8『告白現場』
とある日の放課後。図書室で本を借り、少し遅れた帰路に着く。廊下に響く吹奏楽部と軽音楽部の演奏。外からは野球部の鳴らす快音やテニス部の掛け声などが聞こえ、放課後であることを実感させる。
人気の少ない廊下。校舎の離れだから仕方ないのだが。意気揚々と鼻歌でも歌おうかなと思うと、声が聞こえてくる。
「好きです。付き合ってください」
告白だ。気にせず突っ切れば良いのに、思わず足を止めてしまう。一度止めてしまうと、タイミングを見失い、角に隠れて聞き耳を立てる。
最低だなと自覚しつつも、もう止められない。
「ごめんね。私好きな人がいるから」
「僕じゃダメですか」
「うーん、ダメかな。その人を追いかけないと意味がないから」
女性の声の主がたんたんと足音を鳴らし、廊下へ出てくる。好奇心に負け、チラリと角から顔を出す。出てきたのは楓だった。目が合い、楓は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ギロリと睨む。
そして、特に何を言うこともなく、まるで遭遇しなかったかのようにその場から立ち去る。
楓が告白されていた。容姿だけ見れば何もおかしくない。でも、楓を好きになる人がいるのか。その事実に脳の処理が追いつかない。うーん、もの好きもいるんだな。
しばらくすると、男の方も出てくる。俺が言えたことじゃないが冴えない男って感じだ。スキンケアとか一切行っていなさそうな肌。制服もキッチリ着こなしているとはいえない。端的に言ってしまえば陰キャだ。多分ウチのクラスではない。一目惚れでもしたのだろうか。それなら告白する理由もわかる。
彼はとぼとぼと重たい足取りで昇降口の方へと向かう。まぁ、告白失敗して意気揚々と帰宅する者は居ないだろう。ちなみに俺と意気消沈している。帰ったら楓になんていびられるのかな。考えただけで、逃げたくなる。
後ろから着いていくような形で俺も昇降口までやってくる。や、決して追いかけてきたわけじゃないんだよ。そりゃ多少は興味持ったけどね。昇降口なんて皆使うわけだし、しょうがないよね。そもそも俺は男をストーキングしたりしないよ。
靴を履き、表に出る。正門を抜け、俺の自宅方面へ歩く。
なんで方向まで同じなんだよ。これじゃあ本当に俺が追いかけているみたいじゃん。ただ、追い抜かすのも気が引ける。あっちからすれば俺なんてただの同じ制服を着た人間なんだろうが、俺からすれば楓に告白をした男である。なんとなく触っちゃいけないような気がして、認識されちゃいけないような気もして、結果としてこうやって距離を取って、抜かさないようにしている。めっちゃストーカーじゃん。
彼は時折足を止め、スマートフォンに目線を落とす。止まるせいで俺も止まらなきゃいけない。止まるんじゃねぇぞ……。
動き出すところか、なんか電柱の影に隠れる。何をしているんだろうか。チロリと前方に目線を向け、何事もなかったかのようにまた歩き出す。不自然過ぎる動き。まぁ、俺が言えたことじゃないんだけど。
「何してんだ……」
そう思いながら、ダラダラと歩き、電車に乗って、自宅の最寄り駅まで着き、彼は何故か俺の家の前までやって来て、そのまま素通りしていった。
知らなかっただけで近所に住んでいるのか。そう考える他なかった。
帰宅すると、楓が待ち構えていた。
「なんだ奏斗か」
落胆交じりの声音。俺で悪かったなとか思いながら「ただいま」と挨拶をする。
「おかえり」
そう挨拶を返してくれる。怒っているわけじゃなさそうだ。
「なにしてんだ。こんなところで」
「いや、なにも」
楓はつーんとそっぽを向く。玄関で待ち構えていて何もないは流石に無理があるだろとか思いつつ、どうせ問い詰めたところで吐かないのだから無駄だろうと諦める。
「ま、なんで良いけどさ。なんかあったら言えよ」
手をヒラヒラさせ、俺はリビングの方まで歩く。きっとこれで良いんだ。
翌日。今日は休日だ。五日間頑張ったご褒美。
スマートフォンの時計に目線を向ける。十二という数字が表示されている。どうやら真っ昼間に起きてしまったらしい。
まぁ、休日に朝っぱらから起きるとか損してるしな。これこそが有意義な休日の使い方といえるだろう。
遅起きを己の中で正当化しつつ、部屋を換気するためにカーテンと窓を開ける。日差しが差し込む。
「……」
妙な視線を感じる。俺はふと視線の感じるその先へ目をやると、そこにはこの前、楓に告白していた男が居た。目が合う。俺もビックリしているが、あちらもビックリしたようでお互いに見つめ合うような形になる。
一、二、三秒と見つめ合った後、彼は慌てふためくようにその場から立ち去る。
「なんなんだアイツ……」
たまたま目の前の道を通りかかったというような形ではない。どちらかと言えば意図的にやってきた。いや、ないか。
喉元に何かが引っかかるように心に違和感が引っかかる。
「思い過ごしだったら良いけど……」
俺はポツリとつぶやきながら、窓を閉めた。