15『空き時間に』
慎は柱に寄りかかり、チラッと楓の方へ視線を向ける。楓とあの男の約束時刻は十時。三十分前には楓と別れ、ここでスタンバイしている。だが、待てど暮らせどあの男はやってこない。まだ十分前なので遅刻しているかと問われればそうじゃないんだけどね。
「普通十分前には来るだろ。何回かデート重ねてるなら話は別だけどさ、初回だぞ。初回。こういうところの印象が尾を引くんだよ」
慎はぶつくさ文句を垂れる。
「そういうものなのか」
女の子とのデートなんて無縁だったので、共感することはできない。まぁ、常識的に考えて早目に来いよって理論は理解出来るけどね。
「そういうもんだよ。初めてのデートで遅刻なんてしたらもう付き合えないと思った方が良い。良くて体の関係で終わりだ。っても、そこまで持っていけるかも怪しいけどな」
「評価が下がるからってことか」
「おうおう。良く分かってんじゃん。デート約束した時点で好感度百点だったとしよう。遅刻した時点で五十点マイナスされっからな」
なるほど。勉強になる。女の子と二人っきりで出掛けるとか、精々友田家三姉妹の誰かと……だったので、遅刻とは無縁だった。遅刻しそうになったら迎えに来てくれるしな。
「まぁ、あの陰キャは平気で遅刻して来そうだけどさ」
慎は苦笑気味にスマートフォンへ目線を落とした。
黙って待っていると十時になる。楓からは『ひまだよー』というスタンプが送られてくる。約束の時間になってもあと男はやって来ない。
「もしかして俺らが話し込んでることろ見られたんじゃね」
「三十分前だぞ。流石にないだろ」
好きな人の約束にドタキャンするとは考えにくい。でも、来ないのなら回避しなきゃならない理由が出来たと考えるべきだ。ってなると、俺らの作戦がバレてるって考えるのが一番手っ取り早い。
「ほら、三分遅れでやって来た。遅刻するって言ったろ？」
慎はクイッと楓の方へ顎を動かす。そこには確かにあの男が慌てた様子で楓の元へやって来ていた。
「モテない男ってああいうところからダメなんだよ。ほら、なんか髭微妙に生えてるしな。髪の毛もセットしてない。もっと整えて来なきゃな。落とせるはずだったものもあれじゃあ落とせないよ」
あの陰キャに向かって言っているのは分かっている。理解しているのだが、なぜか俺にも所々ぶっ刺さる。
「謝ってる様子もないな。どこまでも自分本位なんだよ」
親でも殺されたのかってくらいアイツのことをボロクソに言っている。場数を踏んでいるからこそ、有り得ない行動の数々に耐えられないのだろう。
ぶつくさ文句を垂れる慎の隣で、楓たちの行動を観察している。二分経過したタイミングで歩き出した。楓はあの男にスマートフォンを見せ、ロータリーの向かいを指差す。多分今日行くカフェの場所でも話しているのだろう。
「俺達も行こうぜ」
「そうだな」
俺たちは楓たちに置いてかれないように必死になって追いかけた。
駅前ということもあって、かなり人が多い。普通に歩いて追跡したとしてもバレなさそうだ。
楓たちは約束の喫茶店へと入店する。
昭和の雰囲気が漂う建屋。周りはビルだのなんだので近代っぽいのに、ここの空間だけ時が止まってしまったのではと思うほどだ。
そんなレトロな雰囲気が気持ち良く、どことなく落ち着く。
彼女たちが入店したところで俺たちの仕事は一旦終わりだ。窓からチラッと見るだけで、店内にはかなりの人が居ることが分かる。俺たちが見張ってなくても、何か手を出せば周りが助けてくれるだろう。
「さあ、どうすっかなぁ」
慎は腕を組み、大通りの方を見つめる。
「こっから二時間だろ？ 微妙な時間だな」
「そうなんだよな。隣の駅行って買い物するほど時間ある訳じゃないし、かといってここで何するかって言われると迷うよな」
その通り過ぎる。カラオケ行くかと言われれば、二時間でカラオケか〜ってなるし、他に何をするんだと言われると迷う。
「適当に練り歩くか。あ、ちょっと待ってて」
「ん？」
「桜学校行かなきゃって言ってたから」
「え、呼ぶのかよ」
慎は顔をしかめる。
「良いじゃん。華があった方がね」
久しぶりに優位な立場になれて興奮しながら、桜を呼びつけたのだった。
