第二十四話 帰りたくない……
翌日。レオ様の家なのに自分でも驚く程ぐっすり眠った私は、朝食と支度を済ませた後、使用人が用意してくれたコーヒーをレオ様と一緒に飲んでいた。
まともな朝食を食べたのも久しぶりだったけど、自分一人で用意しないのも本当に久しぶりだったから、逆に勝手がわからなかったわ。
それに、朝は歩いて登校している影響で、いつもそんなに余裕が無い。だから、こんなにゆったりしているというのは、なんだか落ち着かない。
「昨日はゆっくりできたかな?」
「はい、とても。実家よりも休めた気がします」
「ははっ、それは何よりだ! 俺は同じ屋根の下にアメリアがいると思うと、なんだか寝付けなかったよ」
「えっ……私、やはりお邪魔だったのでは……」
「そんなことはないよ! アメリアがいるのが嬉しくて、気分が高ぶってしまってさ!」
お邪魔になっていないのなら良かった。でも、私がいるだけで気分が高ぶるのは何故だろう? 初めて友人を連れてきたのが、よほど嬉しかったのだろうか?
なんにせよ、レオ様にとって良いことだったなら、気にする必要は無いわよね。私もお呼ばれして、とても有意義な時間を過ごせたし。
「さて、このまま二人でゆっくり過ごしたいところだけど、そろそろ出発しないとね。昨日聞いたけど、一度家に帰るんだったよね」
「はい。教科書を持ってこないといけないので」
「それじゃあ一度アメリアの屋敷の近くまで送ってくから、そこからもう一度合流しようか」
「何から何までありがとうございます。あ、出発前にローガン様とレイカ様にご挨拶をしたいのですが」
「残念だけど、二人共早くに仕事で出かけてしまったよ」
レオ様は、少し申し訳なさそうに笑ってみせた。
お仕事なら仕方がないわね……直接言いたかったのに残念だ。昨日二人共いたのは、とても運が良かったのかもしれない。
「俺の方から、アメリアが礼を言っていたって伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
「よし、今度こそ出発しようか」
私はレオ様に連れられて、玄関の前に準備されていた馬車に乗りこんだ。
乗り込む際に、レオ様に手を貸してもらったり、多くの使用人達に見送られながら出発するというのは、なんだか不思議な気分だったわ。
これでも一応、見捨てられる前は馬車なんていつも乗っていたし、見送りもあったのだけどね。
「そういえば、出発前にこれを持たされたのですが……」
「バスケット? 中に何が入っているんだい?」
「レオ様もご存じないんですか? 使用人に持たされたのですが」
「うん、全く……」
てっきりレオ様が、コックの人に頼んで馬車で食べる物を作ってもらった物だと思っていたのだけど、違うとなると一体何が入ってるのだろう。
少しだけ警戒しながら開けると、そこには色とりどりのマカロンが入っていた。
「わぁ、綺麗……手紙も入ってる」
「何が書いてあった?」
「えっと……『拝啓、アメリアちゃんへ。今日は忙しくて挨拶に行けなくてごめんなさい。代わりと言っては何だけど、昨晩のうちにマカロンを焼いておきましたわ。自信作なので、是非レオと楽しんでくださいな。あと、一つだけ形も色も悪いのがあるけど、それは夫が作った物だから許してあげてね』
「えぇ!?」
手紙をゆっくり読んでいたら、突然レオが大きな声を出したせいで、思わずその場でビクンっとしてしまった。
「急にどうしたんですか?」
「いや、ごめんね。父上は料理なんてしない人だから、驚いてしまって」
「しないのに、作ってくれたんですか?」
「アメリアが来てくれたのが、とても嬉しかったんだと思う」
「そうなんですか?」
「うん。父上は本当はもっと口数が少ないんだよ。それなのに、昨日はいつもの何倍も喋っていた。きっと浮かれてたんだよ。子供っぽくて困っちゃうね」
呆れ気味に笑うが、表情はとても嬉しそうだ。なんていうか、本当に仲が良くて素敵な家族だ。
これは無理な話だけど、私もあの家族の一員になりたい。暖かい家族と一緒にお茶や食事をしたり、たまに旅行に行ったり、ただお喋りしてるだけでもいい。
まあ、そんな未来は訪れるはずも――って、早く手紙の続きを読まなきゃ。
「『レオと仲良くなってくれたあなたは、もう家族みたいなものだから、またいつでも遊びにいらっしゃい。いつでも待ってますわ』ですって」
「両親は本当にアメリアを気に入ったんだね。アメリアを魅力が伝わって俺は嬉し――いてっ!」
馬車の中だというのに、はしゃぎ過ぎて両手を高く上げたレオ様は、馬車の天井に両手を思い切りぶつけていた。
