16話『桜と暇つぶし』
「おー、慎くんも一緒だったんだね」
駅で待っていると、ヒラヒラと大きく手を振る桜がこっちへやって来た。
「ごめん。呼び出して」
「大丈夫、大丈夫。ほら、進学関係の話でさ、学校に呼び出されててね。遅刻する訳にもいかなかったし、早く来る分には問題ないよ。そもそも早く行ってこの辺でぶらぶら時間潰そうかなーって思ってたし」
桜はそう口にすると、慎と目を合わせる。慎は緊張気味に会釈をすると、桜はニコッと微笑む。すごい。慎がまた童貞みたいになっている。
「とりあえずカフェ行こうよ。このまま立ちっぱなしってのも大変だしさ」
「そうだね」
押し黙ってしまった慎の返事を待つことなく、俺と桜は歩き始める。置いてかれそうになった慎はハッとしてそのまま後ろを着いてきた。
三人で向かったのは駅から徒歩三分くらいのところにある、チェーン展開しているカフェ。なんだかんだで、こういうこところが一番落ち着くなぁと思ってしまうのは多分俺が小心者だからだろう。しゃーねぇーな。今度小心者克服講座でも受けようかな。
慎と桜に席の確保をお願いして、俺はコーヒーを三杯注文する。コーヒーだけなのに高ぇなと表示された金額に驚きつつ、場所代も含まれているから仕方ないよねと納得する。コーヒーの利益率ってそこそこ良いらしいけどね。
あったか〜いコーヒーを三杯受け取り、慎と桜が確保してくれた窓側の席へと向かう。店内にある掛け時計は十時半を教えてくれる。まだまだ十二時まで時間あるね。ゆっくりできそうだ。
「ほい、お待たせ」
「あ、奏斗ありがと〜」
「サンキュ」
桜は意気揚々とコーヒーを受け取り、慎はまるで安堵したかのように力を抜きながらコーヒーを受け取る。
桜はコーヒーを受け取るなりそのままクイッと呷って、顔を顰めながら、トンっとコーヒーのカップを机に置く。どうやらブラックはお気に召さなかったらしい。
「にがっ、あつっ」
「そりゃブラックだし、ホットだからな」
「何にも入れてないの?」
「入れてないよ。受け取ったままだから」
桜はありえないんだけどみたいな視線を送ってくる。なんでよ、俺が悪いのかよ。
諦めたかのように角砂糖を幾つかコーヒーにぶち込んで、クルクルと回す。最初からそうしてください。
「二人はどうしてここにいるの? どう見ても制服じゃないから学校に行ったわけじゃないでしょ?」
「遊びに来ただけだよ。ちょっと早く集合しちゃったから時間潰したかっただけ」
「なるほどね」
うんうんと頷く。
ちょびちょびと慎はコーヒーを飲み、俺と桜はその様子を見て苦笑しながら、クイッとコーヒーを呷る。
「そういえば、楓から聞いたんですけど家で悶絶してたんですか?」
慎はニヤッと悪い笑みを浮かべる。
「あ、いやー、えーっと。楓……」
桜は困ったように言葉を詰まらせ、恨むような声で楓の名前を呼ぶ。そして、何を答える訳でもなく、口を塞ぐようにコーヒーのカップを口元に持ってきた。
「どうなんですか? その好きな人とは上手くやれてるんですか? 後輩として先輩が幸せになる姿見たいです」
慎はさっきまでの緊張は嘘みたいに饒舌に煽り始める。
「あ、うぅ……」
桜は徐々に頬を紅潮させる。
「どうなんです?」
「そうだね……良くも悪くもって感じかなー? でも、最近また良く喋るようになったし、前進はしてるのかも」
「そうなんですね。それは良かったじゃないですか」
慎は楽しそうに笑う。普段はこんなポジションにならないから新鮮なんだろうな。
「でも、やっぱり好きになってくれそうな感じはしないんだよねー。なんていうかお友達止まりって感じ?」
桜も慣れてきたのか、顔を赤くすることもなくダラダラと喋り始める。
「やっぱり先輩は可愛いんですから、そこを上手く活用していかないとですよ」
「活用?」
