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5『焼肉』

 とある焼肉屋。

 食べ放題が特徴で、平日休日の区別なく、夜になるとお客さんで溢れ返る。ぜってぇーここでバイトしたくねぇーよ。とか、思いながら、席に案内される。

 慎は耳元で「お前すげぇーな。マジでセッティングするとか神かよ」と囁く。アッラー、そんなに褒めてもらわなくても……と照れておく。

 コースを選べと言われて、適当にコースを選ぶ。そして、カチッと音を鳴らしながら、火を付ける。店員が離れてすぐにタッチパネルは切り替わり、注文が可能になる。

 ふむふむ、やっぱり最初はカルビとタンなんだよなぁ。やっぱり塩。塩しかかたん。前半でタレとか邪道も邪道。そんなことを一人で考えながら、ポチポチとタッチパネルで肉を注文していく。


 「初めまして。奏斗の知り合いの藤橋慎です」

 「うんうん、話には聞いてたよ。よろしくね〜」

 「はい、よろしくお願いします」


 タッチパネルに目線を落としつつも話は聞いておく。慎からは言葉の節々に緊張が感じられる。そんな堅苦しくなくたって良いのにと思うが、それは俺と桜の関係性があるからこそ言えることなのだろう。慎からすればただただ美人な先輩が目の前に居る。まぁ、緊張するなって方が無理だよな。


 「最初は何を食べます?」


 慎は話題に困ったのか、熱されている金網を見つめる。


 「うーん、ハラミかなぁ」

 「ハラミも良いですよね」

 「慎くんは普段最初に何食べるの?」

 「し……!?」


 慎は童貞みたいな反応を見せる。お前童貞じゃないのに、童貞みたいな反応するなよと心の中でツッコミつつ、黙ってハラミを頼む。


 「そうですね。ホルモンとかですかね」

 「ホルモン!? お前一発目からホルモンはねぇーだろ」


 馬鹿げたことを言い出したので思わず口を挟んでしまった。一通り言い終えてから、何事もなかったかのようにタッチパネルへ目線を戻す。


 「ホルモン美味いだろ」


 慎は不服そうに呟く。


 「いや、そりゃ美味いよ。でもさ、一発目はないだろ。アレは最後のシメとして食うもんだよ」


 反論されたので思いっきり殴り返す。とりあえず、ホルモンは注文しない。せめて網交換する前に……だなぁ。


 「桜もそう思うだろ?」

 「えー、ホルモン美味しいよ」


 この人論点ズレまくっているわ。美味いのは分かっているんだよなぁ。あの感触が堪らないんだよ。


 「……とりあえず注文したから、あと食いたいもん適当に頼んでくれ」


 何はともあれ、仕事は終えた。初手に塩タンが食べられるのであれば後はぶっちゃけ何でも良い。でも、ホルモンは網交換のペース上がるから避けたいなぁ。


 「ってか、今日来てくれてありがとうございます。本当に来てくれるだなんて思ってなかったので」


 俺に感謝しろよという目線を慎に送ると、眉間に皺を寄せられた。なんだよ、せっかく俺がセッティングしたってのに。


 「私の弟みたいな奏斗のお願いだったしさ」


 桜は俺の頭をポンポンと叩く。みたいなってか、もう実際そうなんだけどね。


 「それにちょっと気遣わせちゃうような案件もあったし、断るのもなんだかなーって感じだったから。それに慎くんが良い子だってのも奏斗から聞いてたからね。君となら会っても良いかもって思えたんだよ」


 桜の口から出てきた気遣わせる案件。直接的な表現ではなかったが、何を指しているのかは理解出来てしまった。正直そこまで見透かされているとは思っていなかった。心の拠り所をとか、一瞬でも嫌な記憶を忘れて楽しい空間を……とか、隠し通せていると思っていた。やっぱりお姉さんなんだなぁと痛感する。


