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11『アイツ』

 四限の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。現代文、日本史、英語、数学とかいう地獄みたいな時間割を終えた俺はもう無敵だ。今ならスター状態のマリオでさえボコボコにできる気がする。


 「行こうぜ」


 机を挟んだ向かいでしゃがんで目線の高さを合わせる慎。こういうことをナチュラルにするからモテるんだろうな。俺だったら絶対隣で上から見下ろしちゃうもん。


 「飯は?」

 「んなもん歩いて食えば良いだろ」

 「俺弁当だし」

 「弁当も歩いて食えば良いだろ」


 前言撤回。コイツ顔だけでモテてるわ。


 「飯くらい座って食わせてくれよ」

 「しゃーねぇーな。特別だぞ」


 慎はそう言って、俺の前の椅子を借りる。ボンッと机にコンビニのビニール袋を置いて、中からパンを取りだし、食べ始める。いや、ちょっと、待ってよ。置いてかれないように俺も必死になって弁当を食べた。


◇◇◇


 昼休みの折り返し。やっと出発する。


 「まずはA組からだな」

 「だからA組の男子のメンツは分かってるって」


 隣のクラスに向かいながら、俺は嘆く。


 「いや、お前は信用ならん……!」


 はっきりと言われる。日頃の行いか。常々周囲の人間に興味を持たないから、無意味な行動をさせられる。これからはちょっとくらいは周囲に興味持とうかな。

 A組、B組にはいない。C組からE組までちょろっと確認したが、見つけることが出来なかった。E組の教室前の壁に寄りかかりながら、この後どうするか相談する。


 「見つからなかったな」

 「他学年かもね。そうなると」

 「だろうな。一年の教室から探すべきか、三年の教室から探すべきか……。そいつの容姿的にはどうだったんだ? ほら、自分よりも年上ってぽいな〜とか年下っぽいな〜って感想くらいはあるだろ」


 何か小さなことでも良いから手がかりにしたいのだろう。生憎、アイツに抱いた感想は陰キャっぽいなしかない。チーズ牛丼でも食べてそうだった。


 「どっちにも見えたから分からん」

 「困るなぁ。全部見て回る時間ないんだよなぁ」


 チロリとスマートフォンを確認する。確かに昼休みの終わりを知らせる予鈴まで残りわずかだ。だらだらと探している余裕はなさそうだ。

 とはいえ、分からないものは分からない。

 残念ながら、こればかりは覆しようがない事実だ。いっその事目の前を通りかかってくれたりしたら楽なんだけどなぁ。

 そんなことを考えていると、トイレから一人の男が出てきた。見覚えのある男だ。俺と目が合うと、目を逸らし、足早に俺の目の前からフェードアウトしていく。


 「アイツだ」


 ボソッと慎にだけ聞こえるような声で伝える。指差すと色々まずいので、指代わりに顎をクイッと動かす。

 私に天使が舞い降りることはないが、私に陰キャが舞い降りた。


 「あー、あれか」


 あの男を視界に入れた瞬間、慎は顔を歪めた。


 「名前なんだっけな。いや、この辺まで出かかってるんだどさ、あー、思い出せねぇ。モヤモヤすんなー」


 慎は喉仏あたりをとんとんと指で叩きながら、悔しそうな表情を浮かべる。

 あの男の評判が悪くて顔を顰めたわけではなく、純粋に名前を思い出そうと苦しんでいただけだったっぽい。


 「楓は付き合ってないんだよな?」

 「バリバリ断ってたよ。マジで勘違いのしようがないくらいに」

 「なら、良いか。アイツ俺の記憶が正しければヤバいタイプの陰キャだったんだよね。奏斗は人見知りするだけのおもろい陰キャなんだけど、アイツは普段喋らないし、周りともつるまない上に常識の範疇を超えた行動を突拍子もなくしてくるんだよ」


