女子小学生が引いたおみくじが最悪過ぎた件
「おーい! こっちこっち〜」
遠くから聞こえたそんな声に、小学五年生の少女、天原綾は視線を向ける。視線を向けた先、鳥居の前では少女が手を振っていた。綾は人混みを避けるように進みながら、その少女の方向へと駆け出す。綾の長い黒髪が、元日の冷たい風を受けて大きくたなびいた。
「ごめん、待たせたかしら」
白い息を吐きながら、綾が少女に向かって言う。
「ぜんぜん、私も今来たところだよ!」
綾のクラスメイト、春先愛世はそう明るい声で答えた。
「行きましょっか」
合流した二人は鳥居をくぐり境内へと歩き出す。2人はお互いの自宅近くの神社へ、初詣のため足を運んでいた。
元旦ということもあり、普段は閑散とした境内もいつもと違う賑わいを見せている。
ずらっと立ち並ぶ屋台も物珍しいが、特にキッチンカーで売られているクレープには長蛇の列ができている。愛世は目を輝かせてそれを見つめていた。
「まずは参拝から済ませましょうか」
綾はそう言い、愛世とともに本殿(と言うほど立派でもないが)へと向かう道を進む。
途中、お焚き上げの炎がもうもうと燃えていて、その暖かさに思わず立ち止まり暖をとったりしながら進んでいった。
そうして歩いてしばらく後、本殿に到着した二人は小銭を賽銭箱へ投げ入れ、賽銭箱の前に貼られた参拝手順の説明書きに倣って頭を下げたり手を叩いたりなどする。
全部終わると、前の人にならい本殿から逸れるように左側へと進んでいった。
「......」
と、そこでふと、愛世が足を止める。綾が愛世の視線を注ぐ先を見ると、そこには本殿すぐそばのおみくじ売り場があった。
「ねぇ綾ちゃん! おみくじやろうよ」
愛世がおみくじ売り場を指差し言う。
賛同した綾は愛世と一緒に巫女服を着た女性に200円を手渡し、六角形の箱をカラカラと回す。
すると中から数字の書かれた棒が現れる。その棒の数字を確認した巫女は、手元の机をガラッと開き、数字に対応したおみくじを差し出した。
まずは愛世がもらったおみくじを開く。
「やった! 大吉だ!」
嬉しそうな声でそう言い、愛世はおみくじを綾へと見せつけた。
「あら、良かったわね」
そう言い、綾も自分のおみくじを開き、中身へと視線を移す。
「............?????????」
途端、文面を見た綾の表情は固まった。
「え? あんまり良くなかったの......?」
浮かない表情のまま固まり続ける綾に対し、愛世が少し不安げに言う。
「いや......? そもそもこれ、なんて読むのかしら......」
綾はそう言い、怪訝そうにおみくじを凝視し続ける。しばらくして、見せて見せてと言う愛世におみくじを手渡した。
「......」
おみくじを見る愛世の表情がみるみる青ざめていく。やがて、深刻そうな面持ちで顔を上げた。
「綾ちゃん......これ、極凶だ......!」
愛世が驚いた声でそう言った。
「はい? 何よそれ」
聞き慣れない言葉に思わず綾は聞き返す。
「だから要するに、凶の極みってことだよ!」
「要されても全然分かんないんだけど......」
綾は困惑した声を上げる。そんな綾に、愛世は言う。
「と、とりあえず、一緒におみくじの中身を見ていこうよ! 中身に良いことが書いてあれば、凶でもなんでも問題無しだよ!」
言って、二人は自分のおみくじへ目を向け、最初の項目へと意識を向ける。
「最初の項目は『願望』だってさ」
まずは愛世が、自分のおみくじを読み始める。
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願望 : 万事叶う
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「おおー!」
やはりと言うべきか、大吉の素晴らしい結果に愛世は嬉しそうな声を上げる。
それを横目に、綾も自分の極凶へと目を向けた。
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願望: 全て叶わず
