第四十九話 今度こそ救うために
いつもの旧別館の空き教室に来ると、先に来ていたシャフト先生が、魔法薬を作るのに必要な道具を一式と、使う材料を揃えてくれていた。
材料は……傷に効く薬草や、解毒によく使われている動物の生き血や鉱石などね。材料自体は一般的に使われる物ばかりだから油断しそうだけど、さっきも話に出た通り、薬効が二つあるのを作るのは、とても大変なの。
材料の配分を間違えてはいけないのも難しいけど、なによりも最後に行う魔法が難しい。魔法を使って薬の効果を上げたり、最終的な調整を行うのだけど、元々魔力コントロールが難しいのに、薬効が多いと更に難しくなるのが理由だ。
「来たな。見ての通り、お膳立てはしておいたから、あとは好きにやれ。作り方は、頭に入っているだろ?」
「はい。薬効が増えても、基本的にそれぞれ効果がある薬を作る時と同じ、ですよね?」
「そうだ」
薬効が二つあると言っても、作り方自体は基本的に一つの時と同じ考え方だ。具体的に言うと、傷に効く薬と解毒の薬を作り、それらを混ぜ合わせてあげるイメージだ。
「材料を使い切ったら、そこの棚に入っているから出して使え。それと、タイムリミットは夜明けだ」
「そんなに短いんですか!?」
もう既に外は真っ暗だから、時間で考えたら、半日も無い。そんな短い時間で、難しい薬を作らなくてはいけないなんて……!
「それくらい切羽詰まっている。そうだ、この部屋はワシの権限で使えるようにしておく。それと、明日の授業はワシから教師に言って、休みにしておく。だから、お前は薬だけを考えればいい」
「色々と、ありがとうございます」
「ふん、ワシはさっさと自分の研究に戻りたいだけだ」
素直になれないシャフト先生は、憎まれ口を残して、準備室の中へと消えていった。
さあ、始めないと。薬を作るの自体は、過去にシャフト先生の助手という体で作ったことはあるけど、薬効が二つあるものを作るのは初めてだ。
「緊張するけど……やるしかないわ!」
まずは、槍に貫かれた傷の薬を作るわ。この緑色の草をすりつぶす。でも、すりつぶすだけではダメなの。ゆっくりと魔力を込めて、草に馴染ませながらすりつぶす。回数や魔力が多すぎても少なすぎてもダメ。これをしっかりしないと、全然薬効が無いものになってしまう。
「とりあえず、これはいいかな」
次に、さっきの薬に、カエルの油を少し入れてあげた。すると、成分同士で反応が起こり、ドロドロになる。これを傷に塗ると、殺菌効果とガーゼの代わりにもなる薬だ。
この入れる量も間違えると、ドロドロ過ぎて使い物にならなくなるし、逆だとサラサラすぎて使い物にならない。加減が大事ってことね。
「よし、これは簡単だから何とかなったわ。問題は……」
塗り薬は出来たけど、これだけでは治せない。これはあくまでも殺菌とガーゼになるだけであって、治すわけではない。それに、傷だけが治っても、毒で死んでしまったら意味が無い。
「怯えて立っているだけじゃ、何の意味もないわ。行動あるのみ!」
私は、さっきと同じように、薬草をすりつぶす。でも、潰し方はさっきよりも力と魔力は少し弱めで、数はさっきよりも多く。そうじゃないと効果が出ないの。そして、その後はすりつぶしたものをビーカーに入れる。
ここでさらに、コウモリの生き血を煮込み、抽出した成分をさっきの薬に入れるわ。見た目は相当アレでしょうけど、これが正規の作り方よ。
もちろんこの量も間違えてはいけないし、煮込む時間を間違えてもいけない。薬効が無くなってしまうからね。
「よし、ここまでは順調だわ!」
無事に完成した緑色の薬を見ながら、私は嬉しくて思わず握り拳を作った。この色が目的の色じゃなければ、何か失敗したというのが一発でわかる。
……え、生き血なんて使ってこの色はおかしい? 他の素材と組み合わせたりすると、色なんて結構変わるのよ?
「確実に勉強の成果が出ている。あの時間は無駄じゃなかったんだ……よし、次は解毒の方ね」
私は近くに置かれていた植木鉢を持つと、自分の前に置いた。
解毒に使うのは……マンドラゴラと呼ばれる植物だ。見た目はニンジンに近いんだけど、表面に顔のような物があるのが特徴的だ。土から引っこ抜くと奇声のような音を発し、それを聞いたら精神を病み、死んでしまうと言われている。
本当なら、既に死んでる個体の方が使いやすいけど、新鮮な方が効果が高い。だからここに用意されているのだろう。
「マンドラゴラ……やり方はわかってる、けど……」
失敗したら、私はマンドラゴラの声でおかしくなり、死に至る。そう思うと、怖くて怖くて仕方がない。膝どころか、体がガクガクと震えている。
でも、ここで躊躇っていたら、レオ様は死んでしまう。それは、自分が死ぬよりも嫌だ!