「そうですね。活用です」
急に恋愛講座が始まった。ちょっと気になるが、俺が覚えたところで使い所はなさそうだ。
「スキンシップは絶対に増やした方が良いですよ。ドキドキさせることで、相手は恋してるかもって勘違いしやすくなりますし」
「でも私がやってもドキドキしないかも」
「大丈夫です。先輩は本当に可愛いんですから。多分どの男でも先輩にボディタッチされたら絶対にドキドキしますよ。あ、せっかくなんで先輩の隣にいる鈍感男の頭でも撫でてやってください」
「おい」
ラジオ感覚で話を聞いていたらめちゃくちゃ巻き込まれた。
「やんなくて――」
逃げ道を作ろうと思ったら、頭に優しい感覚が走る。ふわふわと髪の毛を触られ、言葉にし難い心地良さが全身を襲う。少しだけセットした髪の毛が崩れていく。それでも嫌だという気持ちは全くない。むしろ、それさえ心地良いと思えてしまう。もっと……もっと撫でてほしい。優しく撫でてほしい。そう思うのも束の間。ゆっくりと俺の頭から手が離れていく。残ったのは寂しさだけ。
「どうだった?」
桜は俺の顔を覗き込む。とてもじゃないが今の顔は見せられない。
「気持ち良かった……」
俺は桜から顔を隠す。
「そっか」
何を言う訳でもない。ただ、その言葉だけを残す。
「ほら、ね? 女の子のスキンシップは男には効果抜群なんですよ。特に頭撫で撫でなんてされた日には恋しちゃいますよ。普通の男なら『今日は髪の毛洗わずに寝ちゃお』とか思っちなゃいますね」
「え、奏斗。お風呂入ってね?」
「入るよ。俺をなんだと思ってるんだ」
それにしても頭撫でられるの凄い良かったな。懐かしさもちょこっと感じた。記憶にないだけで小さい頃、桜に頭を撫でられていたのかもしれない。
普通の顔をしている桜がなんか腹立つ。なんで俺だけこんなドキマギさせられなきゃならないのか。うぅ、桜の好きな人は一生こういうスキンシップをされ続けるんだろうな。羨ましいしけしからん。
「ドキドキは……した?」
桜と目が合うと首を傾げる。
「したよ。めちゃくちゃした。俺たちの関係性が違ったら恋してたかもしれない」
「へ、ほんと!?」
「ここで嘘吐いてどうすんだよ。ほんとだよ、ほんと」
これが良くなかった。
ここから俺のスマートフォンのタイマーが鳴り響くまで、ずっと恋愛克服講座が開校されていた。付き合わせるこっちの身にもなってほしい。心臓が何個あっても足りないってこういうことなんだなと痛感させられた。
桜と別れ、カフェを出る。
「あ、そうだ。行きたいところがあるんだよね」
俺が慎に声をかけると、慎は不思議そうに首を傾げる。
「あと二十分で帰ってこれそう?」
何をするかってよりも、時間の方が心配らしい。そうだよね。間に合わなかったら全てが水の泡になっちゃうもんね。でも、大丈夫。余裕を持って行動する性格が功を奏して二十分も猶予がある。
「問題ないよ」
「んじゃ、付き合うよ」
「ありがとう」
向かったのは駅から徒歩八分で到着するとあるお店。洋と和の融合みたいな建屋。
店内に入ると甘い香りが鼻腔を擽る。色々なスイーツが置かれていて、食べたくなってしまうが今日はちゃんと目的がある。
「プリン三つください」
楓へのご褒美をしっかりと購入する。
アイツの相手をするんだからプリンくらい買っておいてやらないとな。男として、兄として、幼馴染として、一生恥じなければならなくなる。
テイクアウト用の箱に入れてもらう。保冷剤もしっかりと入れてもらったので、しばらくは持ち歩けるし最高だ。
外に出ると慎と目が合う。慎は俺の手元を見て納得したように数度頷く。
「なるほど、プリンね」
「お前の分もあるから楽しみにしておけよ」
「おぉー、ラッキー」
俺たちは他愛のない会話をしながら、楓たちのいる喫茶店へと向かったのだった。