14『作戦実行』
学校の最寄り駅。改札を抜け、併設しているコンビニの前に向かうとスマートフォンに目線を落とすイケメンが待っていた。
「おう」
「おはよう……って、隣誰だよ……楓か。メイクするとかなり雰囲気変わるな。一瞬知らん女連れてきたのかと思ったわ」
慎はケラケラ笑う。
「何それ。やっぱりそんなおかしい?」
楓は不安そうにスマートフォンを取り出し、自分の顔を反射させ、頻りに確認する。
「いや、これは褒め言葉だぞ」
躊躇することなく、言い切る。そういうことを平気でするからモテるんだろうな。俺には真似出来ねぇーわ。
「ってか、やっぱりってどういうことだ? もしかして奏斗に似合わないとか言われたのか? 言ったのか?」
慎は俺と楓にそれぞれ目線を配る。
「いや、言ってねぇーよ」
「バカにはされたけど」
「してねぇーよ」
食い気味に否定する。そんな濡れ衣着せるなよ。
「奏斗、女の子の努力をバカにしちゃダメだぞ。親しき仲にも礼儀ありだ」
「お前どっちの味方だよ」
「俺は世界の女の子の味方だ」
白い歯をニッと見せる。ダメだこいつ。
「……じゃなくて、今日の流れをおさらいしようよ」
このままだと、ありもしない事で集中砲火を浴びかねない。やめて、もうオレのライフはゼロよ。
「それもそうだな」
慎はコクリと頷く。
「まず楓はあの男とここで合流してくれ」
とんとんと慎はコンビニの壁を叩く。それに反応して自動ドアが開閉した。ちょっと場所ズレた方が良いんじゃないですかね。
「うん」
「合流したら二言、三言話して、そこのロータリーをまっすぐ進むとすぐ左に細い路地が見えるはずだから、そこ入ったところにある老舗のカフェに入ってな。俺たちの拠点だ」
カレーが有名な老舗。雰囲気も良く、お客さんの数も多い。でもって、大通りとからは少し外れるがそれでも遠いわけじゃない。今回の作戦においてもっとも適切な喫茶店と言えるだろう。
「大丈夫、大丈夫。分かってるよ」
楓はうんうんと何度か首肯する。
「で、俺と奏斗はまず北口の柱の陰で待機だ。バレないように俺たちは普通に遊びに来ましたみたいな雰囲気を醸し出しておけば良い。そうすれば最悪アイツに見付かってもどうにかなるからな」
慎は「そこな」と言いながら、北口の柱を指差す。
俺はなるほどというかんじで何度か大きく頷く。
あの柱だったら、ここからちょうど死角だし、あそこに立っていたのがバレたとしてもただ待ち合わせしているんだなって思うだけで、怪しさは一ミリもない。あそこに立っているだけで尾行しているのではと勘繰るのは探偵か犯罪者のどちらかだろう。
「で、楓たちが歩き出したら尾行。っても、する必要ないんだけどね。一応アイツが手出すかもしれないから念には念をってことで」
「手出したらどうするんだ」
「そんときは写真撮ってさっさとぶん殴ってやろうぜ。左頬は俺が担当するから、お前は右頬な」
慎は物騒なことを言い始める。左手を握ってポンポンと優しく俺の左頬を触る。殴られるのかと思ったわ。
「老舗の喫茶店に入ったら……そうだな。二時間だな。十二時になったら解散してくれ。俺らも十二時前にカフェの前に来て、尾行出来るように準備しよう」
「十二時ね。了解」
楓はスマートフォンに目線を落とす。タイマーでもセットしているのだろう。慎も楓の様子を見て、スマートフォンを触り始める。俺もやっておいた方が良さそうかな。二十分前くらいでセットしておけば問題ないか。
「その間、俺たちどうしてるんだ?」
「そうだな。二時間くらい暇になるから……適当に遊んでるか。流石に店内には入れないしさ、外で見張ってたら俺たちが通報されるし」
「通報されるのかな」
案外大丈夫な気もする。この世の中には吹奏楽部の楽器を舐めた上で通報されない人間も存在するんだ。
「されるだろ。外からお店の中二時間もチラチラ見てるってもうそれ犯罪チックじゃん。ってか、犯罪の臭いしかしないし」
「それもそうか」
なんかそう言われると犯罪者の気持ちになってしまう。
「でだ、店から楓が出て、二人が解散したら俺たちはあの男を尾行する。楓は本当にふらふら歩いてて良いよ。なんなら自分のしたい買い物とかしてくれてて良い。とにかくあっちこっち動いててほしい」
「分かった。それなら自由にやらせてもらう」
楓はスマートフォンにまた目線を落とす。何を見ているのかと思えば、近くの洋服屋を探していた。
「で、俺たちは写真を何枚か撮って、完了したら楓に連絡して駅で合流して終わり」
「了解」
「楓も連絡だけはこまめに確認しててほしい」
「分かった。奏斗じゃあるまいし、連絡はこまめに見るよ」
今サラッとバカにされた気がする。そりゃ、連絡億劫だし、時折未読無視してそのまま返信するの忘れたりするけどさ。あれ、もしかしなくてもバカにされて当然なのでは?
「良し、それじゃあお互い頑張ろう。楓にはかなり負担かけることになるけど、頑張って耐えてくれ」
「プリンを所望する」
楓はスマートフォンから目線を上げたと思えば、そんな欲深いことを口にした。
「だってよ、奏斗」
ポンポンっと肩を叩かれる。いや、所望されていたのはお前だろ。
「じゃ、俺たちはあっち行ってるから。なんかあったら連絡してな」
「了解」
慎は手をヒラヒラさせながら北口の方へと歩く。
「気持ち悪いと思うけど頑張って」
俺も楓にそう声をかけて、慎に着いていく。
「分かってんならもっと労って」
楓の嘆きのようなものが背中から聞こえてきたがしょうがない。これは彼女にしかできない重要任務なのだ。俺たちじゃ代打を務めることすらできない。
せめて、プリンでも買ってやるか。そんなことを思いながら、スタンバイしたのだった。