6『男と男の会話』
焼肉屋を出て、しばらく歩き自宅まで到着する。
「桜。俺たちちょっと歩いてくるから」
「そう? 私も行く?」
「いや、大丈夫。時には男二人で話したいこともあるんだよ」
「ふーん。そう? 気をつけてね」
桜に手を振って、俺たちは踵を返す。桜も気を使ってか、俺の家の前にある電柱付近で別れてくれた。
しばらく歩き、ベンチとブランコしかない小さな公園に辿り着く。後ろには川が流れており、なんとなく涼しさを感じることができる。
ベンチに腰掛け、街灯に照らされる。明るく光る街灯には名も分からぬ虫たちが集り、パチパチと音を立てて、自由に飛びまわる。
「どうだった」
話を切り出したのは俺だ。隣に座る慎は苦笑するだけで、口を開くことはない。
「桜紹介してやったけど。どうだった」
何も反応がないので押し込むようにもう一度声をかける。
「連絡先を交換できたのは収穫だな」
思っていたよりもポジティブだなと感心したが、あまりにも暗い表情を見るとあぁ強がっているだけなんだなと理解出来てしまう。
強がること自体が悪い事だとは思わない。でも、今の慎は痛々しい。見ているこっちが辛くなる。
「でも、失ったものもある」
天を仰ぎ、深いため息を吐く。
「失ったもの?」
俺が首を傾げると慎はコクリと首肯する。
「付き合えるかもしれないっていう希望、俺だったら落とせるだろうっていう自信。なんつーかね、あんだけ眩しい笑顔見せられて、あんだけ幸せそうに惚気聞かされたらなくなるもんだよ」
「お前がか」
「あぁ、俺がだ」
表情自体は暗い。でも、その奥に楽しさのようなものが絶え間見える。あまりにも不自然で不気味に思えてしまう。
「にしても、あんだけ想われる相手は相当幸せものなんだろうな。でも、付き合ってないってことはクソ鈍感野郎なんだろうな。可哀想なこった」
ケラケラと笑い始める。数秒でスンと静かになり、ため息を吐く。
「お前、桜の好きな人に煽るなよ? 先輩にけんか売るとか色々面倒なことになるからな」
誰が好きなのかは知らないが、さっきのタイプに加えて、長い付き合いがある。それらを考えると同級生であると結論付けるのが妥当だ。なんなら、年上も有り得る。
「そうだな。その先輩とやらの前では煽らないよ」
「出来ればその周囲でも煽らないでくれ」
苦笑すると、マジマジとした目線を送られる。
「お前の前では煽り続けるけどな。一生」
「まぁ、俺なら構わないけど……」
生憎俺も同じようなことを思っていた。あれだけ可愛い子に言い寄られて靡かない。性的本能を喪失しているか、クソ鈍感野郎のどちらかだろう。だから、俺の前で桜の好きな人とやらを煽るのは構わない。むしろ一緒に煽るまである。
「覚えとけよ、その言葉」
ツンっと俺の額に指先を押し当てられる。
「覚えとくよ。ってか、俺も同じこと思ってるんだからな。お前こそ俺が煽り始めて引いたりするなよ」
「それはどうかな。奏斗が煽り始めたら、お前マジかよってドン引きすっかもしれねぇーな。いや、絶対するわ」
「慎だけずるいな。俺にも煽らせろよ。幼馴染がクソ鈍感野郎の餌食になってんだからさ」
俺はケラケラと笑い、慎も釣られるようにして笑い始める。小さな公園で、男二人の笑い声だけが夜空に響いた。
縁遠い青春だと思っていたが、これもある意味青春だよな。笑い終えたタイミングでふとそんなことを思った。柄じゃないけど。