第三十話 紛失
「アメリア、昼食に行こう!」
シャーロットとの一件があった日から数日後。今日もいつもの様に私の元へとやってきたレオ様は、にこやかに私に話しかけた。
「ええ、行きましょう」
レオ様のお誘いに、私も少しだけ微笑みながら、快く了承をする。レオ様と出会う前だったら、こんな表情をするのも、お誘いを受けることも無かったから、不思議な感じだわ。
「あ、レオ君。ちょっといいかしら?」
「なにかな?」
「さっき国語の先生が、職員室に呼んでたわよ。何か話があるみたい」
「おや、そうなのか。伝えてくれてありがとう!」
ほとんど交流が無いクラスメイトの女子が、レオ様にそれだけ伝えてから、教室を去っていった。
レオ様が先生に呼び出されるなんて、珍しい話だ。普段の生活では、呼び出しをされるような問題行動を起こしたりする人じゃないのに……。
「アメリア、すまないが俺はちょっと職員室に行ってから、いつもの所に行くよ。先に行っててもらえるか?」
「わかりました。お気をつけて」
「ああ。魔法陣、展開!」
「えっ……きゃっ!」
気を付けてと伝えたのに、レオ様は魔法を使って移動速度を高めてから、颯爽と教室を後にした。
あんなに急いで、誰かにぶつかったりしないかしら……それに、こんな所で魔法を使ったら、それこそ改めて呼び出しをされてしまうんじゃ?
「レオ様のことだから、アメリアの所に早く戻るためとか言うんだろうな……もう、しょうがない人」
想像したら、簡単にその理由や、言っている光景が浮かんできてしまって、ちょっとだけ面白くなりながら、私も教室を出ていつもの教室へと向かう。その手には、向こうで読もうと思っている本を持っている。
今日は一体どんなお弁当を持ってきてくれるのかしら……今までずっと残飯みたいなものや、嫌がらせで滅茶苦茶にされた昼食ばかり食べていたから、レオ様の家のコックが作ってくれた昼食が、とても楽しみになっている。
本当はレオ様やコック……ううん、フィリス家の皆様にお礼をしたいのだけど、未だに良い方法が浮かんでいないのよね。
「なにかプレゼントをするとか……それなら全員の好みを把握したいけど、人数が多すぎるし、お金も時間もかかり過ぎる……聞いて回ってたらバレてしまうし……行動でお返しをしようにも、遠慮をされてしまうのが関の山だろうし……うーん……」
いつもの教室に向かいながら、ぶつぶつと独り言を喋っていると、突然目の前に何かが現れ、私に勢いよくぶつかってきた。その衝撃で、私は尻餅をついてしまった。
「あわわわ、ごめんなさいごめんなさい! 急いでて前を見てませんでした!」
「だ、大丈夫ですよ」
痛むおしりをさすりながら目を開けると、そこには眼鏡をかけた女子生徒が、凄い勢いで頭を下げ続けていた。
「あ、私のせいで大切な本が……!」
「いいですよ、自分で拾うので」
「そういうわけにはいきません!」
彼女はテキパキと本を拾うと、私に手渡してくれた。一応栞は……うん、ちゃんと挟まれてるわね。本の隙間から、ちょっとだけ頭が見えているわ。
「本当にごめんなさい! じゃあ、急いでいるので!」
「はい。お気をつけて」
最初から最後まで、慌ただしく去っていった少女を見送った私は、いつもの教室へと向かった。
「こんにちは」
「おう」
いつも入室する時の挨拶をして見ると、遠くからシャフト先生の返事が返ってきた。
いつもは研究に没頭していて、返事なんてほとんど帰ってこないのに、珍しいこともあるものね。
「さて、することも無いし……本でも読んでようかしら」
椅子に腰を下ろした私は、さっき持っていた本の、しおりを挟んでいたページを開く。すると、当然栞も目に入ってくるわけだが……そこで異変に気付いた。
「あ、あれ……? この栞……!?」
確かに見た目は、私が持っている二枚のクローバーの葉っぱで作られた栞だ。でも、細かい傷とか、手直しをした部分が全く無い。
長年持ってた私にはわかる。これは……偽物だと。
「嘘っ、どうして!? なんでこんなのに!?」
「なんだ騒がしい」
「シャフト先生! 栞が……私の栞が!!」
「あん? 栞だぁ……? ああ、いつも使ってる、年季の入った奴か」
「それが、私のじゃないんです!! 偽物なんです!!」
「ほう」
取り乱しながらも、栞をシャフト先生に見せると、シャフト先生はおもむろにテーブルの上にあった薬品を、栞に数滴たらした。
「な、何をしているんですか?」
「ちょっとした実験だ。ほれ、見てみろ」
「き、消えた……私の栞が……」
「今かけたのは、魔法で作った物を霧散させられる。つまりだ、今のは魔法で作られた偽物ってことだ」
やっぱり偽物だったのね! でも、一体いつ偽物にすり替えられたの?
「お前、ここに来る前になにかあったか?」
「……女子生徒とぶつかりました。それで、その生徒が本を拾ってくれました」
「その時は栞は?」
「ありました。でも、挟まってる状態で、頭の所しか見てませんでした」
「どう考えても、そいつが黒じゃねえか。ったく、注意力散漫は魔法薬を作る時に大敵になる要素だぞ。気を付けろ」
「は、はい……それで、私はどうすれば……!」
「ぶつかった現場を確認して、そこに無ければ女子生徒を問い詰めるんだな。まあやるなら青二才と一緒がいい。来るまでに冷静になっておけ」
シャフト先生はそう言うと、珍しく私にコーヒーを淹れてくれた。
シャフト先生のコーヒーは前に飲んだことがあるけど、ブラックコーヒーだから、甘いものが結構好きな私には苦すぎる。
でも、今はこの苦さが……私を冷静にする手伝いをしてくれた。
「そのコーヒーには、精神安定の新薬が入っている。落ち着いただろ?」
「はい。って、実験台にしないでください」
「突っ込む余裕は出てきたな。とりあえず少しゆっくりしてな。ワシは実験に戻る」
いつものようなそっけない態度を取りながら、シャフト先生は準備室へと戻っていった。
「私の栞……どこに行っちゃったの……」
ずっとずっと大切にしていた栞を、こんな形で紛失してしまうなんて思ってもなかった。最近レオ様と一緒に過ごして、浮かれすぎていたのかもしれない……。
お願い……どうか見つかりますように……私の手元に戻ってきますように……!
「ごめんよアメリア、思った以上に話が長引いて……って、様子が変だけど、なにかったのか?」
「レオ様! 実は……前にお話した大切な栞が無くなってしまったんです!」
「何だって……!?」
レオ様のにこやかだった顔が一転、とても真剣な表情に変化した。それくらい、私が思い悩んでいると理解してくれたのだろう。
「どこで無くしたのかわかるかい?」
「は、はい。実は――」
私は、無くした経緯や、シャフト先生に偽物だって判別してもらったことなど、丁寧に説明をした。その間、レオ様は真剣な表情のままうなずいていた。
「事情は分かった。とにかく現場に落ちてないか一緒に見に行こう。あ、一応食事はしながら行こう。行儀は悪いけど、食べなければ思考も体の動きも鈍る」
「わかりました」
今日の昼食で持ってきてくれたサンドイッチを一切れ持った私達は、食べながら急いでさっきぶつかった場所へと向かう。
お願いだから、見つかって……あれが無くなったら、私は……!
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