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「うう......酷すぎる......」
あまりの断定っぷりに、思わず暗い気分になる。ここまで言わなくて良いのに。綾は思った。
「まあまあ、他の項目は良いこと書いてあるかもよ!」
言って、愛世は次の項目へと目を向ける。次の項目は『病気』だ。
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病気: 必ず治る
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「相変わらず良いこと書いてあるわね......」
愛世のおみくじを見て、思わず羨望の声を上げる綾。
「私のは下手したら『死ぬ』とか書いてあるんじゃないのかしら......」
そんなことを思いながら、綾は自分のおみくじを読み進めた。
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病気: 死ぬべし
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「おい!!! 『べし』は話が違うだろ!!!」
あまりの内容に、綾は思わず大声を上げた。こっちに命令する権利はおみくじにはないだろ。理外の理不尽さについ怒りを露わにしてしまった。
「まあまあ、落ち着いてよ綾ちゃん。気にせず次見ようよ、次」
そう宥めるように言い、愛世は自分のおみくじへと視線を移す。次の項目には『争い』と書かれていた。
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争い : 勝つ
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「おおー、やった」
愛世が小さく喜ぶ。
「私はどうせ負けるんでしょ」
一方、綾はそう冷めた調子で言い、自分のおみくじへと目を向けた。
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争い : お前が悪い 謝れ
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「なんで決めつけんのよ!」
綾は再び大声を上げた。謝れってなんだ。
まるで依怙贔屓する先生みたいな決めつけをするおみくじに対し、綾はこの寒空の中、じわじわと体温が上がっていくのを感じた。
愛世は「まあまあ、切り替えようよ」とばかりに次の項目を見るよう綾を促すため、二人は次へと視線を向ける。そこには『待ち人』と書かれている。
「待ち人って? 誰とも待ち合わせしてないよ?」
愛世は意味が分からないとばかりに暫く頭をひねって考えていたが、最後には首をひねりそう言った。
「ああ。ここで言う待ち人は、自分の人生に影響を与える、運命の人みたいな意味が近いわね」
綾が言う。継いで
「ま、たぶんあなたには来るわよ」
と、ややぶっきらぼうに言った。愛世は自分のおみくじへと視線を向ける。
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待ち人 : 来る
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「ほら」
「おお、ホントだ」
愛世が小さく反応する。もはや予想できた大吉の内容の良さだ。綾は無感情にそれを眺めた。
それよりも自分のおみくじの方が気掛かりとばかりに、綾は自分のモノへと視線を落とす。どうせ来ない。綾は見る前から確信していた。
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待ち人 : おらず
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「おらず?????」
来ないんじゃなくて、おらず?????
この世のどこにも?????
