第三話 賑やかな侯爵家のご子息様
「くすくす……」
談笑が聞こえる教室の中に、明らかに何かを嘲笑うかのような声が聞こえてくる。その声のした方を見ると、そこには数人の女子が私を見ながら、ほくそ笑んでいた。
私は家で酷い扱いをされているが、学園でもいじめを受けている。その原因の一端が、私を見て笑っている彼女達だ。
一年生の時も一緒のクラスで、散々嫌がらせをされていたから、別のクラスになっていればと思ったのだけど、今年も一緒のクラスになってしまうなんて、なんともついていない。
……自分の運の無さに落胆していても、席は綺麗にならないわね。幸いにも、何かゴミが出た時に捨てられるように、小さな麻袋を持ち歩いているから、それに入れてしまおう。
「おはようございます、アメリア様」
「おはようございます、フローラ様」
私を虐めている女子達の中でも、リーダー格である女性――フローラ・ノビアーチェが、とてもにこやかな笑顔で話しかけてきた。
彼女はノビアーチェ伯爵家の娘だ。短く揃えた真っ赤な髪と、トパーズのように輝く丸い目、とても上品な雰囲気が特徴的な女性だ。
実は、フローラはシャーロットと友人であり、学力や魔法で競い合うライバルでもある。学園や外でもよく一緒に会って、食事をしたりお茶会をする仲だ。ちなみに、シャーロットのライバルだけあって、勉強も魔法もとても優秀だ。
シャーロットと一緒にいるせいで、シャーロットの口から私への悪い話が伝わって……いつの間にか、周りの女子と一緒に、私へのいじめが始まった。
今はいないけど、シャーロットも一緒にいると、フローラと一緒に私をいじめている。どれだけシャーロットは私を下に見ているのだろうか。実際問題、全てにおいて負けているから、文句も言えないのだけど。
「あらあら、随分と机が汚れておりますわね。よければ片付けるのを手伝ってさしあげましょうか?」
「いえ、結構です。伯爵家のご令嬢に、汚い仕事なんてさせるわけには参りませんので」
「まあ、なんて素晴らしい心遣いなのかしら。 私、とっても感動してしまったわ!」
大袈裟に反応するフローラの姿は、私からしたらとても滑稽だ。だって、これをしたのは彼女達だって、分かりきっているもの。
……え、いじめられていることを学園に言わないのかって? もちろん最初の頃は言ったけど、そんな事実は無いと判断されて、もみ消されたわ。由緒正しい学園で、そんな面倒ごとがあったら迷惑だから、闇に葬ったのでしょうね。
っと、そんなことを考えている間に、片付けが終わったわ。これで机が使えるようになる。
「キリが良いみたいなので、よろしければ」
「……?」
「また一年よろしくの握手ですわ」
こんな状況で握手を求めてくるなんて、本当にフローラも大概な人だわ。シャーロットと一緒にいられるぐらいだし、そういうことなのかしら?
「ちょっとあんた、フローラ様が握手を求めて来てるのに、無視するわけ!?」
「無視じゃありません。掃除で手が汚れてしまったので、こんな汚い手であなたのお手を汚すわけには参りません」
握手なんてされたら、そのタイミングで何をされるかわからないし、何もしなくても、酷い目に遭っている私に手を差し伸べる人という演出ができる。そんな小芝居なんかに付きあうほど、私はお人好しじゃないわ。
「あらあら、なんて素晴らしい心遣い! この感動に報いるために、是非!」
フローラは無理やり私の手を両手で包むと、そのままブンブンと上下に振る。特にどこかにぶつけられたり、魔力を流されたりはしなかったけど、振った瞬間にゴミを集めた麻袋にぶつかってしまい、中身が床に転がってしまった。
「あら、ごめんあそばせ! わざとじゃないのよ?」
「ええ、存じております」
「話がわかる人で助かりますわ。さて、もうすぐホームルームだから、私は席に戻ります。ごきげんよう」
ヒラヒラと手を振りながら、フローラは少し離れた所に位置する席に座った。すると、取り巻き達がフローラに近づき、揃って私を見ながらニヤニヤした。
いじめられることには、正直慣れている。だって家でもお母様とシャーロットにいじめられてるし、学園ではずっとこんな感じだし。
だから、私はこれまでもこれからも、いじめに関しては何もしない。変にアクションを起こしても調子に乗らせるし、大事にしたら、立場が弱い私では、一発で退学になりかねない。
……退学だけはしてはいけないの。家のことなんて、今となってはもうどうでもいいけど、今のは私の目標を達成するためには、アドミラル学園という勉強ができる環境が必要なの。
ああ、そうそう。言い忘れていたけど……他のクラスメイトは、フローラ達がいじめをしているのは知っているけど、完全に黙認しているわ。正義感を出して止めに入ったら、自分が標的にされるのを恐れているんでしょうね。
「全員揃いましたね。ではホームルームを始める前に……転校生を紹介します」
「転校生!? まあ、それは楽しみだわ!」
クラスメイト達が騒ぐ中、フローラがやたらと大喜びで迎えようとしている。
一方の私は……適当に読書をしてやり過ごそうとしてた。だって、そんな転校生と仲良くなれると思ってもないし。自分で言うのもあれだけど、私は社交的じゃないし、面白い話とかもできないわよ?
