第十九話 新鮮な気持ち
「アメリア様、少しいいかしら?」
放課後、シャフト先生のお使いに行くために、自分の席で準備をしていると、フローラに話しかけられた。
フローラが話しかけてくる時は、大抵悪いことにしかならない。それに、お使いに行かないといけないのに、ついさっき担任の先生に頼まれごとをされてしまったので、フローラに構っている時間は無い。
「ごめんなさい、急いでるの」
「私がわざわざあなたに話かけてあげたのに、蔑ろにするんですの?」
「シャフト先生に頼まれて、お使いに行かないと行けないの。それに、さっき別の用事も頼まれてしまって。あなた、代わりに行ってくださるの?」
「まあ! そんな大役、私にはあまりにも難しすぎますわ! ここは優秀なあなたがするべきです!」
……私に面倒ごとを押し付けられないように、適当な理由をつけて逃げたわね。そもそも頼むつもりなんて無かったけど。
「さてと、大役はあなたに任せて……レオ様ー! 今日こそ一緒に帰りましょうー!」
さっき私と話していた時よりも、明らかに高い声でレオ様の元へと駆け寄るフローラは、なんていうか……媚を売ってるんだなというのがよくわかる。よっぽどレオ様に気に入られたいのだろう。
それは良いのだけど……なんだろう。レオ様が他の女性と話しているのを見ると、胸の奥に霧がかかったような感覚というか……モヤモヤするというか……とにかく、あまり気持ちの良くない感情になっていたのを感じた。
「悪いけど、先約があって急いでるんだ。それじゃ」
「あっ……」
いつも人当たりのいいレオ様にしては珍しく、驚くほどの塩対応で教室を後にしてしまった。
それを見ていた私の胸から、さっきのモヤモヤは完全に無くなっていた。
このスッキリしたような感情、なんなのかしら? まあいいわ、早く頼まれたことを片付けてレオ様と合流をしないとね。
****
「レオ様は……あ、いたわ」
少し遅れて校門に行くと、レオ様は下校しようとしている生徒に手を振っていた。
レオ様って、私が思っている以上に人気なのかもしれないわね。今のを見てた感じ、通った生徒が挨拶をしたから返した感じだったもの。
「お待たせしました」
「アメリア! 頼まれた用事は終わったのかい?」
「はい。今日行った小テストの回答用紙を運ぶだけだったので、思った以上に早く終わりました」
「回答用紙? それ、重くなかったかい? ああ、力仕事だってわかってたら俺が変わったのに!」
「大丈夫ですよ」
……本当は、結構重くてフラフラしちゃったし、通りかかったのか待ち構えていたのか、シャーロットにぶつかられて、持っていた回答用紙を落としてしまったりと、それなりに大変だった。
でも、それをわざわざレオ様に言う必要もないでしょう? それにこんなことは慣れっこだから、全く気にもしていないし。
「さてと、それじゃあ行こうか」
「店がたくさんある中央街なら、目的のものを買えると思います」
「わかった。歩いて行ける距離だけど、うちの馬車でも行けるよ。どうする?」
「今日は風が気持ちいので、歩いて行きませんか? 最終下校の時間までに戻ればいいので、時間は大丈夫かと」
「わかった。今日はお使い兼、散歩デートだね!」
「デートじゃありません」
「ははっ、これは手厳しいな」
終始楽しそうなレオ様と共に、暖かい春の風と日差しを感じながら、ゆっくりと歩いて中央街へと向かう。
ただ歩いているだけなのに、気候のおかげでとても気持ちがいい。それに……一人じゃないだけで、その気持ちよさが何倍にもなっている気がする。
「えっと、何を買いに行くんだっけ?」
「カエルの卵、トカゲの尻尾、コウモリの羽、蝶々の幼虫、チョコクッキーですね」
「そんなのを使って薬を作るのか!? それに最後のはただのおやつだよね!?」
そ、そんなことを私に言われても……実際に紙にはそう書いてあるのだから仕方がない。
「そういった素材は、薬効が高いものが多いので、魔法薬によく使われるのですよ。製作者の魔法のおかげで、飲んでも害はないですし。クッキーを使うのは知りませんが」
「そ、そうなのか……あまり知りたくはなかったことだね……」
知らない人からしたら、結構ショックな内容かもしれないけど、私は魔法薬学の勉強をたくさんしてるから、これが当たり前の知識になっている。
ちなみに、さっきの素材よりももっと引いてしまうような材料もあったりする。レオ様には言わないけどね。
「それで、材料はどこに売ってるんだ?」
「この内容でしたら、町の中心から少し離れたところにある店で売ってますよ」
「わかった。案内してもらえるかな?」
「はい。こちらで……って、なんで手を?」
「なんでって、女性をリードするのは当然だからね。社交界でされたことはあるだろう?」
「まあ……それはありますが」
久しく社交界と関わってなかった私には、リードしてもらうなんてもう無いと思っていたから、少し戸惑ってしまう。
……社交界か。なんだかとても遠い過去のように感じられる。そんなに驚くほど昔の話じゃないのにね。
「なんだかこうして手を繋いで歩いていると、デート感が出て良いね……ん? アメリア?」
「…………」
「おーいアメリアー?」
「あ、はい。なんですか?」
「なんかボーッとしてるから、どうかしたのかと思って」
しまった、レオ様の前で昔のことを思い出してる場合じゃなったわ。早くお使いを済ませて帰らないと、最終下校時間を過ぎたら学園に入れなくなってしまう。
いくら時間に余裕があるからといっても、こんな所で無駄に時間を過ごしているほどの余裕はない。
「結構通行人が多いな。なんだかこうやって町を歩くのは、新鮮だよ」
「普段は来ないんですか?」
「来るけど、移動は馬車が基本だからね。こうやってのんびりと町中を歩くのはしないかな」
「そうなんですね。私は普段から歩いて登校しているので、歩き慣れてます」
「……前から気になっていたんだけど、どうして歩いて登校を?」
私の少し前を歩いていたレオ様が振り返る。その表情はとても真剣だった。
「どうしてそんなことを?」
「アドミラル学園は名門だ。そこに登校する人間は、貴族や金持ちが多いよね。そうなると、馬車で送り迎えをしてもらう生徒が多い。そんな中、数少ない徒歩での登校をしているというのは、少し気になってね」
「特に深い理由はありませんよ。強いて言うなら、歩いた方が運動になるでしょう?」
「そんな理由で? 一応聞いておくけど、毎日どれくらいかかってる?」
「時間ですか? 日によりますけど……私の足だと、片道一時間くらいですかね」
「一時間!? そんな長時間かけて通ってるのかい!?」
そ、そんなに驚くようなことを言ったかしら? 私にはそれが日常になってしまったから、特に気にしていないのだけど……。
「私は大丈夫なので、心配しないでください」
「…………」
納得がいかない。そう言いたげに私を見るレオ様は、私の手を強く握る手に力が入っていた。
私にとって、心配してくれるというだけでも凄く嬉しい。だから、そんな顔をしないで……いつものように、太陽に負けないくらいの眩しい笑顔でいてほしい。
「そろそろ着きますよ。ほら、あそこの角を曲がった先にある、赤い屋根のお店です」
「……うん」
いつもの元気さは完全に鳴りを潜めたレオ様と一緒に、私は目的地であるお店へと入っていく。
結局今回も家の事情を言わなかったけど……これでいいよね? 言ったところで解決するわけじゃないし、レオ様を余計に心配させるだけだもの。
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