 サラッと俺を刺してきた。脈絡もなく刺さないでほしい。


 「なるほど」


 ダメージを負いながらなんとか相槌をうつ。


 「楓の選択は正解だったってことだ。まぁ、好きな人と天秤かけたら好きな人が流石に勝るわな」


 その好きな人って貴方なんですよ。

 でも、慎とあの男だったら慎に決まってるわな。俺だってそうするもん。


 「ちなみにさ、アイツの家ってどの辺か知ってる?」

 「それはさすがに知らねぇーな」


 慎はケラケラ笑いながら、教室の方へ歩き出す。置いてかれないように横に並んで歩く。


 「そっか」

 「どうしたん?」

 「いや、告白みた後さ、たまたまそいつの後ろ着いてく形で帰ったんだけどね。俺の家の方まで一緒だった。っていうか、俺ん家の前まで実際来てたんだよね」

 「奏斗そういう趣味が……」

 「ちげぇーよ」


 食い気味に否定する。


 「真面目な話、怪しいよな。だって、隣が友田家だろ?」

 「そうそう」


 そっか、あの諸々を慎は知らないのか。あっぶねぇ。口滑らせるところだった。


 「その前に楓が居たんだとしたら、ストーキングしてた可能性は有り得るよな。実際アイツならやりかねない」


 順番的には楓が前にいてもなんらおかしくない。というか、居ない方が不自然だ。俺の思い違いなかとか考えていたが、慎の言葉で確信に変わる。


 「人から聞いた話で、俺が実際見たとかじゃないから分からないけどさ。アイツ放課後に女子の机に座ったり、吹奏楽部がトイレ休憩してる間、教室に忍び込んで笛の部分口に加えたりしてるらしいからな。ストーキングくらいしてるって言われたって驚かない。まぁ、それくらいしてるだろって思うわ」


 どうやら俺が思っている以上にヤバいやつらしい。変態とかその域をこえちゃっているよな。完全に犯罪だ。頭のネジが全部ぶっ飛んでしまっている。

 土曜日、外にいたのもストーキングの一環だったってことか。楓をストーカーしていたはずなのに、なぜか俺が窓から顔を出したからビックリしたってことか。うわぁ、どうしよう。凄く筋が通っているな。


 「どうしたもんかな。明らかに犯罪だし、警察に突き出しても良いとは思うけど」


 とは言ったものの、楓は多分大事にしたくないはずだ。楓はそういうタイプの人間だ。それに加えて、今はちょっと彼女に負担を増やしたくない。両親が突然死んで、ストーカーで警察に相談して、聴取だのなんだので時間だけが吸い取られる。俺だったら間違いなく病むな。


 「警察って案外こういうの動いてくれないらしいよ。なんか、実害があって始めて相談乗ってくれるらしい」

 「詳しいな」

 「知り合いの女の子が言ってた」


 てっきり、落としたい女の子をストーカーしているのかと思っちゃった。


 「お前今とんでもないこと考えてたろ」

 「気のせいじゃない? それよりもそれならどうすれば良いんだろう。実害出るまで我慢するってことか?」


 慎の言う通りにするならそうなる。

 見捨てるようなことはしたくない。


 「やー、それも厳しいだろ。どうでも良い女ならそうするだろうけど、楓は一応友達だからな。あんだけ頭グリグリされるけど」

 「それはお前が悪いしな」

 「悪くねぇーだろ」


 なんか反論された。いや、お前が悪い。


 「結局どうするんだ?」

 「俺たちでどうにかすれば良いだろ」


 慎は真顔でバカみたいなことを口にする。正気か? どうにかしようとして出来る問題でもない気がする。


 「何にしろ、まずは楓に言わなきゃな。ストーカーに気付いてない状態が一番危ないから」

 「そうなの?」

 「そりゃそうだろ。ストーキングされてるなって自覚あるなら常に警戒するだろ。例えば人気のない道を歩かないとかさ、心当たりのない差出人不明の手紙には触れないとか」


 もっともなことだった。

 知らなきゃ警戒なんて出来ないしな。


 「なるほどな」

 「まずは楓と直接話してからだな。そっからまた色々考えれば良いよ。証拠さえ集めちゃえばこっちのもんだしな」


 慎はなぜか既に勝ったような顔だ。

 でも、楓と話してからってのは俺も同意見だ。まずは、楓に知らせなきゃならない。

 教室へ戻り、一目散に二人で楓の元へと向かう。珍しく一人でぼんやりとしていた楓の背中をとんとんと慎は叩く。

 楓はピクリと体を震わせ、警戒する小鳥のようにこちらを見つめる。俺たちで安堵したのか緊張が弛緩し、代わりに面倒臭そうな表情でこちらを見つめる。

 どうやら俺たちは面倒な人間という評価を受けているらしい。うーん、真っ当なんだよなぁ。


 「なに」


 楓はため息混じりに問う。


 「放課後時間作ってくれ」

 「何告白? 二人から?」

 「違うわ。でも、話は話だな」

 「分かった。どうせ暇だし良いよ」


 楓はなんか空気が違うことを察知したのか、すぐに承諾した。

 と同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


 「だぁ。次化学じゃん。教室移動だる」


 慎は顔を顰めながら、自分の席へと戻った。俺も早く準備しなきゃ。

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