18『柊』
俺と慎と楓で撮った写真をあらゆるグループに拡散した。俺たちの思惑通り写真は次々と拡散され、桜や柊の元まで辿り着いていた。やはり、インターネットとは恐ろしい。一瞬でこうやって情報が広がっていく。
そりゃ醤油ペロペロしたり、回転している寿司にワサビを指で乗せたり、ガリや紅しょうがを箸で食ったりしたら全国に広がっていくよな。
桜は「楓大丈夫? 怪我とかしてない?」と心配し、柊は「お姉ちゃんもモテるんだね」とバカにしていた。
ちなみに学校ではその話題で持ち切りだった。普段は適当な話題でそれとなく周りに合わせて盛り上がっているだけ。そんな中、突如舞い降りてきた共通かつ人を下に見ることのできる話題。そりゃこんだけ盛り上がる。人間とは他人の悪口を言うために生まれてきたのだ。
あの男への風当たりも日に日に強まる。
イジメは当然横行するし、教師にもバレて事情聴取を受けることになったらしい。その時に他の悪行もバレたのだそう。
一応扱い的には「家庭の事情で退学することになった」だが、実際は「退学させられた」なのだろう。学校側はあれだけの悪行を見逃す訳にはいかない。見逃したら来年度の入学者数にも影響が出るだろうし。
「珍しく私がモテたのに。なんでこんな目に……」
リビングのソファーで寛ぐ楓はぶつくさと文句をたれる。俺は隣に座る。
「楓は黙ってれば可愛いんだよ」
「黙ってればって何」
「俺とか慎に教室で暴力ふるってるだろ。冷たい言葉と一緒に」
「それは……だって……」
楓は言葉を詰まらせる。楓なりの愛情表現なのは理解している。懐いているからこそ、そういう態度を見せてしまう。分かるんだよ。
「周りから見たら分からないからな。なにも。第一印象怖いって思われるんだろ」
「そういうものかな」
楓はふーんというかんじで、興味あるんだかないんだか。適当に頷く。
「でも、良いんじゃない? 慎が好きなら関係ないだろ」
「え?」
「え?」
俺と楓は顔を見合わせる。
「慎のこと好きなんて一言も言ってないけど」
「いや、今までの反応とか見てたら流石に分かるよ。俺でも」
「好きじゃないから」
「ふーん」
楓のことだ。素直になれないのだろう。可愛いヤツめ。
「本当に好きじゃないからね?」
「分かってるって」
俺は苦笑しながらそう答えた。
◇◇◇
リビングでゆっくりしていると、隣にひょこっと柊が座る。チロリとこちらの顔を覗く。
「どうした?」
あまりビックリさせないように必要最低限の大きさで問う。
「お姉ちゃんどうなったんですか? ストーカーあれ本当ですよね。警察とかに言った方が良いんじゃ……」
心配しているらしい。楓には煽るようなことを言っていたが、根は優しい子だ。ずっと心配していたのだろう。心配しつつも、あんなこと言ったから直接聞けないとかそんな感じなんだろうな。可愛いヤツめ。
「もう退学したからな。アイツ。なんもないと思うよ」
柊は唇に指を当て、ちょこんと首を傾げる。
「でも、ストーカーしていたんですよね? それだったらその人、ここの場所知ってたりしませんか?」
「知ってるとは思うけど……ってか、ここまで後つけてたし」
なんなら休日に見張っていたからな。生粋のストーカーだ。その熱意別のところに注げば良いのにと思う。
「それじゃあ危なくないですか」
「危ない? なにがよ」
「家知られてるってことですよね。失うもの何もないのなら、恨んで殺しに来たりしませんか? 最近も良くニュースになってるじゃないですか。ストーカーが相手を刺したとかそういう事件」
柊の意見はもっともだ。ぶっちゃけ、そこまで考えていなかった。ストーカー撃退しました。はい、おしまい。ハッピーエンドです。そんな気分だった。
アイツが周囲の圧に耐えられず自殺したとかなら、そんなこと気にする必要は無いのだろう。だが、アイツは生きている。今もどこかで暮らしている。こうなった原因が楓だと考えるのであれば、楓を襲撃しようと思い立っても不思議ではない。現に、ストーカーをしようという常人では至らない発想に至っている。