「もう、危ないですよ。手を見せてください」
「ちょっと指が赤くなってるけど、大丈夫だよ」
「駄目です。突き指かもしれませんし。これをこうしてっと……」
私は荷物から小さな液体が入っている瓶と、ガーゼとテープを使って赤くなった指に巻いてあげた。
「手際が良い……凄いな!」
「誰もやってくれないので、自分でやるようになったら慣れてしまって。ちなみに、その薬は私が作ったんです」
「え? 魔法薬は免許が無いと、作れないんじゃ?」
「厳密に言うと、シャフト先生の実験の手伝いをしたことがあって、その時に作った物なんです。ちなみにこの薬は、シャフト先生が助手になって、私が作りました。もし誰かに問い詰められても、あくまで私が助手と言えば大丈夫だって」
自分で言っててなんだけど、かなり無理やりな感じが否めない。でも、事実だから仕方がない。
「それじゃあ、俺は友達に続いて、薬を使われたのも第一号か! くぅ~! これは名誉なことだ! 名誉すぎて、痛いのが消えていったぞ!」
「それは気のせいですので、安静にはしてくださいね」
「ああ。安静にアメリアを見つめているよ」
「恥ずかしいのでやめてください」
もう、レオ様ってば相変わらず変なことを口走るんだから。私なんか見てても、何も楽しくないというのに……あら、まだもう一枚手紙があったわ。
『それと……ここはアメリアちゃんだけが読んでほしいんだけど』
私だけ……なにかしら?
『私も旦那も、あなたを気に入ってるし、認めております。あなた達が決めた未来を受け入れ、力を貸しましょう。アメリアちゃんは一人じゃありません。帰ってくるところもあります。だから……レオとの学生生活と恋人生活を楽しむこと! あっ、まだ恋人ではございませんでしたわね! とにかく、またいつでもお越しになってね!』
そこで手紙が終わっていた。全体的に私を認め、支えてくれるという内容だった。
そんなの……そんなの! 嬉しくて泣いちゃうよ……でもダメ。泣くと人は馬鹿にしてくる。酷い奴は傷つけてくる。だから、泣いちゃダメだ。
……ダメ、なのに……。
「アメリア、泣いているのか?」
「っ!?」
ほら来た、レオ様でさえ私が泣いていたらアクションを起こすのよ。馬鹿にするの? 傷つけるの? 私はあなたを信じてるけど……慣れてるから、何をされても動じないわよ。
そう思っていたのに、されたことは想定外のことだった。
「何か悲しかったのか? よければ話してくれないか? 話せば楽になれるかもしれない」
「え……?」
馬鹿にされるでもなく、傷つけるでもなく、私に向けられたのは、暖かな優しさだった。それが嬉しくて、我慢していた涙がポロポロと流れ始めた。
「みんな優しすぎるよぉ……こんなの、帰りたくなくなっちゃう……帰りたくないよぉ……」
「アメリア……?」
「なんでみんな優しいの……? 私の周りの人はなんで酷いの……? やめて、酷いこといわないで……叩かないで……期待に応えるから……いじめないで……!」
「アメリア!!」
「はっ!?」
レオ様の呼びかけで現実に戻った私は、自然とレオ様の胸の中に倒れた。それに対して、レオ様は何も言わず、私を受け止めてくれた。
その後も、私が落ち着くまでずっと何も言わずに、ただ抱きしめ続けてくれた。
「少し、落ち付きました」
「ならよかったよ」
「聞かないんですか?」
「なにをだい?」
「色々です」
「まあ君の家のこととか、家族とか、クラスメイト達とか……俺の知らない部分は沢山あるが、大体は予想できる。だから俺は……」
「俺は?」
「もっともーっと、アメリアと一緒にいることにした!!」
返ってきた回答の中身が、あまりにもレオ様らしくて、私はクスクスと笑ってしまった。
「そう、アメリアにはその笑顔が良く似合う!俺はアメリアの笑顔が大好きなんだ!」
「ありがとうございます。私もレオ様が好きですよ」
「はへぇ!?!?」
普通に返しただけなのに、レオ様は完全に挙動不審になってしまっていた。
私、何かおかしなことを言ったかしら……ちょっとまって。さっきの私も好きですって言葉……あれ、笑顔のことを言われたから、レオ様の笑顔も好きって意味で言ったんだけど……もしそれが上手く受け取れてなかったら……!
……愛の告白になっちゃうよ、ね?
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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