1オカマの奴隷商人
差す陽が温もりを伝え、春風が優しく頬を凪ぐのどかな朝。
龍嶺山と呼ばれる険しい岩山の道から、一人の少年が晴れやかな表情で下りてきた。
少年の名はピート。水色のさんばら髪に同色の瞳が特徴的な十歳くらいの可愛らしい男の子だった。
演奏発表会にでも行くような、短パンの紺色ブレザーの様な服に身を包み、深紅の蝶ネクタイを締め、それほど大きくはない革製のリュックを背負っている。
一つ普通の人間と違うのは、腰の辺りから深緑の鱗を纏った太い尻尾が生えている事だった。
***
「うっうーん、初めて一人で山を下りたぞ!開放的だなぁー」
僕は幅10メートルほどの街道の端に立ち、背伸びをする。
土を硬めて舗装された街道は東西に延び、周りには草原が広がり、低い背丈の風に揺れている。
これから訪れるであろう未知の体験に、期待で胸が盛らむ。
「でもコレ、右か左かどっち行ったら良いんだろう?」
尻尾をピクピク動かし小首をかしげ、少し悩みながら辺りを見ると少し先の道の木製の看板があった。
雨風にさらされて薄汚れた看板には
【←東バコタの街 西カリスの街→】
と書いてある。
「……どっちが良いんだろう?全然わかんないなぁ。人の多い街の方が良しなぁ」
特にコレといって明確な目的があるわけでもないので、また少し悩んでしまう。
すると東バコタの街の方から、二頭立ての馬車が木製の格子で組まれた卒のような荷台を引き、ガタゴトと音を立てゆっくりとやってきた。
手綱を持つ御者の隣には身なりの良い太った男が汗を拭い、周りにはならず者のお手本の様な護衛が4人、徒歩で囲んでいる。
いずれも使い込まれた革製の防具から臭ってきそうな雑然とした姿をしていた。
「ちょうど良いや、あの人達に聞いてみよう」
護衛の一人にトコトコ近づくと、馬車が停止し向こうから声をかけてきた。
「どうした坊主?こんな街道のど真ん中で一人でいると悪い大人にさらわれちゃうぞ?」
男は黄色い歯を見せながら、下卑た笑みを浮かべ話しかけてきた。
僕は特に気にはせず、ペコリと頭を下げ
「こんにちは。街へ行きたいのですが、バコタの街とカリスの街はどちらが人が多いですか?」
簡単だけど丁寧に聞いてみた。
「そりゃ断然カリスだろう。俺達もカリスへ行くんだ。一緒に乗せてってやるぜ。ゲへへ」
と、男はさらに下品な笑顔で馬車の荷台を親指で指差す。
木で作られた格子の荷合に目をやると、金属の手加をされた男女が8人入っていた。皆、虚ろな表情をしていて、中には僕と同じ位の背格好の子供もいる。
奴隷商だ。
同じ種族を使役する目的で捕縛するのは不思議に思う。
「あぁ、おじさん達が悪い大人なんですね」
「いやぁ、そうなんだよ坊主。おとなしくしてりゃ痛くしないからな」
そう言いってニタニタしながら僕を捕まえようと、その薄汚れた両手で肩を掴んできた。
「さぁこっちへ…んっ何だ!?動かねぇぞ!?」
どれだけ力を入れてもビクともしない僕に、焦りだす男の胸を右の掌で「トンッ」と軽く押す。
男は勢い良くフッ飛び、後ろの護衛に激しくぶつかり、ぶつかった男と共に仰向けに倒れ込んだ。
「何しやがる!!」
「何もんだテメェ!!」
それに反応した他の二人が剣を抜き放ち、こちらに構える。
あ、ちょっと面倒くさい事になるかなと思った時、静観していた太っちょの男がゆっくりと口を開く。
「およしなさい、おバカさん達」
「えっ!?でもティーガさん」
「その子の尻尾が見えないの?ドラゴンよ。あなた達が何人束になっても無理よ」
「は、はいい」
男達は刀を鞘に戻し、渋々引き下がる。
僕達龍人は人化してもその尻尾の先だけ残る。
リザードマンなどの似た尻尾を持つ亜人種は人化などしないので、ちょっと知識のある人間は尻尾を目印に龍人族だと気付き、彼我の力量を測り警戒する。
「ごめんなさいねぇ僕ちゃん。でも良かったらカリスの街へ連れて行ってあげるから、私の隣に座りなさいな」
ティーガと呼ばれた太っちょのオカマは優しく促してきた。
「あ、そういう事でしたら、甘えさせて頂きます」
そう言ってティーガの隣にチョコンと座ると、馬車はゆっくり動き出した。
突き飛ばした男も大した怪我は無いようで「イテテ」と腕を擦りながらながら護衛に戻る。
「私は奴隷商人のティーガよ。あなたお名前は?」
太ってはいるものの、仕立ての良い買頭衣とオネェ言葉が相まって上品な印象すら感じる。
「僕、ピートって言います。宜しくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
「フフッ可愛いわね、宜しく。でも珍しいわねドラゴンが人化してうろついてるなんて。どうして山を下りてきたの?」
「はい、人間の世界を旅して見聞を広めようと思い、山を下りてきました。早速、奴隷商人なんて人間らしい方に出会えてラッキーです」
僕達、龍人の世界では奴隷の制度はなく、これは恐らく人間特有の習わしなのだろう。
「ホホホ、やっぱりドラゴンって変わってるのね。奴隷商人なんて疎まれる商売なのに。でも私は胸を張ってこの商売をやってるのよ。この世界では必要なことだからね」
「へぇ〜そうなんですね」
奴隷と言う言葉は知識では知っているが、何がどうして世界に必要なのかピンとこない。
「ま、ぶっちゃけ儲かるしね」
などと談笑しながら、馬車に揺られてカリスの街へ向かう。
ティーガさんはちょっとキモいけど良い人で、道中は楽しく行けそうだ。