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17『至福のプリン』

 喫茶店へ到着する。時刻は五十九分。危ない、あと一分で遅刻するところだった。鉢合わせたら笑えないもんな。

 物陰に隠れ、楓たちが出てくるのを今か今かと待ち受ける。

 しばらくすると、楓たちが出てくる。男の方は心底楽しそうに、楓は疲弊して出てきた。

 中で何があったのかは知らないが、楓が大変な目にあっていたんだろうなってのは分かる。これ、プリンだけで許してもらえるかなぁ。


 「じゃあ今日はありがとう!」

 「こっちこそ誘ってくれてありがとう。ビックリした。楽しかった」

 「それじゃあね、私このまま用事あるから〜」


 早くこの場から立ち去りたかったのだろう。楓は早々に話を切り上げ、足早に大通りへと去っていく。

 普通ならこの場で男は駅に向かうはずだ。駅に向かったらその時点で俺らの作戦は失敗に終わる。駅じゃなく楓の歩いて行った方へ歩き出せば、第一の難関を突破することになる。

 どっちに行くんだろうか。

 まるで物語の行く末を見守るように、アイツの行動を見つめる。


 「行ったな」


 隣から独り言が聞こえる。

 アイツは右側へと曲がった。駅は左側だ。つまり、ストーキング行為をする可能性がぐんと上がったということ。少し間を開けて出発したあたり、楓と少し距離を取っていると考えるのが自然だ。もうほとんど確定だと思って良いだろう。


 「追いかけるか」

 「そうだな」


 俺たちはバレないように尾行する。

 遠くに行かないように、でも近寄らないように。絶妙な距離感を保つ。

 大通りなだけあって、人の往来が多い。普段であればこの人の多さに鬱陶しさを覚えるのだが、今日だけはこの人の多さに感謝してしまう。

 一メートルという至近距離に立っても、周りに紛れてバレないのだ。

 男が向かった立ち止まったのはとある服屋。この辺りの学生に人気の店である。

 店内に入るのかと思ったが、店外で店内を覗いている。思いっきり覗くんじゃなくて、バレないように距離を取って、さりげなく覗く。周囲からすればただ店外で彼女を待っている彼氏だ。


 「あっち行くか」


 慎は車道を挟んだ向かいの横断歩道を指差す。

 人が多いとはいえ、ここで立ち止まるのはリスクが高い。向かいからカメラを構えるのは理にかなっている。

 俺は頷き、横断歩道を渡って良さそうな場所でカメラを構える。


 『そろそろ出てきて良いよ』


 楓にメッセージを送って数分後。不機嫌そうな楓が店から出てくる。男は木の陰に隠れ、楓の視界から消える。残念ながらこっちだとバレバレなんですけどね。

 木に手を置いて、楓を見つめる男と店外で立ち止まり、スマートフォンを触る楓。何枚もシャッターを切る。


 「どう?」


 慎は俺のカメラを覗く。ギャラリーを見せると、慎はニヤリと笑う。


 「俺も大漁だ。本当は色んなバリエーション揃えた方が良いかなと思ったんだけど、これは誰がどう見てもストーカーだし、十分だろ」


 俺は慎の言葉に頷く。俺ももうやる必要ないと思う。楓を囮にするのも可哀想だしな。


 『駅に戻ろうか。写真たくさん撮れた』


 そうメッセージを送信する。


 『オッケー』


 と淡白な返事が来て、楓は駅の方向へ歩き出す。俺達も楓を見失わないように反対の歩道から駅へと向かった。

 駅へ到着する。直前まで尾行をあの男は続けていたのだが、俺たちが楓と合流するなりその場から立ち去った。流石に俺たちが居る状態で尾行は続けないようだ。尾行続けるのならそのまま捕まえても面白いんじゃないかと考えていただけにちょっとだけ残念だ。ストーカーするくらいならそれくらいの根性見せてほしい。


 「どんな写真撮れたの?」


 楓は首を傾げる。

 俺と慎は一緒に写真を見せてやる。


 「凄い。ガッツリじゃん」


 楓は思わず苦笑する。


 「これがあれば流石に証拠になるだろ」


 少なくともアイツはストーカーをしたという事実が学校内を巡るだろう。写真をどこかのメッセージグループにでも落とせばこの写真は瞬く間に広がっていく。時にはゲーム好きが集まる少数のグループで、時にはクラスの男子が集まるグループで、時には部活動のグループで、そして極めつけはクラス全員が所属しているグループで。

 写真が出回れば、事実として周囲からは認識される。一つの事柄が事実であると認識されれば、ほかの噂も実際にやっていたのではと疑われることになる。火のないところに煙は立たない理論だ。

 そのあとどうするかは本人次第だ。必死になって火消しを試みるかもしれないし、開き直るかもしれない。

 どちらにせよ、アイツが学校で悠々と過ごすことは出来なくなる。

 女子からは気持ち悪がられ、男子からはハブられる。そして、クラスカーストの女子からはイジメの対象となり、他学年からは軽蔑の眼差しを常に向けられる。ってのが、今後の理想だ。

 だが、概ねそうなるだろう。

 この世の中は非常に世知辛い。嫌という感情は波及していく。親しい人間がそいつの事を嫌いだと公言すれば周りも自然と嫌いかもという気持ちが湧き出る。そして、それは連鎖的に続く。芯のある人間は影響を受けないのだが、その代わりにそういう奴は自分の倫理に反する奴を毛嫌いする傾向にある。

 無論、ストーカー行為なんて毛嫌いする対象だ。

 つまり、止まることなくどこまでも大きな波のように広がっていく。

 俺の理想はそこまで遠くないのだ。


 「勝ったな」


 慎は白い歯をニッと見せる。


 「あぁ、俺らの大勝利だ」


 俺も笑顔で応える。


 「疲れた……」


 楓は深いため息を吐く。何があったのかは聞かない方が良いだろう。どうせ聞いたところで俺達も疲弊するだけだしな。


 「ん? それなに」


 楓は不思議そうに俺の手元を見つめる。


 「そうだ。忘れてた。ご所望のプリンですよ。やー、かなり高かったんだよ? 楓へのご褒美だ」

 「ほんと?」


 信じられないみたいな目をする。キラキラ輝くその瞳は、クリスマスの朝にプレゼントを見つけた純粋な子供のようだ。


 「ほんとだ。マジのマジだ。三人分あっから駅のホームで食おうぜ」

 「楽しみ」


 俺たちは改札をくぐり、駅のホームのベンチに腰掛け、なめらかなプリンを堪能した。

 ひと仕事終えた後のプリンほど最高なものはない。

 幸福感に満たされながら帰宅したのだった。

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