表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

5 川を下る




 川は静かだった。下流で起こっていることなど露知らず、この大河は悠久の時のままにゆったりと流れていた。その水面は鏡のように静まり返り、ただ川面を遡る小舟たちだけが静かな湖面に引き波をたてていた。

 こうして彼らは上流へ向かった。

 川を遡る小舟たちの中には、子供しか乗っていないものもいくつかあった。それは、おそらく漁師の子供が操船しているのだろう。おそらく彼らの親たちは、自らを犠牲にして他人の子どもたちを船に載せたに違いない。彼らは若い船長だ。

 そして、その殿を務めるアイルたちは、この船団の長だ。

 アイルは背筋を伸ばし、船首に立ちあらためて周囲を睥睨した。

 

 そのとき、彼は目の端に、一瞬だけ人影を捉えた。

 それはすぐに緑の森の茂みの中に消えた。しかし、かれは純白の服を来た数人の人間たちが、そのスカートをなびかせ、森の茂みに突っ込み姿を隠すのを見た。

 アイルは舵を取り、船を岸辺に寄せた。そして大声で叫んだ。


【アイル】「おーい、君たち!君たちも船に乗れ!」


 しかし、アイルの声に答えるものはなかった。一体何ごとだと、ペトラがアイルの隣に立ち森を眺めた。


【ペトラ】「なにかあったのですか?」

【アイル】「森に人影があったんだ」

【ペトラ】「……敵かも知れません」

【アイル】「いや、違うと思う。彼らは真っ白な服を着ていた。敵兵なら、あんな目立つ服を着たりはしない」


 アイルはもう一度森に向かって呼びかけたが、返事はなかった。


【ペトラ】「……誰も出てきませんね」

【アイル】「警戒されてるのかな」

【ペトラ】「このへんに人里は有りませんし、エルフかもしれません」

【アイル】「エルフ?エルフなんているのか?こんな俺達が住んでる場所の、すぐ近くに?」

【ペトラ】「噂では、山脈の中腹に隠れて住んでいるのだとか。我々にダマスカスの加工技術をもたらしたのも、彼らだそうですよ」

【アイル】「へぇ」


 彼らは静かに船を進めた。晩夏のラインベルクは豊富な雪解け水に溢れ、森の木々は枝の高さまで水中に沈んでいた。

 アイルは船の周りにスズキが泳いでいるのを見た。この辺りはまだ汽水域であり、ボラや、時には青物などが川に入ってくることあった。そんなわけで、漁師であるアイルはこのあたりの地形にも詳しかったのだ。

 川の前方は中州で分かれていた。前方の船たちはみな左岸、つまりアイルたちから見て右手の川を通っていた。これは正解だ。右手の分流のほうが喫水が浅く、もしザクセンが大きな帆船で川を登ってくる場合、右手の川には入ってこれないだろう。

 その時、ルークが船尾から声をかけた。


【ルーク】「後方に敵船!」


 アイルは後ろを振り返った。カーブした岬の先端から、船がゆっくりと顔を出した。その中央マストには、竜の羽が張られていた。そして舷側は黒く塗られていた。

 ザクセンの船だ。

 

【アマンダ】「私たちは、殿の勤めを果たさなければなりません」


アマンダが言った。アイルはうなずいた。そして、作戦を考え、伝えた。


【アイル】「港であれと同じ船を見たが、そのときは戦闘員は6人乗っていた。俺とアマンダは岸に降りて横から襲撃する。ルーク、お前は船の上で囮になれ」

【ルーク】「わかった」

【アイル「ペトラは船の中に隠れて、人数を誤認させるんだ。隙を見て敵を撹乱しろ」

【ペトラ】「わかりました」


 アイルは、ルークと操船を交代した。そして、船を岸に寄せ、アマンダと一緒に陸に飛び降りた。

 二人は土手を走り、上流の森の中に隠れた。


【アイル】「火薬をよこしてくれ」


 アイルはアマンダに言った。彼は火薬壺を受け取ると、上着の袖をちぎり矢尻に巻き付けた。そして、坪から火薬を取り出し、矢尻に巻き付けた布に擦り込んだ。彼は屋をくるくると回し、火矢の出来を確かめると、するすると木の上に登り、高い枝の上から川の下流を覗いた。

 下流から、小舟とそれを追う帆船が近づいてきた。彼は梢の中に体を隠し、その時を待った。

 やがて、下流からルークの叫び声が聞こえてきた。


【ルーク】「来るな!来るなああああ!」


 ルークは船尾に立ち、まだだいぶ距離のある敵船に向かって、剣を振り回していた。それは、迫真の叫び声だった。注意深く聞けば、声に演技特有の妙な響きが混じっているが、それは彼らがルークのことを知っているからそう感じるだけかも知れない。

 帆船は小舟に追いつき、衝突した。船は互いに激しく揺れ、小舟は岸辺に乗り上げた。

 一人のザクセン兵が、アイルたちの船に乗り込もうと、小舟の縁に足をかけた。

 アマンダは銃を放った。

 敵兵は、銃弾の衝撃に押され、足を踏み外し船と船の間から川に落下した。

 甲冑で全身を包んだ彼は、真っ逆さまに水中に沈んだ。

 ルークは、急に演技をやめて、剣を正中に構えた。その据わった目無感情にザクセン兵たちを睨みつけていた。

 空気が変わった。ザクセン兵たちは勢いを削がれ、判然の縁で足踏みをした。

 

 アイルは、その様子を木の上から見ていた。アイルは彼らの視界の外で、火矢に炎を灯した。火薬を染み込ませた矢尻は、激しく燃え上がった。アイルは弓を引き、敵のスパンカーに打ち込んだ。