「対策考えておくよ」
「すぐに考えてください……! すぐに! 今日お姉ちゃんが刺されたらどうするんですか。諦めろって言うんですか……。そんなのあんまりですよ」
柊は俺の肩を掴んで、揺すったと思えば、ハッと我に返り距離をとる。
「すみません。取り乱しました」
髪の毛を手櫛で梳きながら、小さく息を吐く。
こちらも不用意だった。桜や楓と接していて、あの事故のことを忘れられているんだなと思っていた。実際あの二人はある程度区切り付けているのだろう。その区切りの中には迷惑をかけたくないという思いも紛れているのだろうが。
桜や楓がそうだから、柊も同じかと問われれば違う。柊はまだ振り切れていない。桜や楓が強い子なだけであって、本来は柊のような反応が自然なはず。
やってしまったなという思いで苛まれる。とはいえ、今のは回避のしようがなかったのもまた事実だ。パッと対策が思い浮かぶかと問われれば答えは否。あの回答以外しようがない。出来るのなら無視くらいか。いや、無視なんか出来るはずがない。
「こっちも悪かった」
優しく柊の頭を撫でる。撫でられる時の安心感はちょっと前に気持ち良いほど味わった。柊はきっと不安で押し潰されそうになっているはず。俺で申し訳ないなと思いつつ、人肌の温かさで少しでも、落ち着いてくれれば嬉しい。
幼馴染として、兄として、それくらいはしてあげたい。というか、俺にはそれくらいしかできない。
親を失う悲しみも、辛さも、苦しみも。俺には理解できない。しているつもりなだけで、分かったような口をして同情でもすれば、柊は不快に思うはずだ。逆の立場だったら「お前何も知らないのに」と不快になる。
だから、優しく頭を撫でるだけ。それ以上のことはしないし、言葉もかけない。
「私、高校生なんですけど」
撫でられる柊は不服そうにむぅと頬を膨らませ、口答えをする。しかし、手で叩いたり、避けたりすることはない。
やろうと思えばいくらでも逃げられるはずなのに。可愛いやつだな。
「まぁ、そう言うなよ。年上に甘えられる時は全力で甘えておいた方が良いぞ。その方が強がっているよりも可愛いしな」
柊は鋭い目線でこちらを睨む。
「良くそういうこと平気で言えますね。理解できないです」
なぜか柊に怒られる。怒られつつも、頭を撫でるのをやめてくれとは言わない。やっぱり気持ち良いんだな。
ぐへへ、口では嫌がっても身体は正直だな。
「俺の経験則だからな」
彼女の問いに対する答えになっているかどうかはわからない。でも、経験則なのだから理解できないと言われたって困る。
「そうだ。話大きく変わるんだけどさ」
俺がそう言い始めると、彼女はこてんと首を傾げる。
「何かしてほしいこととかある?」
俺の問いに柊は悩むように数秒黙り込む。時折目線をこちらに向け、質問の意図を読み取ろうとする。多分、少しでも気を紛らわしてあげたいという俺の思惑は簡単にバレてしまうんだろうな。
そんなことを考えていると、柊はとんとんと俺の肩を優しく叩く。
「要するに甘えてくれってことですよね」
ほら、案の定見破ってきた。ここでごまかす必要もないので黙ってコクリと頷く。
「そうですね。それじゃあ、一つだけお願いがあります」
「お、なんだ?」
そういう配慮いらないですとか言われちゃうかなと思っていたので意外だった。食い気味に反応してしまう。
「私と付き合ってくれませんか?」
突然の告白に俺は固まってしまう。俺の反応をひとしきり楽しんだ柊はふふふと笑い始め「冗談ですよ」と訂正する。
「一週間だけ付き合っているフリをしてほしいんです。甘えるならやっぱり彼氏じゃないですか」
「そういうものか」
家族とかもあるじゃんと思ったが、家族だと両親を思い出してしまうのだろう。となれば、恋人ごっこは案外理にかなっているのかも。
「そういうものです」
「そういうものですか……」
こうして俺は、柊の彼氏のフリを一週間という期限付きではあるがすることになった。