13『土曜日に』
土曜日の朝。腹をポコポコ叩かれ目を覚ます。
「うぅ……眠い」
「眠いじゃない。起きろ」
瞼を開けると、楓が立っていた。充電していたスマートフォンを手に取り、時間を確認して顔にスマートフォンを落とす。
「まだ七時じゃん」
スマートフォンを鼻の頭に乗せたまま嘆く。
「約束何時か覚えてる?」
「九時だな」
今日は慎の作戦とやらを実行する日だ。
とはいえ、眠いものは眠い。人間の三大欲求は睡眠、食、性だ。
そのうちの一つ、睡眠が足りないと嘆いているのだ。やはりここは人間として二度寝をするべきだと思う。
「はぁ……。なんで分かってるのに二度寝しようとするの。本当に意味わからないんだけど……」
楓は有り得ないと言いたげな様子でため息を吐く。呆れたような表情を浮かべながら、俺の布団を剥ぐ。
「なっ」
「ほら、朝ごはん冷めるからはやく」
ひと仕事終えたみたいな満足感を漂わせると、楓は足早に部屋を去る。
ベッドに横になりながら、取り残された俺。窓からは日差しが差し込み、鳥のさえずりが俺の鼓膜に響く。
結局目が覚めて五分くらいが経過する。最初は眠いし、何もしたくないし、二度寝してやろうという気持ちで頭がいっぱいだったが、流石に時間が経過するにつれて起きても良いかなと思い始める。というか、もう眠くない。
リビングへ向かうと良い香りが鼻腔をくすぐる。幼馴染に朝ごはん作って貰えるって冷静に考えたら役得じゃね。
「はい、どうぞ」
俺がリビングに顔を出したのと同時に朝食を卓上へ並べる。
「ありがとう」
「私の仕事だから」
楓はそう言うと俺の向かいに座って、ウインナーを口に運ぶ。
「にしても上手くいくのかな。そもそも、あの作戦中々無理あると思うけど」
「どうだろう。でも案外悪くないかも。ストーキングするには絶好のチャンスだと思うし」
「それもそうか」
俺もウインナーを口に運びながら、適当に相槌をうった。まぁ、なるようになるか。深いこと考えずに楽観視していた。
◇◇◇
慎の考えた作戦はこうだ。まず、楓とあの男を引き合せる。デートという名目で誘って、カフェにでも行く。二時間ちょっとで解散して、そのあと楓は好き勝手街をブラブラする。あの男からすれば絶好のストーキング日和になるはずだ。あの男がストーキング行為している所を写真に収める。以上。
第一の問題点として、あの男を誘えるかというものがあった。だが、楓が「ご飯でも食べに行かない?」と誘ったらイチコロだったようだ。まぁ、好きな相手からご飯誘われればノンタイムで返事するのが男というもの。難なくクリア出来た。
次の問題点として、本当にストーキング行為をするかというところ。全てストーキング行為することを前提で作戦を組んでいる。すなわち、ストーキング行為をしなければ全てが無意味な行動となる。俺が早起きしたのも、楓があの男とデートしたのも、俺らが後をつけるのも全てがだ。でも、まぁこればっかりはやらないと分からないのでどうしようもない。対策すら出来ないのだ。だから、気にするだけ無駄だと言われればそれまでである。
あとはストーキング行為をし始めたとして、証拠と言えるような写真が俺たちに撮れるのかという問題点だ。証拠と呼ぶに相応しい写真となれば、あの男と楓が同時に写っていないといけない。素人の俺たちにそんなことが出来るのかという不安はどうしてもある。無論、写真を撮る練習はした。したけど、練習と本番じゃ勝手がかなり違うはずだ。どうしても不安感は拭えない。
色々問題点を挙げたがそれ以外に関しては概ね問題ないと思う。要するに、やるだけの価値はある作戦だ。
楓は一応デートという体裁を整えるためにいつもよりガッツリ目にメイクをしている。何もしなくても可愛いのに、メイクなんてしたらもうそれは暴力だ。他の女の子が可哀想になるからやめてあげてほしい。
「なに」
洗面所でメイクをしている楓を見つめていると、鏡越しに声をかけられる。
「メイクちゃんとするんだなーって」
素直に見蕩れていましたとは言えないので、適当にごまかす。
「手抜いて勘繰られたりでもしたら面倒でしょ。やる時はちゃんとやらなきゃ」
そう言いながら、手を止めることなく動かす。なんというか、今まで意識していなかったが、ちゃんと女の子しているんだな。
って、思ったがそんなこと言ったらどちゃくそ怒られるので心に留めておく。
そんなこんなで九時近くなった。
「それじゃあ行こっか」
リビングでスマートフォンを触っていると、身支度を終えた楓が声を掛けてくる。いつもと違う雰囲気に思わずドキッとしてしまう。
「そうだな」
俯いたまま返事をして、彼女の方を見ることなく玄関へと向かった。
「何その反応。もしかして似合わない?」
玄関に着いてきた楓はぶつくさ文句を垂れる。
「良いんじゃね。これならアイツもストーキングしたくなるだろ」
「何それ。褒めてないでしょ」
「褒めてるよ、褒めてる」
そんな冗談交じりな言葉を口にしながら、慎と約束している学校の最寄り駅まで二人で向かったのだった。