 白いキャンバス地の帆に、火は瞬く間に燃え広がった。

 次いでアイルは、火薬壺を投げ入れた。陶器の壺は甲板に衝突するとパリンと砕け散り、中身は火に引火し爆発した。

 甲板は炎の海と化した。


ザクセン兵「ぐわあああ」


 兵の一人が炎に包まれ絶叫し、海に飛び込んだ。

 敵は、残り四匹。

 アイルは、甲板で右往左往する兵士に向かって、飛び降りた。

 彼は飛び降りざまナイフを振りかぶり、剣を敵兵の頚椎めがけてまっすぐに振り下ろした。ナイフは頚椎と肩甲骨の間を埋める僧帽筋に直角に差し込めれ、肉ごと血管を切り裂いた。アイルが甲板の上に立ったとき、兵士はすでに絶命していた。

 後方で起こったことに気を取られ、船首にいた兵士たちが視線をルークから背けた。ルークはその隙を見逃さなかった。彼はひとっ飛びで敵の帆船に飛び乗ると、長剣を敵兵の兜の隙間につき入れた。

 兵士は喉から血を吹き出し、倒れた。そして死んだ。

 あと二匹。

 アイルはペトラがどこに潜んでいるのか探した。ふと見ると、川に船のものではない引波が立っていた。

 あれは今、ペトラが川の水面、船の四角の場所を泳いでいるに違いない。彼女は敵の背後に回り込み、背中を捕るだろう。

 アイルはその時を待った。

 その時、岸から女の叫び声が聞こえてきた。

 アイルは横目で岸を覗いた。

 アマンダの足首が、ひとりの甲冑の兵士に掴まれていた。彼女は尻もちを付いていた。

 もう一人の兵士が、彼に続いて岸から這い上がってきた。

 奴らは、死んではいなかった。

 川の底を歩いて、岸まで上がってきたのだ。単純なことだった。

 兵士は、アマンダに向かって剣を振り上げた。

 間に合わない。

 アイル「アマンダ!!!!」


 彼は叫んだ。

 その時岸から矢が飛んできた。アイルは矢尻が放つ金属光沢の残光を捉えた。

 矢は兵士の兜を貫いた。

 その瞬間、兵士の頭は大砲にでも撃たれたかのように、爆発四散した。

 それは、鷹の餌を作るために、野良猫の頭を大岩で砕いた時の様子と似ていた。

 目玉は頭蓋から飛び出し、ピンク色の脳みそがこぼれ落ちる。本来の可愛い顔を知っているからこそ、それは余計にグロテスクだった。

 遅れて岸に上がった兵士は、目の前の様子にただ呆然としていた。

 そこに向かって、もう一つの矢が穿たれた。それは、胴鎧をいとも簡単に貫き、人体を通過した。そして、その肉体は破裂した風船のように爆発し砕け散った。

 アマンダの顔に汚い血の雨が降り注いだ。


【テオ】「アリア!銀の矢は使わないで!」


 声の主は、川の水面を駆けた。

 彼女は魔法でその足元を凍らせながら、川を走った。彼女は足元により大きな氷を作ると、それを蹴って跳躍し、船の中に飛び込んだ。

 彼女はマストの前に立つゴブリンに向かって剣を振るった。ゴブリンはすでに操舵から手を離し、その手に盾を握っていた。

 ゴブリンはテオの剣を盾で受けた。すると、ゴブリンの盾は一瞬のうちに氷に包まれた。ゴブリンは、急に加わった重みに、思わず盾の防御を下げた。

 がら空きになった右手の手首に向かって、テオは剣を振るった。その体から断ち切られた手は、ポトリと甲板の上に落ちた。

 ゴブリンは血を吹き出しながら叫び声をあげた。テオは横投げに剣を払い、ゴブリンの生首をつき飛ばした。


 ベルが彼女に続いた。彼は川を瞬く間に泳ぎ切ると、船に乗り込み、剣を抜いた。彼はその細剣から鋭い剣を繰り出し、次々とゴブリンを刺し殺した。


 ものの20秒で 帆船のゴブリンは全滅した。

 アイルは肩で息をしていた。後先考えずに船に飛び込んでしまったが、まさか敵を殲滅できるなどと考えてはいなかった。


 アイルと彼らとは、見つめ合った。


【アイル】「君たちは、一体何者だ……」


 アイルは言った。その時、岸辺からふたりの女の叫び声が聞こえてきた。


アマンダ「お~い、まってよ~」

エルフの女「待って~」


二人は並んで船に手を降っていた。アイルは船を止めて二人を船に乗せた。


アイル「あの船を鎮めて、暗礁にしたい」

アベル 「分かった手伝おう」


船船のともにに綱を駆け、川の中央へ引っ張った。そして錨を下ろした。

火は船底に穴を開け、船は沈んでいった。


船はしばらく川を進んだ。

アイルは訊いた。


アイル「君たちはどこからきたんだ」

アベル「山の奥から来た。クアナンに襲撃された」

アイル「クアナン?」

ペトラ「クアナンはここから南のオークの部族集団ですよ」

アイル「君たちを襲ったのは、ザクセンではないのか」

アベル「いや違う。さっきの船はザクセンのようだな。ということは、同時に多方向から進行を受けてるということのようだな」

ペトラ「敵の狙いははっきりしています。天使でしょう」

アイル「そうか」


ペトラは目配せをした。アマンダのことは黙ってろということだろう。アイルにも流石にそれぐらいのことは分かった。


アイル「いま子どもたちを避難させているところだ。俺たちは殿を務めている。木みたいtもこれに食わわてほしい」

テオ「いいわよ」

アイル「ありがとう。俺はアイルだ」

テオ「私はテオよ」

アベル「アベルだ」

アリア「あたしはアリア。よろしくね」


 こうして川を下っていく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