第七話
翌日は、携帯にセットしていたアラームが鳴るよりも早く海鳥たちの歌声を聴いて目が覚めた。それは、父からの手紙の返事が届いた合図だ。私はいつ海鳥たちが歌をうたってもすぐに対応出来るように予め学校に持っていく鞄には返事を書き入れる手紙を用意してる。今日、学校が終わったら海に潜り父に手紙を出そう。そう心に決めて一階に降りた。
「お母さん、今日も店の掃除からやったらいい?」
厨房の中にある台には無数のプラスチックの容器が並べられており、母はタッパーを片手にその容器へとお惣菜を詰めているところだった。どうやら切り干し大根のようで、それを箸で掴む母の手は微かに震えており、何本かが容器の縁に落ちた。
「ねえ、お母さん」
呼びかけたがまるで聴こえてないようだった。淵に落ちた大根を震える手で掴もうとしている。
「お母さん!」
厨房の中へと顔を覗かせて普段よりも幾分声を張り上げて言うと、ようやく母は気付いてくれた。私の目を見て「莉乃、おはよう」と笑みを浮かべてくれたが、どうにもいつもより力無く感じた。
「大丈夫? なんか疲れてない?」
「ここのところ忙しかったからね。でも大丈夫。今が踏ん張り時だからお母さん頑張るよ。とりあえずお店の掃除からお願い出来る?」
私は言わがれるまま店の掃除から始めたが、母の顔にあまりにも疲れがみえていたので少し心配だった。母は月曜日から日曜日までの午前三時から夜の八時までずっと働いている。お店を閉めてからは今度は家の家事に取り掛かる為に休んでいる暇はほとんどない。私も極力手伝うようにしているけれど、それでも実際のところは母の負担の一割を軽減出来ていたらいい方だろう。もっと私も頑張らなくちゃ、とほうきを握る手に力が入る。それから店のオープン準備に取りかかり、朝のピークタイムはあっという間に過ぎた。
「いってきます」
店の中にいる母に声をかけ、いつものように家の前まで迎えにきてくれた晴と防波堤沿いを自転車で走らせていた時、ふいに晴が「莉乃」と言った。晴がペダルを漕ぐことすらやめている事に気付いたのは、それから程なくしてのことだった。
「あのさ、学校終わったらちょっと時間ある?」
「今日?」
「うん」
「今日じゃないと駄目なの? お母さんが最近疲れてそうでさ、私学校終わったら家の事手伝いたいんだよね。あと、今朝海鳥たちが歌をうたったからその前にお父さんに手紙を出しに行きたいし」
実際にやる事は山のようにある。今の私は、遊んでばかりはいられない。だから断ろうと思っていた。だが、「その海鳥たちの事で話があるんだ」と真剣な眼差しで晴に言われ、私は考えを変えた。