21『柊パート3』
四日目。今日も一緒に登校して、一緒に昼飯を食う。そして、一緒に下校する。で、家に帰っても一緒に過ごすのだろう。
もうこんなの恋人じゃん。本物の恋人だよ。というか、本物の恋人顔負けでしょ。
子供たちに帰宅を知らせる五時のチャイムが鳴ったころはまだ明るかったのに、五時半になると辺りは暗くなる。たったの三十分でこんなにも明るさが変わる。地球って本当に動いているんだなぁと実感する。なんでジョルダーノ=ブルーノは殺されちゃったのかな。いや、前知識がなきゃ天動説でも信じられちゃうか。
「春なのに寒いですね」
隣を歩く柊はブルっと身体を震わせる。
「そんなスカート短くしてるからだろ。校則違反だぞ。ほら、膝下までスカートは伸ばさないと」
「生活指導の人みたいなこと言わないでください」
柊はむぅっと頬を膨らませる。なんだよ、寒いならスカート長くすりゃ良いのに。
「あ、あそこ寄っていきませんか?」
柊が指差すのは小さな公園だ。桜と焼肉を食いに行った後に慎と駄弁った質素な公園を思い出す。いや、あそこよりも質素だ。シーソーと白馬とパンダのスプリング遊具。端っこに申し訳程度のベンチが一つ。手入れは頻繁に行われていないようで、所々雑草が生えている。
「帰り遅くなるから帰ろうよ。それに、寒いんだろ。身体冷えるぞ」
「ほら、今日は金曜日ですし大丈夫ですよ。それにこんなこともあろうかと、ひざ掛け持ってきてるので。ほら」
柊はリュックから赤色のひざ掛けを取り出す。彼女の言う通り時間が迫っているわけではない。それに寒い寒い言っていたから大丈夫かと思ったが、対策するのなら断る理由はない。決して、断りたくて理由探していたとかじゃないからね。嘘じゃないよ。
「じゃ、ちょっと寄ってくか」
そもそも何をするのか分からない。まぁ、寄りたいのなら寄っていけば良い。こう、意味の分からない公園でダラダラするのもある意味カップルっぽいのかもしれないし。
「お馬さん〜」
柊はひょいっとスプリング遊具に飛び乗ると、前後にくらくらと動かす。
「ほら、見てください」
俺がベンチに腰掛けたのと同時に柊は空を見上げる。俺は視線を追いかけるように夜空を見上げる。街灯の明かりに屈せず光り輝く星たち。普段は気にしないのに、こうやって静寂な空気の中で見てみると、見蕩れてしまう。
「星って綺麗ですよね」
ポツリと呟く。遊具のギコギコ音を掻き消すようなその言葉は耳にすんなりと入り、この自然な空気に親和していく。
「そうだな」
何拍か間を置いてから答える。
「夜に星を見ていると思い出すんですよ。色んなことを」
「色んなこと?」
「はい。色んなことです。小さな頃の思い出とか、最近の思い出とか、嬉しかったことや悲しかったこと。本当に様々な思い出が蘇るんです」
気付けば遊具の音はしなくなっていた。
「見える星の数だけ思い出があって、これからの未来があるんだなーって思うと色々考え込んじゃうんですよ」
星を見て、直ぐに消えちゃうとか儚いよなぁと思っている俺は浅はかなんだな。そんな深いこと考えたことすらなかった。
「星って私たちがここにいる意味を教えてくれる……生きる意味を教えてくれる。そんなふ風に思うんですよ」
またギコギコと音を鳴らす。
「あ、別に深い意味はないですよ。なんとなーく、星を見るとそう思うだけなので」
「そうか」
「そうです。深い意味はないんです」
楽しそうに白馬を前後に揺らし、時折寒そうに肩を抱いて身体を震わせる。
「寒いならこっち来いよ。ひざ掛けそこじゃ使えないだろ」
「それもそうですね。惜しいですけど寒さには変えられないですからね」
