第九話
「おじゃまします」
玄関で靴を脱ぎ、丁寧に揃えた。以前は私の家は晴の家の隣にあったし、ここに来たことだって初めてでは無かったが久しぶりに来た為、少し緊張した。晴がふすまを開けてくれて居間に通されると、晴のおばあちゃんがリクライニングチェアに身体を預けていた。
「おー莉乃ちゃん。こないだまで小さかったのにこんなに大きくなって。綺麗になったね」
晴のおばあちゃんが緩やかに目を細めると、目尻のところに深い皺が刻まれた。私も笑みを返し、「おばあちゃんもお元気そうで何よりです」と傍に座り肩に手を置いた。子供の頃は、晴の家に来るとおばあちゃんがよくおはぎを作ってくれた思い出がある。
「心は元気なんだけどね。身体はもう駄目だねぇ。畳に座ってるとどうにも腰が痛くなるんで、こんな無様な格好で申し訳ないんだけど許しておくれ」
「大丈夫ですよ。おばあちゃんの楽な体勢でいてくださいね」
微笑みかけると、晴が居間に入ってきた。
「おばあちゃん、昨日俺に話してくれた話を莉乃にもしてあげて欲しいんだ」
晴は私を居間に通すなり、すぐにどこかに行ってしまっていた。トレイに載せたコップを私の目の前に置きながらそう言った姿をみて、お茶を淹れてくれてくれていたのだと分かった。
「俺も全部を聞いた訳じゃないんだ。どうせなら莉乃と一緒に聞きたいと思ったからさ」
晴はそう言ってコップの中のお茶をゆっくりと啜った。
「海鳥たちが歌を歌うことを、あいつは恐らく知ってる。今までそれは莉乃だけしか聴けないものだと思ってたから誰にも言わなかったけどさ、あいつが知ってるならおばあちゃんも何かを知ってるかもって思って聞いてみたら、まさかの読みが当たったんだよ。おばあちゃん話してあげて」
晴がおばあちゃんにふっと目を向けたので私も視線を滑らせると、おばあちゃんと目が合った。
「……待ちな。あんたが海鳥たちの歌を聴いてくるから昔の文献でも読んだのかと思ってたら莉乃ちゃん、まさかあんたが海鳥たちの歌を聴けるのかい?」
おばあちゃんの表情にはどこか既視感があると思っていたら、昨日の葉山くんに向けられた表情と重なった。私がちいさく頷くと、「そう、かい。莉乃ちゃんが」とぶつ切りにするのもやっとという感じだった。
「だから何なんだよ? あいつもおばあちゃんもそんな慌てふためいてさ、海鳥の歌が聴こえるってそんなにやばいことなの?」
晴の声は微かに苛立ちを孕んでいた。そんな晴と私に視線を順に滑らせてから、おばあちゃんが言った。
「海鳥たちの歌が聴こえる者はね、この世界で唯一あちら側の世界に干渉することが出来る人間なんだ」