綾は思わず素っ頓狂な声を上げた。思わぬ結果に黙り込んでいると、愛世がそんな綾の瞳を覗き込んで言う。
「綾ちゃん。逆に考えるんだよ」
「逆?」
「そう、待ち人がいないんじゃなくて、もう既に出会ってるって意味じゃないの?」
「???」
綾が疑問符いっぱいの表情を浮かべる。
「ほらほら、目の前の待ち人を見なよ」
愛世はそんなことを言いながら、自信満々に胸を張っていた。
綾は目の前のちんちくりんの少女を見やる。
愛世との出会いで自分の人生は好転しているのだろうか。むしろ横転しているんじゃないだろうか。綾は思った。
綾がそんなことを考えているうち、愛世は次の項目へと目を向け始める。次は『失せ物』、つまり、無くしたモノに関する項目だった。
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失せ物: 見つかる
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「やっぱりー」
愛世もだんだんと慣れてきたのか、良いおみくじ結果に対してそこまで喜ばなくなっていた。
「失くしたモノが出て来るとして、何が見つかると嬉しい?」
綾が言う。
「うーん、夏休みの工作で作ったタピオカ数珠かなぁ」
「なにそれキモッ」
思わず反射的に声を出す綾。タピオカでできた数珠だよ、と愛世が真顔で言った。そんなもん提出したら図工の成績が地に落ちるだろ。綾は呆れた。
そうして今度は、どうせ失せ物が見つからないであろう自分のおみくじへと視線を落とす。
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失せ物 : 見つからず。かわいそ(笑)
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「おい! なんで笑ったのよ! 『見つからず』で終わりなさいよ!」
わざわざ煽る必要は絶対になかっただろ。だんだんと悪意を隠さなくなって来たおみくじを前に、綾は怒りを抑え切れなくなっていた。
「まあまあ落ち着いて、次は金運だよ」
そんな流れを断ち切るように愛世が言う。そうして愛世は、自分のおみくじを読み上げた。
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金運 : すばらし NISAとかやれ
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「やったあ」
「なんでおみくじに『NISA』って言葉が出てくるのよ」
神様が投資を勧めるなよ。呆れながら、綾は自分のおみくじへと目を向けた。一体どんな損をさせてくれるのだろう。
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金運 : 悪銭身に付かず
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「なんで悪いことした前提なんだよ」
私のお金が全部悪銭とは限らないだろ。
いよいよ決めつけが過ぎて来ているおみくじに対し、綾の呆れは頂点に達しつつあった。
「次が最後の項目だね」
愛世が言う。最後の項目は『頭』の項目だった。
今も、そしてこれからも学生としての生活が続く二人にとっては、結構大事な項目である。まずは綾が自分のおみくじに目を通した。
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頭 : 励めば良い
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「おお、頑張るぞ〜」
「私のは頑張っても結果が出なさそうね」
綾は奮起する愛世を一瞥し、今度は自分のおみくじへと目を向けた。
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頭 : ハゲるがよい
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「もはや勉強関係ないだろ!」
おみくじを、自由に悪口を言って良いコーナーだと思ってる? なんでハゲることを命じられてるんだ......。
「......ふぅ」
こうして、全ての項目を読み終えた綾はすっかり辟易した表情で顔を上げる。
「さすが極凶だね......」
そんな綾の表情を見て愛世が言う。確かにその名に恥じぬ、最低最悪の凶だった。
「なんかもう、一周回って嫌な気持ちが吹き飛んだわよ......」
そういう綾ではあったが、全然そんな事はなさそうな、普通に嫌そうな顔をしていた。愛世はそんな綾の表情を一瞥する。
「大丈夫だよ! 私がこんなおみくじ、吹き飛ばしてあげる!」
そう言って、愛世は綾から強引におみくじを奪い取った。
「あ、ちょっと」
愛世は奪ったおみくじをパタパタと、幾重にも、折り紙のように折りたたんでいく。そうして完成したのは一機の紙飛行機だった。
「何遊んでるのよ......」
「不幸を文字通り吹き飛ばしちゃうんだよ! 痛いの痛いの飛んでいけ〜! と同じで!」
言って、愛世は完成した紙飛行機を思い切り空へと放った。
愛世の離陸させた紙飛行機は冬の風に煽られて思わぬ方向へどんどん飛び去っていく。
飛んで、飛んで、飛んで。
二人があっと思ったその瞬間、紙飛行機はもうもうと燃えるお焚き上げの炎の中へと飛び込み一瞬で灰となり消えた。
「「あっ」」
二人が同時に声を上げる。
「......」
「......」
しばらく無言の2人。最初に口を開いたのは、愛世の方だった。
「......ま、まあ......。浄化はされたと思わない?」
舌を出し、プリッと可愛らしい表情を浮かべて愛世が言った。
「......」
なおも無言の綾。
「......え、えへへ! てへぺろゴリッ!」
「最後は何の音だよ」
こうして、厄を全て焚き上げることに成功した二人はその後、入り口で見かけたクレープのキッチンカーへと並んだのだった。