柊は飛び降りると、俺の元までパタパタと駆け寄り、隣に座る。モフモフなひざ掛けを膝に置いて気持ち良さそうにおっとりとする。
静寂が訪れる。彼女はそっと俺の手を握る。ひんやりとした手は徐々に温かくなる。握り返そうかと思ったが、少しでも動けば壊れてしまいそうなほどの繊細さを感じ、やめてしまう。
「雰囲気も良いので聞いちゃいますね」
俺の心など知る由もない柊はケロッとした感じで静寂を切り裂く。
「今の言葉で雰囲気もクソもなくなったよ」
「じゃあ聞くのやめましょうか? 私的にはそれでも良いんですけど」
「やめてくれ。一番モヤッとするからそれ」
「そうですよねー」
俺を掌で転がせたのが楽しかったのか、えへへと微笑む。本当に顔が良いので、星空とその破顔は人の心を虜にする。手の温かさもあるのだろう。不意にドキッとしてしまった。マジで恋するところだった。渋谷はちょっと苦手になるところだったわ。
「私と恋人ごっこするの嫌でした?」
柊の口から出てきたのは予想外の言葉だった。真顔でマジマジと、どことなく心配そうに、不安気に、言葉の選択を間違えれば目の前から消えてしまいそうな。そんな顔をしている。
緊張が走る。少しだけ足に力を加え、彼女の瞳を見つめる。身体が吸い込まれそうなほど綺麗な瞳。グッと、堪えて見つめる。
「嫌ではなかったよ」
「でも避けてましたよね。初日からずっと」
食い気味にそして若干睨むように。俺の胸はずきりと痛む。
「緊張するから。最初に言っただろ。俺にはハードルが高いんだって」
「私のこと好きになりました?」
彼女はこてっと首を捻る。
「いやー、それはどうかな」
照れ隠しではない。純粋に分からない。ドキドキしているのは紛うことなき事実。じゃあこれが恋なのかと問われれば微妙だ。ただ、どちゃくそ可愛い女の子と手を繋いでいるという事実に緊張して、ドキドキしているだけな気もする。
お前恋してんだよ。って言われたらそうなのかもって思い込めるほどに五分五分だ。
結局、己でさえ分からない。だから、微妙な答えになってしまう。
「じゃあ、質問変えます」
柊はひざ掛けを俺の膝元に置いて、立ち上がる。ざっと公園の砂を踏み鳴らし、俺の目の前までやってきて、しゃがむ。俺の膝あたりから見上げるように見つめる。
「誰かに恋してるかもって思ったりしましたか?」
「誰かに?」
質問の意図が掴めず、俺は思わず聞き返してしまう。
柊は特に迷うこともなく首肯する。
「そのままの意味ですよ」
俺の問いに彼女は答える。
「誰かにって言われても分かんないなぁ。そもそも恋とかしたことないし」
「でも今してるじゃないですか。恋愛ごっこ」
確かにそれはそうだ。
「納得しましたね」
どうやら見透かされているらしい。なんか恥ずかしいな。
「私にドキドキしてくれましたよね?」
「したな」
「それは多分擬似的な感情ではあると思うんですけど、恋に近いんだと思います」
「じゃあ俺は柊に恋をしているってことか?」
そう問うと柊は憂いに満ちた表情で首を横に振る。
「あー、してないと思います」
彼女は若干迷うように首を傾げる。そしてすぐに口を開く。
「奏斗くんが私に恋をすることはないです。今、私に好意を抱いているとのかもしれないですがそれはあくまで恋人ごっこで得た感情で、本物の恋愛感情ではないんです」
「なるほど?」
「分からないなら分からないで大丈夫ですよ。いずれ、心から好きになる人が現れると思うので」
柊は未来を見透かすような言葉をかけてくる。俺は不思議に思いながらも頷くことしか出来なかった。