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佐竹ミノルはその時、とても後悔していた。なぜ、友人である飯島ユキトの「暇だしドライブに行こうぜ」という言葉に乗ったのか。途中の道で「引き返そうぜ」と言い出せなかったのか。
ガチャガチャとうるさい音楽が鳴り響く車内で、ひどく後悔していた。
運転席へ視線を投げる。爛々とした瞳をしながらハンドルを握るユキトは恐怖という言葉を知らないほど、楽しげであった。
一つため息を漏らす。その音さえも、車内の音楽でかき消された。
「なぁ、もう帰ろうぜ」
運転席へ体を傾け、わずかに声を張った。ユキトは「あ?」と片眉を上げる。ミノルは声が届いたことに、どこかホッとした。
「大丈夫だって、あんなの都市伝説だよ」
「でも、被害者がいるんだぞ」
「考えすぎだって」
「ほら、そんなこと言ってたら見えてきたぞ」。街から離れた物静かな山奥。木々が風にゆらめき、闇に溶けている。ライトを最大にしていなければあたりは真っ暗だ。
そんな道路にポツンと見えたトンネル。ぼんやりと浮かんだそれは、通行人を飲み込む大きな口のように見えた。
ミノルは唾液を嚥下する。異様な雰囲気を孕むトンネルを見て、冷や汗が滲んだ。
「なぁ、その女が見えてきたら、動画回さね?」
「やめろよ、どっかの動画配信者に感化されるの」
トンネル内を車が走る。対向車は一台もなく、前にも後ろにも車はない。通行人は愚か、虫の気配さえない。ただ静かな空洞がそこにあるだけだ。
ミノルはトンネル内を照らす等間隔に置かれた照明へ視線を投げる。もう長らく放置されたままなのか、照明が不気味に点滅を繰り返した。
「てか、お前って幽霊を信じてたりするタイプなのかよ?」
ユキトが馬鹿にしたような口調で、ミノルへ問うた。ユキトの金髪が照明に照らされるたびにキラキラと輝く。その様子を眺めながら、ミノルは窓を少しだけ開けた。大学生になって早々、若気の至りで染めた茶髪が舞い込んだ夜風によって揺れる。
そろそろ就活の時期だ。染め直さなくてはな、とミノルはため息を吐いた。
そんなナイーブな時期でもあるのに、まさか心霊スポットに足を運んでいるだなんて……とミノルはさらに憂鬱になった。
「信じてはいないけど、出るって噂なんだ。こんなところをわざわざ走るなんて、どうかしてる」
ミノルは眉間に皺を寄せ、ため息を漏らした。
まさかドライブの行き先がこのトンネルだとは思ってもいなかった。ここへ来るのなら、誘いに乗らなかったのに、と思わず愚痴をこぼしてしまいそうになる。
「噂ってだけだろ? 出ない出ない」
「それで出たら、責任取れよ」
「おう、いいぜ。何にする?」
「……そうだなぁ」
「最近、街中にできたラーメン屋の全盛りラーメン奢れよ」。そう言いかけたミノルは急激に切られたハンドルにより舌を噛みそうになる。そのまま車はトンネル内の壁に激突した。悲鳴さえ上げることができない強い衝撃が全身に広がり、同時に痛みと熱が帯びる。
エアバッグに頭を預けたミノルは、運転席へ視線を投げた。ユキトはすでに息絶えているのか、頭から血を流し、ぴくりともしない。
薄れゆく意識の中、ミノルは自分の目に焼き付けた光景を思い出していた。
ボンネットに落ちてきた、女の笑顔を。