 「そうですか」


 慎は慎で感動している。お前ナイスすぎるという声が聞こえてきそうな眼差しを向けてきた。

 コイツ本当に調子良いな。


 「最初はタンなんだね」


 店員さんが持ってきた塩タンを見ながら桜は呟く。

 その言葉を聞きながら、俺は流れ作業のようにタンを金網へ乗せていく。音を立ててタンは渋い色に変わっていく。香りも漂い、食欲がそそられる。あぁ、お腹空いた。

 お見合いみたいな会話を耳にしながら、俺はひたすらに肉を焼いていた。

 白米にお肉をバウンドさせて、一緒に食べる。たまにお肉だけ食べたり、タレだけでご飯を食べたり、でも結局白米とお肉の組み合わせが最強で、一緒に食べて幸福感を味わう。

 一人焼肉にでも来たのかってくらい食にのめり込む。まぁ、桜と慎の話を聞いていても面白くないし致し方ない。親友と幼馴染の互いを探るような会話なんて、聞いていてなんの得があるのか。慎の照れるような会話は気持ち悪いと思うし、桜の会話を広げようとする質問も心底興味のないものばかり。本人たちはそれで楽しいのだろうが、第三者からすれば面白味の欠片もない。だから、食にのめり込む。当然と結末と言えるだろう。


 「彼氏居るんですか?」


 残り時間折り返しという頃合で、慎は核心に触れるような質問を投げる。


 「彼氏はねー、いないよ。ここで居るって言えたらカッコイイんだろうけどね」


 桜は若干恥ずかしそうに頬を撫で、その照れを隠すように俺の取り皿から肉を奪った。この人何してくれてんだ。食い物の恨みは恐ろしいって教わらなかったのかね。


 「そうなんですね」


 普段の慎であれば今の行動に触れるはずなのだが、全く触れない。それどころか嬉々とした様子で桜の返答に反応する。これじゃあ俺ただお肉奪われただけの人じゃん。

 コソッと桜の取り皿からお肉を奪う。ふむー、これでおあいこだ。


 「好きな人とか気になる人とかもいない感じですか?」


 慎は勝ちを確信したかのように目をキラキラさせる。人ってこんなにも瞳を輝かせることが出来るんだなと考えさせられるほどに綺麗だ。これがかわいい女の子だったらどれだけ幸せなことか。肉を噛み締めながら、馬鹿なことを考える。


 「あー、それ聞いちゃう?」


 桜は苦笑しながら髪の毛の先っぽをクルクルっと回す。


 「好きな人はいるよ」


 今回は躊躇することなく言った。一切淀むことなく、はっきりと。俺に一度言った時点で好きな人がいることを口にすることくらい大したことないなと理解したのだろう。むしろ、堂々としている。


 「あー、好きな人いるんですね」


 一方で慎は一気に生気を失う。トーンも三つくらい下がっている。


 「そう」


 キラキラ輝く桜と霞む慎。この対比が面白くて、肉が進む進む。


 「ちなみにどんな人なんですか」


 慎は諦めきれないという感じで問う。


 「うーん、そうだなぁ」


 桜は唇に指を当て、少し黙り込む。少し迷うような仕草。目線と唇の動き。指を動かして喋るかと思えば、肉を放り込んで焦らす。

 別に気にする必要なんてないはずなのに、どうしても気になってしまい、同じ肉を何度もひっくり返してしまう。若干焦げ臭さが鼻腔を擽り、慌てて取り出して、二人にあれやこれや言われる前に口の中に放り込んで証拠隠滅する。


 「優しくて、馬鹿みたいに笑い合えて、気心許せる人かな」


 桜はここ最近見せなかった幸せそうな表情を浮かべる。

 ちょこっとだけ複雑だ。

 きっと、桜の好きな人にはいつもその幸せな表情を見せているのだろう。例の件で癒すことの出来なかった傷でさえ、桜の好きな人であれば癒すことが出来るのだろう。

 自分の無力さを痛感する。俺には一生かけてもできることのないことを桜の好きな人はこなしてしまうのだ。多分意識せずにやっているのだから、驚異的だ。虚しくなる。


 「あとは私のために色々頑張ってくれるところかな」


 彼女はえへへと笑う。所詮俺は幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもないんだな。痛いほど思い知らされた。

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