうか。事故を起こさせるんじゃなく、そういう罰を下すようにしたのか」


 うんうんと首を縦に振る男に、リコは顔を引き攣らせる。

 ────なんなんだろう、この人もやっぱり変な人なのかなぁ。

 男は顎を動かした。後部座席に座るように促す。


「乗りなよ。家まで送ってあげるよ」

「え……でも……」


 本当に信用していいのだろうか。彼も変な人なのでは……。リコは不安に襲われたが背に腹はかえられない。

 「お、お願いします」と頭を下げ、後部座席に座った。

 道をUターンした車は、そのまま緩やかな速度で進む。


「そっか、ピンチになったきみを彼女が助けてくれたんだ。よかった、よかった」


 誰に伝えるでもなく、ただ一人で納得したようにボソボソと呟く男の頭部を見て、やはり乗るべきでは無かったかな、とリコは後悔した。


「あの……一ついいですか?」

「何かな」

「なんで、こんなところを走ってたんですか?」


 地元の人間ならこの道はほとんど通らないとリコは知っている。


「俺はね、あの先にあるトンネルに用事があるんだ」

「トンネルに?」

「そう、トンネルに」


 トンネルマニアか何かだろうか。リコはそんなことを考えながら、深く聞かないようにした。

 やっと厄介な男たちから逃れたのに、また新たなトラブルに巻き込まれたく無かったからだ。


「……はは、俺のこと、変なやつって思ってるでしょ?」

「思ってません!」

「大丈夫、周りにもよく言われるから気にしてないよ」


 ────言われるんだ。

 リコは妙に納得した。


「ごめん、きみも不審に思うよね。俺は佐竹ミノルって言います。決して、きみを攫ったりする悪いやつじゃないよ」


 ミノルと名乗った男は横目でリコの方を見て、静かに微笑んだ。

 それから、何事もなく車はリコの自宅までたどり着いた。

 リコを降ろし「変な男とは縁を切るんだぞ」と言い残したミノルは、颯爽とその場を後にした。

 ぽつねんと取り残されたリコは、自宅マンションの前で数秒、立ち尽くした。

 不審者だと思いきや本当にただ送ってくれただけの男、トンネルの中にいた女、なぜか苦しみ出した先輩たち。リコの頭の中は情報量で溢れ返り、今にもパンクしそうだった。


 後日、先輩たちは無事にトンネルから抜け出せたそうだ。その後、リコに一切近づくことはなかった。彼らはトラウマを植え付けられたのか、数日間は「トンネルには近づかない……」とブツブツ呟く廃人になっていたらしい。

 リコはというと、よくわからない現象に巻き込まれ、よくわからない男に助けられ、よくわからない経験をしたが、あのトンネルで見た女と助けてくれた男の顔を忘れることができないまま、今日も元気にコンビニのアルバイトに励んでいるのであった。

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