「うぅ……出来る……出来る、わよね……?」
『私なら出来るはずだよ!』
「えっ……?」
『だって、ずっとずーっと勉強してたじゃん!』
どこからか……いや、頭の中に声が聞こえてくる。しかもその声には、とても聞き覚えがあった。
『確かにあの時の私は、力が無かった。でも今は違うよね?』
「たくさん、勉強をした……!」
『そうよ! なら怖いものは無いわ! シャフト先生にも、ルーク先生にも褒められたんだから、大丈夫!』
聞き覚えのある声……そう、それは幼い頃の私の声だった。昔と同じ元気一杯な声で、聞いてるだけでも元気が出て……今の私の惨状を謝りたくなる。
「絶対にやれる。大丈夫、大丈夫! すー……はー……よしっ!」
私は落ち着いて、ゆっくりと植木鉢を、魔力で作られた薄い膜のような物で包む。
これはマンドラゴラの声だけを遮断するもので、魔法薬師になるなら必要になる魔法なの。他の物は、普通に通ることが出来る。魔力が消費も少ない魔法だから、私でも使える。
これがあれば、マンドラゴラの声を防げるけど、失敗すれば私に声が届いて……ううん、そんなことを考えても仕方がないわ。
「ごくりっ……えいっ!!」
意を決してマンドラゴラを勢いよく引っこ抜くと、強風で暴れるスカートのように、魔法の膜が暴れ始めた。それは、マンドラゴラが声を上げていて、それを防いでいる証拠だ。
うぅ、思った以上にパワーが凄い! 今は魔力を膜に供給しているから何とかなってるけど、私みたいに魔力が少ない人間だと、ほんの少しでも気を抜いた瞬間に破られてしまう!
「くっ、うぅ……私にもっと魔力があれば……! ううん、嘆いてる場合じゃない! 集中しなさい、私!!」
段々と膜が薄くなっていくのを感じた私は、更に魔力を流し続けて耐える。すると、段々とマンドラゴラの声が大人しくなってきたのか、魔力を流さなくても膜が耐えられるようになった。
そして……ついにマンドラゴラは沈黙した。
「や、やったわ……はぁ……はぁ……つ、疲れた……」
無事にマンドラゴラを植木鉢から引っこ抜いた安心感と疲労で、私は床にペタンっと座り込んでしまった。
休んでいる場合じゃないのはわかってるけど、さすがに疲れたわ……。
「ぜぇ……はぁ……くっ!」
このまま座っていたら、どれだけ楽だろうか。このまま疲れに身を任せて眠ったら、どれだけ気持ちがいいだろうか――そんな誘惑が頭を過ぎるが、すぐに誘惑を振り切って立ち上がる。
こんなことをしている間に、レオ様はずっと苦しんでいるんだ。休んでいる暇なんて無い!
「……次は、マンドラゴラを……」
死闘の末に引っこ抜いたマンドラゴラの一部を、小さく切ってすり鉢ですりおろし、解毒効果のある鉱石を粉々に砕いたものを混ぜ合わせる。
これもさっきと同じく、量を間違えたら、何の意味も無い。ここまでちゃんと出来ているんだから、落ち付いて……落ち着いて……。
「よし、あとはこれをこの水に溶かして……」
ビーカーの中に入った適量の水の中に、マンドラゴラと鉱石を混ぜたものを入れて、ゆっくりと決まった回数分混ぜる。すると、青色の液体が完成した。
ここまで来たら、後は二つの薬を混ぜるだけだ。とは言っても、それが一番の難所だったりする。
この混ぜる作業をする際に、二つの薬効の効果を高めるために、魔法を使って魔力を注いであげる必要がある。それが、それぞれ傷の治療と解毒で扱う魔法が違うため、別の魔法を使わなければならない。
この別の魔法というのが厄介で……一度に別の魔法を使うのは、本当に難しいことなの。シャーロットが水と毒の魔法を同時に使ってたけど、普通はあんな簡単にできる芸当じゃない。
「私みたいな人間に出来る気はしないけど、やる前から諦めてたまるもんですか」
私は自分を鼓舞しながら、試験管に二つの薬品を少量入れる。後は、魔法を使って成功すれば完成だ。
「落ち着いて……!」
私は深く呼吸をしながら、全神経を魔法を使うのに集中する。すると、私の右手に緑の魔法陣が、左手に青い魔法陣が生まれた。
その魔法陣が、試験管の下で重なり合い、試験管を暖かい光で包み込んでいき……すぐに光が消えていった。
「もしかして、成功――えっ?」
光に包まれた試験管に入った薬品は、ボコボコと泡立ちはじめ……やがて爆発を起こした。
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