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23『二人だけの話』

 お互いに何も発することなく十分ほど歩く。目的地があるのかどうかすら分からない。少なくとも俺は何も考えずに歩いている。というか、桜が向かう方に歩いている。

 住宅街のさらに奥。無造作に生える背丈のある雑草たちを掻き分けて、坂を下ると大きな川が見えてくる。

 ゴロゴロと大きな石たちが転がる河原。足元が不安定な中、桜は「ほいっ、ほいっ」と声を出しながらバランスを取りつつ川の方へとさらに進む。

 水辺までやってきてやっと足を止める。


 「なんでわざわざここまで」

 「ここなら周りに誰もいないから話聞かれないでしょ?」

 「確かにそれはそうだけど」


 極端すぎませんかね。


 「それに恥ずかしくなって顔が火照ったらすぐ冷やせるでしょ」

 「なんだそれ」


 可笑しくて笑うと、桜も釣られるように笑う。

 水の流れる音、橋からは車の通過する音。様々な音があちこちから鳴り、静けさとは程遠い。それでも不思議と落ち着くことが出来る。


 「嫌なら断ってくれて良いんだけど。私のお願い聞いてくれる?」

 「まぁ、俺に出来ることなら」

 「楓と柊には色々してあげたんでしょ?」


 さすが長女と褒めるべきだろうか。敏感だな。


 「そうだよ。善処するから」


 断っても良いよと言いつつ、断りにくい雰囲気を作られる。多分意識してやっているのだから策士だ。本当にずるいと思う。そんなことしなくても、俺の想定していることを口にするのならオッケーするのになとも思う。


 「奏斗」


 様々な音を掻き消すように俺の名前を呼ぶ。

 分かっていたのに、ピンと背筋を張って、緊張してしまう。覚悟したはずなのになぜか逃げ出したくなる。本当に逃げ出したくなるのは桜だろう。そこまで分かっているのに、そんな感情を抱いてしまう自分が情けなく、心底嫌になる。


 「はい」


 あれこれ逡巡したが、意を決して彼女の呼びかけに答える。なんてことのない二文字の言葉だが、恐ろしいほど満足感に溢れる。


 「私ね、奏斗のこと好きなの。多分奏斗はこのこと聞いても奏斗は幼馴染としてとか、家族としてとかって逃げると思うからはっきり言うね。はっきり言わないと私も逃げてしまいそうだから」


 長い付き合いだからだろう。俺の気持ちを見透かされている。そんな事ないのだが、全裸を見られているような気がして恥ずかしい。

 真っ直ぐな眼差し。それすら逸らそうとしてしまう。本当にどこまでもダメな人間だ。


 「奏斗が好きだよ。恋愛的な意味でね」


 想定していた通りの言葉がとんでくる。不意打ちだったら耐えられなかっただろうが、なんとなく察していたので、逃げることなく耐えられる。

 こんな可愛い子に告白されることなんて、この長い人生で見た時に一生あるかないかだろう。可愛いだけならワンチャンあるかもしれない。性格も良くて、お互いにお互いのことを知り尽くしている。好きな食べ物、嫌いな食べ物、家での過ごし方、小さな頃の様子なんかも。正直好きという感情は今になってもイマイチ分からない。それでも、これを逃すのはマズいと理解出来る。

 ただ、こんな打算的に付き合っても良いのか。そんな疑問が生まれる。お互いに好きになって、付き合うべきなんじゃ。大人になって結婚を見据えるのなら打算的になるのも致し方ない。でも、学生のうちは打算的になる必要はないんじゃないか。打算的に付き合ったら後悔するんじゃないか。色々と逡巡する。

 闇雲にあれやこれやと考えて、結局答えは出てこない。

 こんな時に慎が居たらなんて言うだろうか。うじうじするくらいだったら付き合っちまえよって煽ってくるな。


 「答えは聞きたいな」


 桜は苦笑する。


 「私はさ、ヒロインみたいに優しくないから。返事は後で良いよとか言えないんだ。だって、保留にされたら生きた心地しないし。ちょっと私にそれはできない。だから、答えは聞きたい。例えどっちだったとしても」


 真剣な眼差し。そこまで言われると、保留という逃げの行為すらできない。彼女は有言実行しているだけ。


 「分かんないんだよ。好きって感情が……」


 適当にごまかすのは誠実さに欠けると判断した。今更誠実さとか求めているんじゃねぇーよって正論は聞きたくない。


 「わかんない?」


 桜は不思議そうに首を傾げる。

 「好きってなんなのか。分からない。桜のこと好きなのかも分からない」

 もう何が分からないのかが分からない。分からなくて、分からなくて、分からなくなっている。自分でも何を思っているのか分からない。


 「そんなの私にも分からないよ。好きってなにかなんて」


 彼女は嘲笑する。俺に対してしているように思えるが、どうもチクリと刺さらない。笑い終えた後の寂しげな表情。あぁ、あれは己に嘲笑していたのだと気付く。


 「好きなんて沢山あるから。ほら、さっき言ったでしょ。友達の好き。家族の好き。それ以外にも尊敬とか、可愛がる対象の好きとかもある。その中の一つに恋愛としての好きも含まれてるだけ。だからね、理解しようとする方が無理だと思うの」

 「じゃあなんで?」

 「奏斗は特別な存在だから、遠くに行ったら悲しいなって思うし、手を繋いだら嬉しいって思う。頭を撫でたら守りたいって思える。笑顔を見せてくれたらこっちも笑っちゃう。どの好きかなんて分からないけど、好きだから。大好きだから。気付いたら奏斗のことしか考えられなくなっちゃってるから。きっとこれは恋をしているんだって思い込むことにしたの」

 「それって後悔しない? 違った時に」


 一番気になるところだ。恋だと認識してそれが違うと気付いたら時、俺は自分を憐れむ自信がある。

 しかし、彼女は躊躇することなく首を横に振る。


 「しない。絶対にしない。好きなのは間違ってないから。恋愛以外の好きだったとしても、好きって想いがあるのなら恋愛の好きに発展できるはず。だから、後悔しない。むしろチャンスだと思う」


 要するに後悔しないってことか。うじうじしているのも馬鹿らしくなってきた。桜も恋愛的好きを理解していない。なんか、そこを追い求めるのは馬鹿馬鹿しい。


 「じゃあ、俺と付き合ってくれる? 俺も桜のことは好きだから」


 この感情が果たしてどの好きなのかは分からない。でも、好きなのは事実だ。彼女の言葉を信じるのなら、この選択で後悔しないはず。


 「ほんと?」


 桜は目を潤ませる。俺の手を両手で包み、顔をクイッと近付ける?


 「本当」


 俺はコクリと頷く。


 「えへへ、やっと付き合えた。これからもよろしくね。私の彼氏さん」


 桜は調子良くそんなことを口にする。あぁ、彼女ってのも悪くないな。恋をするってこういうことなのかな。胸の鼓動を感じながら、空を見上げた。

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