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第三十五話 お世話になりました

 翌日。フィリス家で過ごすことになった私は、必要な荷物を取りに一度家に帰ってきた。今日は学園が休みだったから、朝に取りに来ることが出来た。


 一応屋敷の近くには、私をここまで連れて来てくれた、フィリス家の使用人達が待ってくれているから、もし何かあって戻るのが遅くなっても、助けに来てくれるから安心だわ。


「あら、アメリアじゃないの」

「お母様」


 自室に戻ろうと廊下を歩いていると、運悪くお母様と鉢合わせてしまった。


 ……いや、逆に良かったかもしれない。ここでちゃんと私がここを去って関係を断つことを伝えれば、なにかあった時に変に関わってこないだろうし。


「お母様、朗報です。ついにお母様の願いを叶えることが出来ます」

「私の願いですって? そんなの、アメリアが私の前から永遠に消えることしかないけど?」

「それです。私は家を出て行きます」

「っ……!?」


 もう何年も私に対して苦虫を噛み潰したような顔をしていたお母様は、満面の笑みを見せた。


 こんなに喜ばれるなんて、本当に私のことが嫌いだったのね。知っていたけど。


「まあまあ、それは何て素晴らしいの! 最後に親孝行をしてくれて、私はとっても嬉しいわ! それで、いつ出て行くのかしら!」

「荷物を纏めたら、すぐに出て行きます。もう帰ってこないのでご安心を」

「それを聞いて安心したわ! アメリアがよければ、使用人に荷物を纏める準備をさせるけど?」

「いえ、結構ですわ。では私は忙しいので、これで失礼します」

「ええ、ごきげんよう! あぁ、今日ほど嬉しいことが今まであったかしら! 今日はお祝いだわ! それで、どこに行くの?」

「さあ……決めかねております」


 お母様の質問に対して、私はちゃんと答えずに濁してみせた。


 これは、帰ってくる前にレオ様とローガン様のアドバイスを元にしている。その内容とは、どこに住むかは絶対に言ってはいけないというものだ。特にシャーロットに対しては。


 それはそうよね。シャーロットはフローラと一緒に、私とレオ様が離ればなれになるように仕組んでるのに、将来を約束して一緒に住むようになったなんて言ったら、なにをするかわかったものじゃない。


「まあどこに行こうが、私の知ったことではないわ。さあ、早く荷物を纏めてきなさい!」

「はい。失礼します」


 お母様はとても上機嫌な様子で、私の前から去っていった。


 なんていうか……あそこまでストレートに喜ばれると、清々しさすら覚えるわね。


「お父様は仕事で不在でしょうし……シャーロットには会いたくないし、早く荷物を纏めて出て行こう」


 自分の部屋に戻ってきた私は、教科書やノートに加えて、数少ない私物をいくつか鞄に詰め込んだ。


 正直なところ、教科書とノートを全部回収するために戻ってきたようなものだ。だって、私の物の大半はシャーロットに持っていかれちゃったからね。


「そうだ、さすがに私服は無理だとしても、制服だけはちゃんと持っていかないとね。入るかしら……んしょ!」


 レオ様が持たせてくれた鞄が大きいとはいえ、制服の夏服と冬服の両方はさすがに無理があったようで、ぎゅうぎゅうに詰め込んでやっと入った。


 これは後でシワになっちゃいそうだわ……戻ったら洗濯をさせてもらいましょう。


「ちょっとお姉様! 出て行くって本当!?」

「……シャーロット」


 全部の荷物を纏めて、後は出て行くだけだというのに、一番見つかりたくない相手が向こうから来てしまった。面倒なことこの上ない。


「どうしてそれを知っているの?」

「お母様と話しているのを聞いたって使用人が、あたしに教えてくれたの!」

「そうなのね。それは本当の話よ」

「嘘じゃなかったのね! あたしとフローラに打ちのめされて逃げだすなんて、惨めなお姉様には最高の末路ね!」


 シャーロットはまるで子供のように飛び跳ねて、喜びを前面に表した。


 ……親子揃って期待通りの反応すぎるわ。これで逆に出て行くのを惜しまれたら、それはそれで困ってしまうけど。


 とりあえず、ここで変に話しているとボロが出てしまうかもしれない。適当にシャーロットに話を合わせて、さっさとレオ様達の元へと帰ろう。


「シャーロットに栞を破かれて、もう私はここにいるのが辛くなったの。今までありがとうね」

「栞……ぷっ……今思い出しても、あの時のことは面白かったよ」


 何が面白いよ。やられた私は、全身が引き裂かれたかのような痛みだったというのに。こんな人達と血の繋がりがあるなんて、信じたくもない。


「そういうわけだから、失礼するわね」

「……ん、ちょっと待ってよ。お姉様、ここを出てどこに住むつもり? お金とかもどうするの?」

「どこかで雇ってもらって働くわ。住む所は……見つかるまでは、適当に野宿かしらね。今までも門限に間に合わなかった時に何度もしてるし、問題無いわ」


 シャーロットの疑問ももっともだ。学費に関しては、恐らく卒業まではこの家で出すのは最初から予想できる。


 その理由だけど、学費を出さなかったら学園側に怪しまれて、私が出て行ったことがバレてしまうかもしれない。家の体裁を考えて、ずっと虐げながらも屋敷に住まわせていた両親が、そんなヘマをするとは思えないもの。


「なんていうか……お姉様にしては変ね」

「変とは?」

「凄く不本意なことだけど、お姉様とは生まれた時から一緒に生活していた。だから、お姉様の性格はよく知っている」

「何が言いたいの?」

「お姉様のような真面目な人間が、あたしに酷いことをされたからって、無計画に家を出るかな? 仮に出るとして、それならもっと早く家を出てるはずだよね」


 これは……ちょっと不味いかもしれないわね。シャーロットはこんな性格だけど、頭はとても良い子だ。変に言い訳をしても、更に疑われる可能性がある。


「今までは何とか我慢してたけど、命と同じ……いえ、それ以上に大切な物にあんなことをされて、一緒に住めるという方がいるなら、ぜひ私に紹介してもらいたいわ」

「……まあいいけど。あたしとしても、お姉様がいなくなるのは大歓迎だし。これで学園からも消えてくれれば、万々歳なんだけどねー」

「それは出来ないわ。私はこれからも勉強をしたいし。それに、急に退学なんてしたら、この家が変に疑われるわよ?」

「それはお母様に怒られそうだね。もういいよ、さっさと出てってくれる?」


 埃を払うように手をシッシッと振ったシャーロットに背を向けて、私は屋敷を後にした。


 当然、誰からの見送りも別れの言葉もない。それでも、生まれてからずっと育った家には、ちゃんと挨拶をしておかないといけないと思った。


「長い間、お世話になりました。さようなら」


 屋敷の門の前で、私は屋敷を見ながら深々と頭を下げると、ここまで送ってくれた馬車に乗りこんだ。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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