「では入ってきなさい」
担任の言葉に従うように、廊下から一人の男子が入ってきた。私より首一つくらい大きくて、真っ白な髪と、その髪が少しかかった赤い切れ長な目が、彼の顔の美しさを演出している。
これはなんとも冷静そうな男子が入ってきたものだ――そう思った矢先。
「簡単な自己紹介を――」
「いやーどうもはじめまして、俺の名前はレオ。レオ・フィリスです!」
「え……フィリス家って……あの侯爵の……!?」
転校生様が自己紹介を始めたら、クラス内がザワザワし始めたわ。相手が侯爵家の子供だって分かったら、こうなるのも無理はないかもしれないけど。
え、私? 緊張しないってことはないけど……うん、いつも通りね。なんかね、酷いことをされ続けていたから、どんな状況でも自分を保つ術を見つけたから……あまり緊張したり動揺したりしなくなったの。
「ちょっと諸事情があって、前は別の学校にいたんですけど、今年から憧れのアドミラル学園に入れて、本当に嬉しいです! クラスの人とも仲良くなりたいんで、ぜひ仲良くしてください!」
こういっては何だけど、貴族の割にとてもフレンドリーな人だという印象だ。
貴族って、こう……もっと汚い世界にいて、自分の利益のために動き、他人を蹴落とすのは当たり前って世界だ。
それなのに、この人はその真逆を行っている。しかも、本気でそれをやっているように見えるのも凄い。
どうしてわかるのかって? 目を見れば割とわかるわよ? あんな真っ直ぐな目をしている人、そうそういないもの。
それにしても……なんだか……あの人を見ていると、昔の自分を思い出すわね。
『人助けをしよう。そうすればみんなから感謝されて、凄い人になれるかもしれない! 凄い人と結婚できるかもしれない! そうすれば、お父様もお母様も、私のことも見てもらえるかなぁ? よーっし、お勉強の合間の時間に、人助けをする時間を作ろうっと!』
私の脳裏に、正義感に溢れていた幼き日の言葉が浮かぶ。はぁ、変なことを思い出しちゃったわね。
「やあ!」
「ひゃあ!?」
過去の出来事に想いを馳せていると、さっきの転校生……えっと、レオ様だったかしら? その彼が、私のことを驚かせてきた。
「レオだ。よろしく頼むよ!」
「え、ええ……よろしく」
差し出された手に、自分の子供みたいに小さな手を差し出し、握り合う。彼の手は私の一回りは大きくてゴツゴツしていた。でも、なんだか不思議な安心感がある。
それにしても……レオ様の家であるフィリス家は、侯爵の爵位を持つ家だというのに、本当に気さくな方なのね。
「ほら、暗い顔なんて楽しくないよ? 笑っていればいいことあるって!」
「……そうですね」
ふふっ、昔の私もそんなようなことを言ってたわね。今ではずっと無表情か仏頂面でいる私には、笑顔なんて世界一似合わないし、必要が無いわ。
だって……私は親の期待にも応えられない、何の役にも立てない人間なのよ? そんな人間がヘラヘラしてたら、腹立たしいって思われるの。
そんなの理不尽だって思うでしょう? でもダメなのよ。世界は理不尽で出来ている。世界は弱い者いじめで出来ている。それが抗いようのない事実なの。
「ほら、また暗い顔してる。そうだ、せっかく同じクラスになれたんだし、仲良くしないかい?」
「はぁ……ありがとうございます。ですが、間に合ってるので結構です」
「そう言わずにさ!」
「……そろそろ始業式です。早く向かいましょう」
「始業式ってどこでやるんだい? よければ一緒に行って案内してくれないか?」
「……ついて来てください」
「ありがとう! アメリアは優しいね!」
まるで構ってもらえて喜ぶ子犬のように、満面の笑みを浮かべるレオ様。一応私よりも頭一つは大きいから、大型犬と言った方が正しいかもしれない。
本当は案内なんてするつもりなんて無かったのだけど、なんだかしつこく迫ってきそうだし、ここでレオ様を放り出すのは、さすがに良心が痛む。仕方がないから、このまま一緒に向かうとしましょう。
「そうだ。君の名前は?」
「アメリア・スフォルツィです。さあ、行きましょう」
私は貴重品だけを持って教室を後にすると、レオ様と一緒に教室を出る。その際に、フローラ達がつまらなさそうに私のことを見ていたけど、相手してる時間なんて無いから、無視することに決めた。
「アメリア・スフォルツィ……まさか、本当に……? でも、どうしてそんなに……悲しそうなんだ……君は……」
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