第十一話
家に帰った時、妙に静かだと思った。母はいつも夜の十時過ぎには眠りにつくが、今はまだ八時前だ。この時間はいつもテレビをみている。なのに、テレビの音すら聞こえない。不思議に思いながら、一階のお店から二階の住居へと階段を昇った。
「お母さん」
呼びかけたが返事がない。階段を登りきってすぐのところが居間だが案の定テレビがついておらず、寝室に行こうかとも思ったが何故か私は引き寄せられるように居間を抜けた先にある台所へと目を向けた。瞬間、え、という声が零れ落ちた。
「お、かあさん?」
まな板と包丁、それから刻まれたネギと刻まれてないもの。それらと一緒に、母は床で仰向けになって倒れていたのだ。
「お母さん!」
身体を揺する。何度も揺する。
「嫌だっ、ねえ、お母さん」
嘘だ。ねえ、やめてよ。
母は私がどれだけ身体を揺すろうが目覚める気配がなかった。ポケットから携帯を取り出し、震える指先を必死に抑えながらも何とか滑らせ、すぐに救急車を呼んだ。それから晴に電話を掛けた。
『莉乃、大丈夫だったか? ちゃんと家に帰』
「晴! 家に帰ったらお母さんが倒れてて、私」
電話口から漏れ出た晴の声を聞き終える前に、私は今みたものを必死に伝えようとした。
『おばさんが? とにかく救急車だ。早く呼べ!』
「もう呼んだ。ねえ、私、もうどうしたらいいか分かんなくて」
『待ってろ! すぐに行くから』
それから五分程で晴は背中を上下させながら家の中へと入ってきて、その更に五分後に救急車が到着した。