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第十七話

その日の夜には晴と付き合ったことを母に報告した。母は「晴くんになら安心して莉乃を任せられる」と泣きながら喜んでくれた。夕食は心做しかいつもより豪華になり、他愛もない話をしながら食べたあと、私はついに母に打ち明けることを決めた。


 こちら側とあちら側の世界。その二つは潮の満ち引きのように互いに押しあっており、あちら側の世界がこちらに寄せてくると海鳥が歌をうたうということ。私はその歌を聴くことが出来るうえに、手紙を通してもう既に亡くなってしまった父とずっとやり取りをしていたこと。晴のおばあちゃんや葉山くんから聞いた話を含め、私は一から十まで全てを話した。にわかには信じられない話だったはずなのに、母は和紙に水を浸していくみたいにすっとこの不可思議な出来事を全て受け入れてくれた。翌日には二人であのポストのある海へと潜り、それから母と父の文通が始まった。


『私です。分かりますか?』


 母が最初に書いた手紙は、このたった一言だった。これじゃあ誰からか分からないよ、と諭す私に「私達はこれで十分なの」と母は頬を緩めた。


『ああ、分かるよ。元気だったか?』


 二日後、海鳥たちの歌声を合図にポストを見に行くと、返事が届いた。母が言った通りだった。


『元気です。いろんなことがあったけど、お弁当屋さんを始めることにしました』

『その事は莉乃から聞いた。本当に迷惑をかけたな。いろいろとすまなかった』

『許しません』

『許してくれないのか?』

『約束破ったでしょう? いつか莉乃が大人になって私達の元を巣立ったら、一緒に年老いて、同じ日に、同じ瞬間に死のうって、莉乃がまだお腹にいる時に約束したじゃない』

『確かにそうだった。約束、守れなかったな。本当にごめんな』

『もういいですよ。許します』

『許してくれるのか?』

『この約束は一度破られたけど、まだ有効です。いつか、私がそっちにいったらこの約束を果たして貰いますから』

『そうか。母さんが優しくて良かった。じゃあ俺は気長にこっちで待ってるよ。お前には、まだやることが沢山あるだろうから』

『はい。待っていて下さい』

『一つだけ、言いそびれたことがある』

『何でしょう?』

『あの日、お前が作ってくれたお弁当今までで一番旨かったよ。あと、愛してる』

『そっちにいったら、また作ります。私も愛してる』


 二人のやり取りは、私が高校を卒業した今になってもずっと続いている。父から届いた手紙を母と二人でみて時に笑い、時に泣き、私達はこの不思議で愛に溢れた日々のかけらを一つずつ大切に胸に仕舞いながら生き続けていた。木製の扉を開けると、ちりん、と鈴の音が鳴る。波を打つ音が鼓膜に触れ、潮の香りが鼻腔をくすぐる。看板を店の前に立てかけて大きく息を吸い込んだ時、歌が聴こえた。


「お母さん、お父さんからの手紙が届いたよ」


 海鳥たちの歌が、今日も空から降り注いだ。




 

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